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本編(完結)
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10. One and only
師走の寒さが身にしみる頃。世間では心なしか、あと1か月で今年が終わるという焦燥感のようなものが、そこはかとなく漂っていた。
そこに、別の意味で大変焦っている男が一人―――
「・・・やべー。」
真一郎は、昨日今日にかけて返却された期末テストの点数を見て愕然としていた。扇形に並べられたオール赤点の答案用紙が、机の上に鎮座している。
来年度進級の可否を判定するのに、今回と3学期の期末試験結果が反映される。流石に留年とあっては、祖父万作のカミナリが落ちることは必至。これまでの定期試験は補習授業を受けるだけでお咎め無しだったが、今回は追試験をクリアする必要がある。実施日は1週間後。なんてったって時間がない。
「お前、流石にオール赤点はねーわ。」
たまたま真一郎の机の横を通った沖田が、視界に入った答案用紙を見て声をかけてきた。
「うっせ!おめぇこそどうなんだよ。俺と成績ドッコイだろーが。」
「俺は選択授業の音楽以外、赤点だ!」
「変わんねーじゃねーか!」
どっちもどっちだった。
「流石ですなぁ。」
御見それしました。とこずえが〇〇と期末テストの答え合わせをしていた。
「目標点取れなかったの結構あったんだよね。今回全体的に難しかったよ。」
「て言うてしっかり学年1位取ったじゃん。特進は間違いなく上がれるでしょ。」
それより問題は私だよ。とこずえがガクッと項垂れた。彼女も特進クラスへの進級を希望していた。芸大を目指すのだという。
「まだこの期末だけで決まるわけじゃないし。3学期のテストで挽回チャンスあるよ。」
「か~。しゃーない。〇〇先生の力をお借りするとしますか。」
同じ目標をもって切磋琢磨できる仲間がいることは、なんと心強い事か。二人はお互い、この奇跡の出会いに感謝していた。
「そうだ。20日は〇〇ちゃんの誕生日会、お邪魔できそう?」
「うん。叔父さんたち、次の日まで不在にするって言ってたから大丈夫。」
こずえは、〇〇の誕生日前日に彼女の自宅で誕生日会をしようと計画していた。叔父夫婦と暮らしているということになっている〇〇は、柴田には悪いが、当日は不在にしておいてほしいとお願いしていた。
「よしよし。あと来てほしい人がいたら遠慮なく誘っていいからね。」
「ええ、いやそんな自分の誕生日会開くから来てっていう歳でもないし。」
「なんで。佐野先輩は誘えるでしょ。絶対来るでしょ。」
「ええ!?」
それこそ恥ずかしい!と〇〇は顔を赤くしながら叫んだ。
これは自分が一肌脱ぐしかないか。こずえは気合いを入れた。
「おっと。今日から部活再開だったわ。行ってくる。」
「あ、そっか。頑張ってね。」
「今日は佐野先輩と帰るの?」
「うん。今から2年の教室行ってくる。」
よろしく言っといて~。とひらひら手を振りながらこずえが教室を出ていく姿を〇〇は見送った。ちょっと前までこずえには、真一郎の名前を出す度に大丈夫かと心配されていたのだが、いつからかそれも無くなっていた。文化祭の準備中、何やら二人は〇〇の知らないところで話をしていたと言っていたから、その時何かしらあったのかもしれない。彼に対する印象が変わったのだとしたら、とても喜ばしい事だと〇〇は思っていた。
そんなことを考えながら、〇〇は帰り支度をして真一郎の待つ2年の教室へと向かった。
教室には、真一郎しかいないようだった。
〇〇が、自席に座って腕を組みながらうんうん唸っている様子の彼の元へ近づくと、机の上に期末テストと思われる答案用紙が並べられていた。
「・・・18点。15点。19点。」
「うぉあっ!?」
突然、後方から聞こえてきた声に驚いた真一郎が、ガタッと音を立てて飛び跳ねた。そこには、一緒に帰る約束をしていた〇〇が立っていた。
「追試決定だ。」
「おま、入ってくるとき声かけろ!ビビるだろーが。」
「すごい集中してたっぽいから、邪魔になったらいけないかなって。」
にこっと笑った彼女の顔を見て、それ以上言えなくなった真一郎は、机の上の答案用紙をガサっとかき集めてかばんに押し込んだ。
「追試で合格点なんてぜってー取れないよな~。」
こりゃ留年決まりかな。肩を落としながらそうボヤく真一郎の姿を見て、〇〇は彼の為に何かできないかなと考えた。彼女は、高校の履修科目については、教科書や参考書を読破し粗方把握していた。真一郎は、相変わらず授業をサボっているようだし自業自得ではあるのだが、元気のない顔を見るのは〇〇にとっても不本意。もし真一郎の力になれるのであれば、やぶさかではない。
「先輩。嫌じゃなければですけど、わたしの家で勉強合宿しませんか?」
「・・・合宿?」
〇〇からの突然の提案に、真一郎は何を言ってるのか理解が追い付かなかった。勉強・・・合宿・・・彼女の家で・・・二人きり?
