番外編
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父娘(旭川での日常)
*〈保護(二)〉の合間のお話
「な~、月島ぁ」
「どうしました?」
「菊乃は森岡ではなく、本当は鶴見中尉殿の娘なのではと思うのだ……」
「……はい?」
書類仕事中、突拍子もない発言に月島がぴくりと眉をしかめた。面倒な話の始まりを察して、表情には出さずとも微かに溜息をつく。
「何を根拠に」
「あの人心掌握っぷりを見ろ。鶴見中尉殿の血を引いていてもおかしくなかろう?」
真面目な顔でとんでもない推論を語る鯉登に、月島は心の中で「ああ」と低く唸った。
確かに、芸者として男たちの懐に入り込む巧みさは菊乃の得意とするところだ。敵意を抱かせず、気づけば味方に引き込んでしまうその手腕は、確かに鶴見のそれを思わせる。
もし、仮に――と月島は頭の中で計算を始めた。菊乃が二十五歳前後として、鶴見との歳の差は……およそ十八。若かりし頃の過ちで生まれた娘が、記憶を失い芸者となって、偶然にも再会。手元に置こうと考え――。
「……あれ。鶴見中尉殿は、菊乃さんと一緒になろうとしていたのでは……?」
その一言が口から滑り落ちた瞬間、鯉登がバッと顔を強張らせ、
「いや、違うな。やっぱ全然似てないし、気のせいだ」
「少尉殿、何をそんな慌てているのです?」
「きぇっ!?」
月島の顔がじり、と近づく。目は笑っていない。まるで「何か隠していますねさぁいい子だから出しなさい」とでも言いたげな静かな圧が、じわじわと鯉登を追い詰める。
数々の弱みが脳裏に浮かび、鯉登はわずか三秒で白旗を上げた。
「――成程。養子縁組でしたか」
「月島っ。菊乃に固く口止めをされていたのだ!このことは絶対菊乃には言うなぁッ!」
「はいはい、言いませんよ」
月島は「そういうことか」と腑に落ちたように軽く頷く。最初から、あの二人が男女の仲とは信じがたい話だった。元は、自分たちが勝手に思い違いをしていたことなのだが……。まぁ、魁燿亭の女将の言い回しにも多少の罪はあるだろう。そう思い至ったところで、一つの疑問がわく。
「でも、菊乃さんは何故口止めなさったんでしょうね」
「さぁ……」
「聞かなかったので?」
「そ、それどころではなかった……たぶん」
その在り様に想像がついて、月島はそれ以上詮索するのをやめた。
――月島が面会室の前を通ると、中から笑い声が漏れ聞こえてきた。ふと足を止めると、菊乃が数人の兵に囲まれ笑顔を浮かべている。彼らの目は、完全に一服の癒しを求める者のそれだ。
「お前らいつまで油を売っている。持ち場に戻れ!」
鬼軍曹の一言に、軍靴の音が一斉に響くと、蜘蛛の子を散らすように兵たちが去っていった。
呆気に取られている菊乃を見ながら、月島は軍帽を脱ぎ、向かいの席に腰を下ろす。
「まったく……」
「お疲れですか?」
「ご覧の通り、あなたのおかげで声を張ることが増えまして」
意地悪く言ったつもりだったが、菊乃はくすりと笑っただけ。――分かってやっているからタチが悪い。
菊乃が、盆にのせて持参した湯呑に茶を注ぐと、月島へ差し出した。礼を告げて茶を啜る月島の目の前で、菊乃がぽつりと、
「最近、鯉登さんの様子がおかしいんですよ」
「……どんな風に?」
「そわそわしながら、事ある毎に『月島から何か聞いてるか?』とか『月島が変なこと言ってても気にするな』とか……」
あの人はまったく――自分から墓穴を掘っている鯉登に対する溜め息を飲み込みながら、月島はずずずと茶を啜る。
「……もしかして、口滑らせちゃったのかな?」
その瞬間、ぶふっ!と吹きかけた茶をなんとか飲み込み月島は顔を上げた。視線の先、菊乃は実に楽しそうに微笑んでいる。
「正解?」
「……すみません」
「月島さんは悪くないですよ」
菊乃はふと目を細め、
「それに、月島さんなら大丈夫です」
