🐾本編🐾
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6.罪人
今は昔、竹取の翁といふ者有りけり
野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことにつかひけり
名をば讃岐造となむいひける
ぴっちり七三分けの頭髪に、スクエアメガネ姿の優等生。肩までかかる長髪をひとまとめにした圭介は、姿勢正しく授業を受けていた。中学生にして留年をした彼は、2回目の一年生生活を至極真面目に送っているのである。
「じゃあ、今日から『竹取物語』をやるぞー」
そう言うと、古文担当の教師が冒頭文をさらりと読み上げた。どうやら、"オキナ"というヤツが竹を取っているらしい。どこかで聞いたことがあるような、ないような。圭介は、朧気な記憶を辿るが、一年前の授業のことなど覚えているはずもなく。
そもそもそんな授業受けていただろうか―――ビシッと真剣な様子とは裏腹に、彼の頭上ではクエスチョンマークが飛び交っていた。
「これは、みんなもよく知っている『かぐや姫』の話だ」
それを聞いてハッとした圭介は、千冬の言葉を思い出した。「〇〇は、かぐや姫みたいだ」と。
―――竹を取って日々の暮らしを立てていた翁は、ある日、竹林の中で光り輝く竹を見つける。竹を割ってみると、そこに入っていたのは小さく可愛らしい女の子。翁は、妻と共に我が子として育て始める。
短期間のうちにすくすくと育った女の子は、やがて「なよ竹のかぐや姫」と名付けられ、その美しさ故、瞬く間に多くの人へと噂が広まるのだった―――
「『もと光る竹なむ一筋ありける』 ここには、係り結びの法則が用いられている」
前に立つ教師が「ここテストに出すぞー」なんて言うものだから、周囲からはシャープペンシルと蛍光マーカーを走らせる音が忙しなく響いた。
そんな中、授業の内容などひとつとして頭に入ってこない優等生。つい考えてしまうのは、自宅で一匹ぼっち、暇を持て余しているであろうネコ。すっかり月の象徴となっている〇〇のことであった。
「先生」
圭介は、放課後になると職員室にいる古文教師の元を訪れていた。
そういえば、かぐや姫とはどういう物語なのだろうか。竹から生まれた女の子。実は月の住人で、最後は故郷へと帰ってしまう。そんなザックリとした絵本の知識しか無かったものだから、この際だと教師に直接聞くことにしたのだ。
「おお、場地か。どうした?」
「今日の授業のよォ」
「ああ、質問か?」
「かぐや姫って、なんで月から来たの?」
現代語訳や古典文法について、では無い。予想外の質問に思わずひっくり返りそうになった教師は、何とか体勢を整える。スラックスのポケットに両手を突っ込んで目の前に佇む少年は、到底教師に教えを乞う者の態度では無い。なんせ、前代未聞の"留年"を受け、素行含め要注意人物として教師全員に認識されている生徒だ。だが、新学期から格好だけはマジメになり、これで問題も起こさず学力も向上してくれれば、なんて思っていた矢先のこと。
「お前・・・授業の質問じゃないんかい」
「あー難しい話はひとまず置いといて。取りあえず話の内容が気になんだよ。先生なら詳しいだろ?」
まさか、そんなところに興味を持つとは。妙に真剣な様子に、これ以上説教じみたことを言ってやる気を削ぐのも不本意だ。そう考えた教師は、圭介に「まぁ座れ」と空いてる椅子を勧めてやると、望む答えを口に出す。
「かぐや姫は、月の都で罪を犯したんだ」
「は?・・・罪?」
「物語の最後、かぐや姫を迎えに来た月からの使者がそう口にする場面がある。月の住人にとって地上は、汚れた場所だと思われていた」