「先輩のお家だと、万次郎たちがいて集中できないかなって。うちなら静かだからはかどると思うし。空いてる部屋もあるので、1週間集中すれば合格点目指せると思います。」
彼女は学年トップを飾るほど優秀だ。きっと2年の授業内容などお手のものなのだろう。1年に教えを乞うなんてプライドを捨てたも同然だが、相手が彼女であれば話が違う。しかも自宅。女の子が暮らす部屋で。二人きり。当然、彼の中に選択肢は一つしかなかった。
「よろしくお願いしゃす。」
90度の最敬礼。あまりに行儀の良い不良の姿に、〇〇は思わず吹き出してしまった。
早速今日からということになり、真一郎は自宅から荷物を引っ提げてバイクで〇〇の自宅へ向かった。
万次郎とエマからは、顔がいやらしいだの鼻の下が伸びているだの散々の言われようだったが、兄貴の一世一代のビッグチャンス黙って見とけバカ野郎。と10以上も歳の離れた弟妹相手に一蹴。万が一、と思い帰り道に買っておいた"ゴム製品"をジーンズのポケットに突っ込んでくる始末。既に本来の目的からすっかり外れていた。
真一郎がマンションの駐輪場にバイクを停めたところで、〇〇がエントランスホールから外へ出てきた。
「真一郎先輩。ひとまず荷物置いて、買い物付き合ってくれませんか?」
「買い物?」
玄関に荷物を置き、向かった先は近所のスーパーマーケットだった。
「今日はエビフライと、中華サラダにしようかなって。」
〇〇が、エビやたまご、春雨などの食材を真一郎の持つかごに入れていく。その様子を眺めながら、真一郎はこんな新婚夫婦のような生活を1週間も体験できるのかと思ったら、幸せすぎて顔のニヤニヤを抑えるのに必死だった。
「あ、俺出すよ。」
レジで〇〇が財布を出そうとしたところで、真一郎が勉強教えてもらうんだから食費は自分が出す、と申し出た。
「ううん。柴田が先輩の分もって出してくれたので、お構いなく。」
あ、これはちゃんとキレイなお金ですのでご安心を。という〇〇の話を聞きながら、真一郎は目を丸くした。あの柴田が?〇〇の家に寝泊まりすると知って金を出しただと?調子に乗るなと言っていたが、何だかんだと彼女との仲を認めてくれていたのか。柴田さんグッジョブ!と、真一郎のテンションは上がる一方だった。
「どうぞ。」
「おっオジャマシマス。」
真一郎は少し緊張しつつ中へ入った。長い廊下からそれぞれの部屋へ続く扉が数か所。よく見る間取りのマンションのようだった。
「ここがトイレで、向かいが洗面所とお風呂。先輩はこの部屋使ってください。」
客室としてあてがわれた部屋に荷物を置くと、〇〇はリビングへと案内した。14畳ほどのリビングダイニングキッチン。南向きの明るくてとてもいい部屋だった。
「なんか随分贅沢な部屋だなー。」
「ここ、名前は伏せてますけど神保が不動産管理してる建物なんですよ。」
なるほど。ヤクザと不動産業界は切っても切れない関係。きっと表向きは真っ当な商売をしているのだろうが、あっちの世界は闇が深い・・・これ以上は何も言うまい。真一郎は聞き流すことにした。
「お夕飯までまだ時間あるし、テスト範囲の確認しておきましょうか。」
リビングのソファに隣り合って座った。ローテーブルに教科書と答案用紙を広げ、出題範囲を洗い出す。補修対象の科目すべて、偶然にも二人のクラスを同じ教科担任が受け持っていた。ラッキーなことにヤマが張りやすい。
「あの先生、今回めちゃくちゃ難しい問題作ってましたよ。」
「マジか。あのナルシー野郎調子乗りやがって。」
教師の悪口を挟みながら、着々と勉強のポイントを押さえていく。しばらくは真面目に〇〇の話を聞いていた真一郎だったが、ふと彼女の真剣な顔を見た瞬間、集中力が切れた。勉強をする〇〇の姿を間近で見るのは初めてだった。