と言った。何をもって大丈夫なのか疑問ではあったが、怒ってはいないことに安堵しつつ、月島はつい気になっていたことが口に出た。
「何故、鯉登少尉に秘密にしてくれと?」
周囲を見回し人がいないことを確認すると、菊乃が神妙な面持ちで、
「鶴見さんが『公にはしなでほしい』と……漏れた先から、万が一関係者に知られると良くないからって」
「……そうですか」
想定内の理由に、月島は黙って話の先に耳を傾けた。菊乃は少し声を落として先を続ける。
「深く考えなかったから、その時はそうなんだ、くらいに思って了承したんですけど……」
言い淀む菊乃に、月島が微かに眉をひそめる。
「鶴見さんって……もしかして、結構問題児だったんですか?」
「……はい?」
思いもよらぬ発言に、月島の口から素っ頓狂な声が漏れる。
「だって、ここでは『名前を口にするな』って――素行があまりよくなかったってことじゃないんですか?それとも、目の上のたん瘤、みたいに思われてたとか?」
実際『問題児』なんて生易しいものではなかったが、その言い得て妙な言葉選びに、月島は一拍の静寂ののち不意に吹き出した。
「ふ……っ」
「月島さん?」
「いや、すみません。……まぁ、あの人は周りよりも随分秀でた方でしたから、何かと目をつけられていたところは否定できませんね」
やっぱり、という無邪気な顔に月島は目を細めた。こちらから語らずとも、その洞察力で物事の核心を突いてくる――そんなところも、鶴見が菊乃を気に入っていた理由の一つだったのだろうか。そして、そんな彼女を利用しようと考えていたかもしれない――少しだけ、胸がざらついた。
その時、ガタッと入口の方から音がして、二人がそちらを向くと鯉登が血相を変えて立っていて、
「つ、月島!なぜ菊乃と一緒に!?」
「もうバレていましたよ」
「きぇぇぇえッ!?」
「私、鯉登さんのこと信じてたのに……」
「違う!菊乃ッ!わざとじゃない!」
右往左往する鯉登。からかい半分で笑う菊乃。
月島は、呆れたように、けれどどこか優しい眼差しで二人に目を向けていた。
*〈保護(二)〉の合間のお話
「な~、月島ぁ」
「どうしました?」
「菊乃は森岡ではなく、本当は鶴見中尉殿の娘なのではと思うのだ……」
「……はい?」
書類仕事中、突拍子もない発言に月島がぴくりと眉をしかめた。面倒な話の始まりを察して、表情には出さずとも微かに溜息をつく。
「何を根拠に」
「あの人心掌握っぷりを見ろ。鶴見中尉殿の血を引いていてもおかしくなかろう?」
真面目な顔でとんでもない推論を語る鯉登に、月島は心の中で「ああ」と低く唸った。
確かに、芸者として男たちの懐に入り込む巧みさは菊乃の得意とするところだ。敵意を抱かせず、気づけば味方に引き込んでしまうその手腕は、確かに鶴見のそれを思わせる。
もし、仮に――と月島は頭の中で計算を始めた。菊乃が二十五歳前後として、鶴見との歳の差は……およそ十八。若かりし頃の過ちで生まれた娘が、記憶を失い芸者となって、偶然にも再会。手元に置こうと考え――。
「……あれ。鶴見中尉殿は、菊乃さんと一緒になろうとしていたのでは……?」
その一言が口から滑り落ちた瞬間、鯉登がバッと顔を強張らせ、
「いや、違うな。やっぱ全然似てないし、気のせいだ」
「少尉殿、何をそんな慌てているのです?」
「きぇっ!?」
月島の顔がじり、と近づく。目は笑っていない。まるで「何か隠していますねさぁいい子だから出しなさい」とでも言いたげな静かな圧が、じわじわと鯉登を追い詰める。
数々の弱みが脳裏に浮かび、鯉登はわずか三秒で白旗を上げた。
「――成程。養子縁組でしたか」
「月島っ。菊乃に固く口止めをされていたのだ!このことは絶対菊乃には言うなぁッ!」
「はいはい、言いませんよ」
月島は「そういうことか」と腑に落ちたように軽く頷く。最初から、あの二人が男女の仲とは信じがたい話だった。元は、自分たちが勝手に思い違いをしていたことなのだが……。まぁ、魁燿亭の女将の言い回しにも多少の罪はあるだろう。そう思い至ったところで、一つの疑問がわく。