要は、昔で言う"島流し"にあったんじゃないかと読み取れる。
そんな教師の淡々とした説明に、圭介は口を閉じるのも忘れポカンとした表情で固まった。つまり、彼女は"罰"として地上に落とされたということになる。なんとも穏やかでない話に、圭介は眉間に寄るシワをより深く刻むと、聞かずにはいられない疑問をぶつけた。
「罪って・・・何やらかしたんだよ?」
当然そう来るよな。と言わんばかりに少々困り顔の教師は、軽く息を吐きながら顎に手を当てると話を続けた。
「それが、そこに関しては何故か触れられていないんだよなぁ。作者が意図して書かなかったのか、未だ謎だ」
「はァ!?」
「そもそも、作者不明だし竹取物語の原本すら存在しないからなぁ。まぁ何にせよ、汚れた所だ、とかなり忌み嫌っていた描写があるから、相当な罪を犯したのは間違いないだろうとは言われているね」
テメェ生徒の質問にカンペキに答えるのが教師じゃねぇのかよ。なんて理不尽な苛立ちがそのまま口から出そうになる衝動を抑え、圭介はグッと堪えた。ここで下手に問題行動を起こしては、進級に響きかねない。冗談抜きで。
「あーそういえば、先生の恩師は殺人説を推してたなぁ」
世間話でもするようにサラリと告げられ、圭介が思わず息を飲んだ。話の先を促すように、動揺を隠しつつ視線を教師へと向ける。
「月の都でも、人を殺めることは罪だとしていたのなら、かぐや姫が殺人を犯し、それを咎められ地上に落とされた。そういう裏話もありそうで面白いよな」
圭介の頭の中に、少女の姿の〇〇が居た。純新無垢。そう思うほどに澄んだあの満月の双眼―――
もし、彼女が本当に月からやって来たのだとしたら?
もし、それが何かの"罰"だったとしたら?
あの怪我は、過ちを責められて受けたものだったかもしれない。
圭介は、もうひとり無視出来ない人物のことを思う。その償いを終え、帰ってくるであろう親友のこと―――
教師の話に適当な相づちを打ち、キリのいいところで礼を告げた圭介は、学校を後にした。遠くを見つめ、ただひたすら家までの道のりを辿っていったのだった。
「にゃあ~ん♪」
ドアを開けると、〇〇はいつも玄関前まで走ってくる。その姿に思わず口元が緩んだ圭介は、〇〇が来てから寄り道が減ったな、なんてつい思う。
「〇〇、ただいま」
自室へ入る圭介の後ろを、〇〇がトコトコついていく。脱いだブレザーをハンガーに掛け胡座をかくと、〇〇が脚の上に乗ってきた。
頭をひと撫で。次いで顎に触れると、彼女がゴロゴロと喉を鳴らす。同時に、リンッと耳あたりの良い音が大きく響いた。
「あ」
数日前、知り合いから貰ったと言って母親が嬉しそうに着けていたネコ用の首輪。そこにぶら下がる小さな鈴が、その存在を主張する。
圭介は、ハッと何かを思い出したように立ち上がった。〇〇を抱き抱えそのまま机へと向かう。
「そうだ、アイツにも教えてやろ」
圭介と机の間に挟まれた〇〇は、机の縁に前足を置いて目の前に置かれたものをのぞき込んだ。椅子に座った彼が取りだしたものは、罫線が印刷された作文用紙とシャープペンシル。そして、分厚い国語辞典。〇〇が、鼻をヒクヒクとさせながら机の上に置かれた原稿用紙の匂いを嗅いだ。
「にぁん?」
「これは、"手紙"だ」
カチカチとシャープペンシルのヘッドを鳴らすと、圭介は慣れた手つきで作文用紙にペンを滑らせた。
"一虎様"
男子らしい拙い文字を、一文字ずつ丁寧に書き認める。
今、少年院で生活をしている親友は、鬱屈した日々を送っていることだろう。そんな環境の中の楽しみになってくれれば。そう思い、日々の何気ない事を書いては出し続けていた。
