本編
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手紙
凍てつく風が吹き抜ける小樽。ここに、第七師団が兵舎にしていた建物がある。
鯉登と月島はかつての上官、鶴見が使用していた執務室に居た。残された自分たちに不利に働く証拠がないか、徹底的に調べる必要があったからだ。
埃をかぶった箱やいくつかの書類、長らく触れられていなかった物を片っ端から手に取っていくと、
「……鯉登少尉殿。これ見てください」
月島が手にしているのは、一通の封書だった。厚手の紙に、整然とした筆致で記されている。
差出人の名は、鶴見。
「なんだ?……宛名はない、か」
鯉登が眉をひそめながら受け取る。軍事クーデターを起こそうとした彼が、こんな形でどのような言葉を残したというのか。
封を開けると、中に書かれていたのはたったの一文。
『己に万が一のことがあった時は、魁燿亭 にいる菊乃という芸者に約束を守れないことを伝えてほしい』
それだけだった。
「芸者……?鶴見中尉殿が?そんな女に入れあげてたのか?」
鯉登が疑問を漏らすが、月島は小さく首を振る。
「いえ、そんな素振りは微塵も……」
二人は視線を交わし、暫し沈黙が続いた。鶴見の軍人としての厳格さを知る二人にとって、この遺言めいた手紙はあまりに不釣り合いだった。ましてや、女に現を抜かす暇など彼には無かったはずで。
「……この料亭に行くぞ」
「は?」
唐突な宣言に、月島は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で鯉登を見た。こんな手紙なんて見なかったことにしようと心に決めたところだったのに、と言わんばかりだ。死んだものとされた上官の私事に踏み込むなんて、無用な面倒事を招くに決まっているのだから。
「軽はずみな気持ちで行くものではありません。それに私たちは、余計なことに時間を割いている余裕はないでしょう」
彼等は、国家転覆を図った賊軍扱い――となりかけたところで、一連の事実は闇へと葬られた。事実が明るみに出ることで都合の悪い人間が上層部にいることもまた、有耶無耶にされた大きな一因だ。
しかし、それでも周囲からの訝る視線が完全に無くなる訳はなく――僅かな痕跡も、処分しておくに越したことはない。
「言いたいことは分かる。……でも、この芸者が“約束”を信じて待っているとして、鶴見中尉殿の安否すら分からぬまま一生を送るのは気の毒だ。そうだろう?」
月島は一瞬、言葉に詰まった。やがて目を伏せ、肩を竦める。
「……はぁ。行くなら夕方しか空いていませんよ」
その言葉に、鯉登の顔が一気に明るくなる。
「そうこなくては!」
その日の夕刻、小雪が舞う中、二人は連れ立って魁燿亭へと向かった。
凍てつく風が吹き抜ける小樽。ここに、第七師団が兵舎にしていた建物がある。
鯉登と月島はかつての上官、鶴見が使用していた執務室に居た。残された自分たちに不利に働く証拠がないか、徹底的に調べる必要があったからだ。
埃をかぶった箱やいくつかの書類、長らく触れられていなかった物を片っ端から手に取っていくと、
「……鯉登少尉殿。これ見てください」
月島が手にしているのは、一通の封書だった。厚手の紙に、整然とした筆致で記されている。
差出人の名は、鶴見。
「なんだ?……宛名はない、か」
鯉登が眉をひそめながら受け取る。軍事クーデターを起こそうとした彼が、こんな形でどのような言葉を残したというのか。
封を開けると、中に書かれていたのはたったの一文。
『己に万が一のことがあった時は、
それだけだった。
「芸者……?鶴見中尉殿が?そんな女に入れあげてたのか?」
鯉登が疑問を漏らすが、月島は小さく首を振る。
「いえ、そんな素振りは微塵も……」
二人は視線を交わし、暫し沈黙が続いた。鶴見の軍人としての厳格さを知る二人にとって、この遺言めいた手紙はあまりに不釣り合いだった。ましてや、女に現を抜かす暇など彼には無かったはずで。
「……この料亭に行くぞ」
「は?」
唐突な宣言に、月島は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で鯉登を見た。こんな手紙なんて見なかったことにしようと心に決めたところだったのに、と言わんばかりだ。死んだものとされた上官の私事に踏み込むなんて、無用な面倒事を招くに決まっているのだから。
「軽はずみな気持ちで行くものではありません。それに私たちは、余計なことに時間を割いている余裕はないでしょう」
彼等は、国家転覆を図った賊軍扱い――となりかけたところで、一連の事実は闇へと葬られた。事実が明るみに出ることで都合の悪い人間が上層部にいることもまた、有耶無耶にされた大きな一因だ。
しかし、それでも周囲からの訝る視線が完全に無くなる訳はなく――僅かな痕跡も、処分しておくに越したことはない。
「言いたいことは分かる。……でも、この芸者が“約束”を信じて待っているとして、鶴見中尉殿の安否すら分からぬまま一生を送るのは気の毒だ。そうだろう?」
月島は一瞬、言葉に詰まった。やがて目を伏せ、肩を竦める。
「……はぁ。行くなら夕方しか空いていませんよ」
その言葉に、鯉登の顔が一気に明るくなる。
「そうこなくては!」
その日の夕刻、小雪が舞う中、二人は連れ立って魁燿亭へと向かった。