「でも、菊乃さんは何故口止めなさったんでしょうね」
「さぁ……」
「聞かなかったので?」
「そ、それどころではなかった……たぶん」
その在り様に想像がついて、月島はそれ以上詮索するのをやめた。
――月島が面会室の前を通ると、中から笑い声が漏れ聞こえてきた。ふと足を止めると、菊乃が数人の兵に囲まれ笑顔を浮かべている。彼らの目は、完全に一服の癒しを求める者のそれだ。
「お前らいつまで油を売っている。持ち場に戻れ!」
鬼軍曹の一言に、軍靴の音が一斉に響くと、蜘蛛の子を散らすように兵たちが去っていった。
呆気に取られている菊乃を見ながら、月島は軍帽を脱ぎ、向かいの席に腰を下ろす。
「まったく……」
「お疲れですか?」
「ご覧の通り、あなたのおかげで声を張ることが増えまして」
意地悪く言ったつもりだったが、菊乃はくすりと笑っただけ。――分かってやっているからタチが悪い。
菊乃が、盆にのせて持参した湯呑に茶を注ぐと、月島へ差し出した。礼を告げて茶を啜る月島の目の前で、菊乃がぽつりと、
「最近、鯉登さんの様子がおかしいんですよ」
「……どんな風に?」
「そわそわしながら、事ある毎に『月島から何か聞いてるか?』とか『月島が変なこと言ってても気にするな』とか……」
あの人はまったく――自分から墓穴を掘っている鯉登に対する溜め息を飲み込みながら、月島はずずずと茶を啜る。
「……もしかして、口滑らせちゃったのかな?」
その瞬間、ぶふっ!と吹きかけた茶をなんとか飲み込み月島は顔を上げた。視線の先、菊乃は実に楽しそうに微笑んでいる。
「正解?」
「……すみません」
「月島さんは悪くないですよ」
菊乃はふと目を細め、
「それに、月島さんなら大丈夫です」
と言った。何をもって大丈夫なのか疑問ではあったが、怒ってはいないことに安堵しつつ、月島はつい気になっていたことが口に出た。
「何故、鯉登少尉に秘密にしてくれと?」
周囲を見回し人がいないことを確認すると、菊乃が神妙な面持ちで、
「鶴見さんが『公にはしなでほしい』と……漏れた先から、万が一関係者に知られると良くないからって」
「……そうですか」
想定内の理由に、月島は黙って話の先に耳を傾けた。菊乃は少し声を落として先を続ける。
「深く考えなかったから、その時はそうなんだ、くらいに思って了承したんですけど……」
言い淀む菊乃に、月島が微かに眉をひそめる。
「鶴見さんって……もしかして、結構問題児だったんですか?」
「……はい?」
思いもよらぬ発言に、月島の口から素っ頓狂な声が漏れる。
「だって、ここでは『名前を口にするな』って――素行があまりよくなかったってことじゃないんですか?それとも、目の上のたん瘤、みたいに思われてたとか?」
実際『問題児』なんて生易しいものではなかったが、その言い得て妙な言葉選びに、月島は一拍の静寂ののち不意に吹き出した。
「ふ……っ」
「月島さん?」
「いや、すみません。……まぁ、あの人は周りよりも随分秀でた方でしたから、何かと目をつけられていたところは否定できませんね」
やっぱり、という無邪気な顔に月島は目を細めた。こちらから語らずとも、その洞察力で物事の核心を突いてくる――そんなところも、鶴見が菊乃を気に入っていた理由の一つだったのだろうか。そして、そんな彼女を利用しようと考えていたかもしれない――少しだけ、胸がざらついた。
その時、ガタッと入口の方から音がして、二人がそちらを向くと鯉登が血相を変えて立っていて、
「つ、月島!なぜ菊乃と一緒に!?」
「もうバレていましたよ」
「きぇぇぇえッ!?」
「私、鯉登さんのこと信じてたのに……」
「違う!菊乃ッ!わざとじゃない!」
右往左往する鯉登。からかい半分で笑う菊乃。
月島は、呆れたように、けれどどこか優しい眼差しで二人に目を向けていた。