「ちゃんと届いてっかなー・・・」
そういえば、前回出した手紙の返事はまだ無い。返事を待たずに出したら、せっかちなヤツだと思われるだろうか。なんて考える。
いつだったか、家族以外からの手紙は特別な事情がない限り検閲で弾かれることが多いらしいと聞いたことがあった。もしかしたら、と不安になりつつも、圭介は少しずつマス目を埋めていった。
「・・・」
そんな主の膝の上。〇〇はジーッと見つめていた机から、ため息をつく圭介へと視線を向けた。いつもと様子の違う彼が、愁いの帯びた満月に映る。
「あ、やべ間違えた」
圭介が、誤字を訂正しようと消しゴムに手を伸ばしたその時、〇〇も前足を彼に向かって伸ばした。そして、彼の胸を支えに立ち上がる。
ちゅ
「!?おっま、」
何故今。〇〇が少女に変身した衝撃でイスごとひっくり返りそうになった圭介が、間一髪のところで踏ん張りとどまった。大きくなったせいで、バチーンと吹っ飛んだ首輪が転がり落ち、鈴の音が虚しく響く。
やっとのことで、裸の彼女を横抱きする形で体勢が落ち着いた。
「バカヤロー!こんな狭いとこでアブねぇだろが!」
「ケースケ、ヘーン」
「あ゙ン!?」
ヘン、とは。聞き捨てならない一言に、圭介もつい喧嘩腰になる。
〇〇が喋りだしてから暫く経ち、彼女の言葉のボキャブラリーや理解力も日に日に増してきた。反抗的な態度も言葉で示すし、軽く罵る言葉も平気で言う。どうやら、圭介が母親とたまにやる口喧嘩を聞いて覚えたようだった。
「どこがどうヘンなんか言ってみろコラ」
「イタイのイタイのトンでケー」
「・・・は?」
まじないを唱えた〇〇は、主の頭をふわりと撫でた。突然の事に放心状態の圭介は、どうしたらいいか分からず固まった。そうこうしているうち、頭に乗せられていた小さな手が滑るように彼の頬へと添えられる。
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
いつの間にそんな言葉を覚えたのか。どんどん成長していく彼女のスピードに、圭介は少し焦りを覚えていた。これではまるで、竹取物語のかぐや姫と一緒だ。
そして、無意識に張りつめていた主の心が緩んだ。水分を帯び見開かれた彼の瞳が、それを物語っているかのようで。
「何も知らねーくせに・・・」
どこか誤魔化すように、圭介は悪態をついた。そして、頬から小さな手を外すと、ゆっくりと〇〇を引き寄せ力強く抱きしめた。余程強かったのか、〇〇の口から「ぐぇっ」と色気のない呻き声が漏れる。
圭介は、学校で聞いたかぐや姫の話を思い出した。やはり、〇〇が罰を受けるような過ちを犯したとは到底思えなかった。ましてや、誰かを傷つけるなんて。
「おまえ、さ・・・」
本当は月からやってきたんじゃないのか。そう聞いてみようかと思ったが、止めた。疑惑が確信に変わった瞬間、それが彼女との別れの時かもしれないから。
しかし、どうしても伝えたかった言葉は留めておけなかったようで。
「例え、おまえがどんな罪を犯して、罰受けなきゃなんねーとしても―――」
地上 ではずっと一緒にいてやるからな
「いっしょ?」
「うん」
「ケースケといっしょ?」
「おう」
「・・・えへへ」
一応、"一緒"という言葉は理解しているらしい。それが分かると、圭介から安堵の笑みがこぼれた。
そして、裸の少女を無遠慮に抱きしめていることに今更気恥しさを覚えた圭介は、急いで身体を離すと素早く〇〇にキスをした。
ーーー卍おまけ卍ーーー
リンッ―――
圭介「うわ、完璧ちぎれてんじゃん」
〇〇「!」