きっと家にいる間は、こうやって医者になるために勉強漬けの日々を送っているんだろう。出会ってから約9か月経つというのに、まだ自分の知らない彼女の顔がある。真一郎は、その姿からうっかり目が離せなくなっていた。
「ここは暗記物なので可能な限り覚えましょう。点数稼・・・先輩、聞いてます?」
「集中力切れた。」
「ええっ?」
まだ始めて30分程しか経っていない。この人ときたら全く。〇〇は心の中でため息をついていた。留年がかかってんだろ集中しろ。
「〇〇がちょっとお願い聞いてくれたら、やる気出るかも。」
「・・・なんですか?」
「・・・ハグしたい。」
「え・・・ハ、ハグ!?//」
「うん。」
真一郎とは、出会って間もない頃から触れ合う機会が度々あった。普通に抱き締められたこともある。〇〇は、それを不快に思ったことは一度もないが、改めて面と向かってハグしたい。と言われると、それはそれでやりづらいし、恥ずかしかった。
しかし、それでやる気が出るのなら安いのではないだろうか。初っ端からこの調子では合格点への道は程遠い。それに、なんだか珍しく甘えん坊な感じの真一郎のことを不覚にもかわいい、などと思ってしまった〇〇は、彼の突拍子もないお願いを聞いてあげることにした。
「・・・はい。」
さぁ来いや。と言わんばかりに〇〇が両手を広げた。
まさかこんなにすんなりOKしてくれるとは思わず、自分から言っときながら、真一郎は信じられないといった表情で目を剥いた。
「ほっほんとに?いいの!?」
「その代わり、晩御飯の時間までちゃんと集中してくださいよ。」
さっさと終わらせて続きをせねば。〇〇は、真一郎の留年阻止に並々ならぬ使命感を感じていた。彼のちょっとした邪な気持ちなど知る由もなく。
「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて。」
恐々、といった感じで近づいてきた真一郎が、〇〇の背中に手を回してぎゅっと抱き締めた。〇〇も、それに合わせて彼の背中に手を回す。心なしか、彼の鼓動が早いように感じた。自分はどうだろう。恥ずかしさも相まって、やっぱり少しドキドキしてる気がする。気づかれていないか心配になってきた〇〇は、真一郎に声をかけた。
「先輩・・・あの、もういいんじゃないでしょうか。」
「・・・やだ。」
「え?」
「もう少し。」
「もう十分でs」
「あとちょっと。」
「・・・」
ダメだこりゃ。やる前に制限時間を設ければよかった。どうしたら離してくれるだろうかと〇〇は考えた。だが、有効な手段が思いつかない。離れようとすればきつく締められて終わりだろうしどうしたもんか。
そんなことを考えいるうち、〇〇はなんだか眠くなってきた。
真一郎に抱き締められると心地良いし安心した。亡くなった透と一緒に寝ていた時の感覚にも似ていた。彼から香るお日様のような匂いと、それに少し、オイルとか鉄とか、バイクのタイヤのような匂いも微かにする。不思議と嫌ではない匂い・・・
うっかりまどろみかけて、〇〇はハっとした。やばい。と、そういえば肝心なことを真一郎に告げていなかったことを思い出した。チラっと時計を見てさらに焦りは募る。
「せ、先輩。あのった、多分もうそろそろ」
「まだダメ。」
「いやダメじゃなくてですね・・・!」
ガチャッ
「お嬢、ただいま戻りま・・・」
「あ。」「え?」
リビングの扉が開き、その向こうから柴田が入ってきた。
「し、柴田さん!?」
「おかえり、柴田・・・」
苦笑いの〇〇が、柴田へおかえりと言った。
真一郎は、〇〇の背に手を回したままフリーズしていた。「おかえり」?そういえば、柴田は部屋に入ってきたときに「ただいま」と言っていなかったか。どういうことだ???と真一郎の頭の中は大混乱。
「ごめん、先輩。言うタイミング逃しちゃって・・・実は、」