圭介「あ゙ー、母ちゃんになんて説明すっか・・・」
〇〇「にゃ、にゃう」(やっちまった)
今は昔、竹取の翁といふ者有りけり
野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことにつかひけり
名をば讃岐造となむいひける
ぴっちり七三分けの頭髪に、スクエアメガネ姿の優等生。肩までかかる長髪をひとまとめにした圭介は、姿勢正しく授業を受けていた。中学生にして留年をした彼は、2回目の一年生生活を至極真面目に送っているのである。
「じゃあ、今日から『竹取物語』をやるぞー」
そう言うと、古文担当の教師が冒頭文をさらりと読み上げた。どうやら、"オキナ"というヤツが竹を取っているらしい。どこかで聞いたことがあるような、ないような。圭介は、朧気な記憶を辿るが、一年前の授業のことなど覚えているはずもなく。
そもそもそんな授業受けていただろうか―――ビシッと真剣な様子とは裏腹に、彼の頭上ではクエスチョンマークが飛び交っていた。
「これは、みんなもよく知っている『かぐや姫』の話だ」
それを聞いてハッとした圭介は、千冬の言葉を思い出した。「〇〇は、かぐや姫みたいだ」と。
―――竹を取って日々の暮らしを立てていた翁は、ある日、竹林の中で光り輝く竹を見つける。竹を割ってみると、そこに入っていたのは小さく可愛らしい女の子。翁は、妻と共に我が子として育て始める。
短期間のうちにすくすくと育った女の子は、やがて「なよ竹のかぐや姫」と名付けられ、その美しさ故、瞬く間に多くの人へと噂が広まるのだった―――
「『もと光る竹なむ一筋ありける』 ここには、係り結びの法則が用いられている」
前に立つ教師が「ここテストに出すぞー」なんて言うものだから、周囲からはシャープペンシルと蛍光マーカーを走らせる音が忙しなく響いた。
そんな中、授業の内容などひとつとして頭に入ってこない優等生。つい考えてしまうのは、自宅で一匹ぼっち、暇を持て余しているであろうネコ。すっかり月の象徴となっている〇〇のことであった。
「先生」
圭介は、放課後になると職員室にいる古文教師の元を訪れていた。
そういえば、かぐや姫とはどういう物語なのだろうか。竹から生まれた女の子。実は月の住人で、最後は故郷へと帰ってしまう。そんなザックリとした絵本の知識しか無かったものだから、この際だと教師に直接聞くことにしたのだ。
「おお、場地か。どうした?」
「今日の授業のよォ」
「ああ、質問か?」
「かぐや姫って、なんで月から来たの?」
現代語訳や古典文法について、では無い。予想外の質問に思わずひっくり返りそうになった教師は、何とか体勢を整える。スラックスのポケットに両手を突っ込んで目の前に佇む少年は、到底教師に教えを乞う者の態度では無い。なんせ、前代未聞の"留年"を受け、素行含め要注意人物として教師全員に認識されている生徒だ。だが、新学期から格好だけはマジメになり、これで問題も起こさず学力も向上してくれれば、なんて思っていた矢先のこと。
「お前・・・授業の質問じゃないんかい」
「あー難しい話はひとまず置いといて。取りあえず話の内容が気になんだよ。先生なら詳しいだろ?」
まさか、そんなところに興味を持つとは。妙に真剣な様子に、これ以上説教じみたことを言ってやる気を削ぐのも不本意だ。そう考えた教師は、圭介に「まぁ座れ」と空いてる椅子を勧めてやると、望む答えを口に出す。
「かぐや姫は、月の都で罪を犯したんだ」
「は?・・・罪?」
「物語の最後、かぐや姫を迎えに来た月からの使者がそう口にする場面がある。月の住人にとって地上は、汚れた場所だと思われていた」
要は、昔で言う"島流し"にあったんじゃないかと読み取れる。
そんな教師の淡々とした説明に、圭介は口を閉じるのも忘れポカンとした表情で固まった。つまり、彼女は"罰"として地上に落とされたということになる。なんとも穏やかでない話に、圭介は眉間に寄るシワをより深く刻むと、聞かずにはいられない疑問をぶつけた。
「罪って・・・何やらかしたんだよ?」
当然そう来るよな。と言わんばかりに少々困り顔の教師は、軽く息を吐きながら顎に手を当てると話を続けた。
「それが、そこに関しては何故か触れられていないんだよなぁ。作者が意図して書かなかったのか、未だ謎だ」
「はァ!?」
「そもそも、作者不明だし竹取物語の原本すら存在しないからなぁ。まぁ何にせよ、汚れた所だ、とかなり忌み嫌っていた描写があるから、相当な罪を犯したのは間違いないだろうとは言われているね」
テメェ生徒の質問にカンペキに答えるのが教師じゃねぇのかよ。なんて理不尽な苛立ちがそのまま口から出そうになる衝動を抑え、圭介はグッと堪えた。ここで下手に問題行動を起こしては、進級に響きかねない。冗談抜きで。
「あーそういえば、先生の恩師は殺人説を推してたなぁ」
世間話でもするようにサラリと告げられ、圭介が思わず息を飲んだ。話の先を促すように、動揺を隠しつつ視線を教師へと向ける。
「月の都でも、人を殺めることは罪だとしていたのなら、かぐや姫が殺人を犯し、それを咎められ地上に落とされた。そういう裏話もありそうで面白いよな」
圭介の頭の中に、少女の姿の〇〇が居た。純新無垢。そう思うほどに澄んだあの満月の双眼―――
もし、彼女が本当に月からやって来たのだとしたら?
もし、それが何かの"罰"だったとしたら?
あの怪我は、過ちを責められて受けたものだったかもしれない。
圭介は、もうひとり無視出来ない人物のことを思う。その償いを終え、帰ってくるであろう親友のこと―――
教師の話に適当な相づちを打ち、キリのいいところで礼を告げた圭介は、学校を後にした。遠くを見つめ、ただひたすら家までの道のりを辿っていったのだった。
「にゃあ~ん♪」
ドアを開けると、〇〇はいつも玄関前まで走ってくる。その姿に思わず口元が緩んだ圭介は、〇〇が来てから寄り道が減ったな、なんてつい思う。
「〇〇、ただいま」
自室へ入る圭介の後ろを、〇〇がトコトコついていく。脱いだブレザーをハンガーに掛け胡座をかくと、〇〇が脚の上に乗ってきた。
頭をひと撫で。次いで顎に触れると、彼女がゴロゴロと喉を鳴らす。同時に、リンッと耳あたりの良い音が大きく響いた。
「あ」
数日前、知り合いから貰ったと言って母親が嬉しそうに着けていたネコ用の首輪。そこにぶら下がる小さな鈴が、その存在を主張する。
圭介は、ハッと何かを思い出したように立ち上がった。〇〇を抱き抱えそのまま机へと向かう。
「そうだ、アイツにも教えてやろ」
圭介と机の間に挟まれた〇〇は、机の縁に前足を置いて目の前に置かれたものをのぞき込んだ。椅子に座った彼が取りだしたものは、罫線が印刷された作文用紙とシャープペンシル。そして、分厚い国語辞典。〇〇が、鼻をヒクヒクとさせながら机の上に置かれた原稿用紙の匂いを嗅いだ。
「にぁん?」
「これは、"手紙"だ」
カチカチとシャープペンシルのヘッドを鳴らすと、圭介は慣れた手つきで作文用紙にペンを滑らせた。
"一虎様"
男子らしい拙い文字を、一文字ずつ丁寧に書き認める。
今、少年院で生活をしている親友は、鬱屈した日々を送っていることだろう。そんな環境の中の楽しみになってくれれば。そう思い、日々の何気ない事を書いては出し続けていた。
「ちゃんと届いてっかなー・・・」
そういえば、前回出した手紙の返事はまだ無い。返事を待たずに出したら、せっかちなヤツだと思われるだろうか。なんて考える。
いつだったか、家族以外からの手紙は特別な事情がない限り検閲で弾かれることが多いらしいと聞いたことがあった。もしかしたら、と不安になりつつも、圭介は少しずつマス目を埋めていった。
「・・・」
そんな主の膝の上。〇〇はジーッと見つめていた机から、ため息をつく圭介へと視線を向けた。いつもと様子の違う彼が、愁いの帯びた満月に映る。
「あ、やべ間違えた」
圭介が、誤字を訂正しようと消しゴムに手を伸ばしたその時、〇〇も前足を彼に向かって伸ばした。そして、彼の胸を支えに立ち上がる。
ちゅ
「!?おっま、」
何故今。〇〇が少女に変身した衝撃でイスごとひっくり返りそうになった圭介が、間一髪のところで踏ん張りとどまった。大きくなったせいで、バチーンと吹っ飛んだ首輪が転がり落ち、鈴の音が虚しく響く。
やっとのことで、裸の彼女を横抱きする形で体勢が落ち着いた。
「バカヤロー!こんな狭いとこでアブねぇだろが!」
「ケースケ、ヘーン」
「あ゙ン!?」
ヘン、とは。聞き捨てならない一言に、圭介もつい喧嘩腰になる。
〇〇が喋りだしてから暫く経ち、彼女の言葉のボキャブラリーや理解力も日に日に増してきた。反抗的な態度も言葉で示すし、軽く罵る言葉も平気で言う。どうやら、圭介が母親とたまにやる口喧嘩を聞いて覚えたようだった。
「どこがどうヘンなんか言ってみろコラ」
「イタイのイタイのトンでケー」
「・・・は?」
まじないを唱えた〇〇は、主の頭をふわりと撫でた。突然の事に放心状態の圭介は、どうしたらいいか分からず固まった。そうこうしているうち、頭に乗せられていた小さな手が滑るように彼の頬へと添えられる。
「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
いつの間にそんな言葉を覚えたのか。どんどん成長していく彼女のスピードに、圭介は少し焦りを覚えていた。これではまるで、竹取物語のかぐや姫と一緒だ。
そして、無意識に張りつめていた主の心が緩んだ。水分を帯び見開かれた彼の瞳が、それを物語っているかのようで。
「何も知らねーくせに・・・」
どこか誤魔化すように、圭介は悪態をついた。そして、頬から小さな手を外すと、ゆっくりと〇〇を引き寄せ力強く抱きしめた。余程強かったのか、〇〇の口から「ぐぇっ」と色気のない呻き声が漏れる。
圭介は、学校で聞いたかぐや姫の話を思い出した。やはり、〇〇が罰を受けるような過ちを犯したとは到底思えなかった。ましてや、誰かを傷つけるなんて。
「おまえ、さ・・・」
本当は月からやってきたんじゃないのか。そう聞いてみようかと思ったが、止めた。疑惑が確信に変わった瞬間、それが彼女との別れの時かもしれないから。
しかし、どうしても伝えたかった言葉は留めておけなかったようで。
「例え、おまえがどんな罪を犯して、罰受けなきゃなんねーとしても―――」
「いっしょ?」
「うん」
「ケースケといっしょ?」
「おう」
「・・・えへへ」
一応、"一緒"という言葉は理解しているらしい。それが分かると、圭介から安堵の笑みがこぼれた。
そして、裸の少女を無遠慮に抱きしめていることに今更気恥しさを覚えた圭介は、急いで身体を離すと素早く〇〇にキスをした。
ーーー卍おまけ卍ーーー
リンッ―――
圭介「うわ、完璧ちぎれてんじゃん」
〇〇「!」
圭介「あ゙ー、母ちゃんになんて説明すっか・・・」
〇〇「にゃ、にゃう」(やっちまった)