柴田とルームシェアしてるんです。
「お前、余っ程俺にブチ●ロされたいんやのぉ、真一郎。」
真一郎の断末魔が木霊した。
師走の寒さが身にしみる頃。世間では心なしか、あと1か月で今年が終わるという焦燥感のようなものが、そこはかとなく漂っていた。
そこに、別の意味で大変焦っている男が一人―――
「・・・やべー。」
真一郎は、昨日今日にかけて返却された期末テストの点数を見て愕然としていた。扇形に並べられたオール赤点の答案用紙が、机の上に鎮座している。
来年度進級の可否を判定するのに、今回と3学期の期末試験結果が反映される。流石に留年とあっては、祖父万作のカミナリが落ちることは必至。これまでの定期試験は補習授業を受けるだけでお咎め無しだったが、今回は追試験をクリアする必要がある。実施日は1週間後。なんてったって時間がない。
「お前、流石にオール赤点はねーわ。」
たまたま真一郎の机の横を通った沖田が、視界に入った答案用紙を見て声をかけてきた。
「うっせ!おめぇこそどうなんだよ。俺と成績ドッコイだろーが。」
「俺は選択授業の音楽以外、赤点だ!」
「変わんねーじゃねーか!」
どっちもどっちだった。
「流石ですなぁ。」
御見それしました。とこずえが〇〇と期末テストの答え合わせをしていた。
「目標点取れなかったの結構あったんだよね。今回全体的に難しかったよ。」
「て言うてしっかり学年1位取ったじゃん。特進は間違いなく上がれるでしょ。」
それより問題は私だよ。とこずえがガクッと項垂れた。彼女も特進クラスへの進級を希望していた。芸大を目指すのだという。
「まだこの期末だけで決まるわけじゃないし。3学期のテストで挽回チャンスあるよ。」
「か~。しゃーない。〇〇先生の力をお借りするとしますか。」
同じ目標をもって切磋琢磨できる仲間がいることは、なんと心強い事か。二人はお互い、この奇跡の出会いに感謝していた。
「そうだ。20日は〇〇ちゃんの誕生日会、お邪魔できそう?」
「うん。叔父さんたち、次の日まで不在にするって言ってたから大丈夫。」
こずえは、〇〇の誕生日前日に彼女の自宅で誕生日会をしようと計画していた。叔父夫婦と暮らしているということになっている〇〇は、柴田には悪いが、当日は不在にしておいてほしいとお願いしていた。
「よしよし。あと来てほしい人がいたら遠慮なく誘っていいからね。」
「ええ、いやそんな自分の誕生日会開くから来てっていう歳でもないし。」
「なんで。佐野先輩は誘えるでしょ。絶対来るでしょ。」
「ええ!?」
それこそ恥ずかしい!と〇〇は顔を赤くしながら叫んだ。
これは自分が一肌脱ぐしかないか。こずえは気合いを入れた。
「おっと。今日から部活再開だったわ。行ってくる。」
「あ、そっか。頑張ってね。」
「今日は佐野先輩と帰るの?」
「うん。今から2年の教室行ってくる。」
よろしく言っといて~。とひらひら手を振りながらこずえが教室を出ていく姿を〇〇は見送った。ちょっと前までこずえには、真一郎の名前を出す度に大丈夫かと心配されていたのだが、いつからかそれも無くなっていた。文化祭の準備中、何やら二人は〇〇の知らないところで話をしていたと言っていたから、その時何かしらあったのかもしれない。彼に対する印象が変わったのだとしたら、とても喜ばしい事だと〇〇は思っていた。
そんなことを考えながら、〇〇は帰り支度をして真一郎の待つ2年の教室へと向かった。
教室には、真一郎しかいないようだった。
〇〇が、自席に座って腕を組みながらうんうん唸っている様子の彼の元へ近づくと、机の上に期末テストと思われる答案用紙が並べられていた。
「・・・18点。15点。19点。」
「うぉあっ!?」
突然、後方から聞こえてきた声に驚いた真一郎が、ガタッと音を立てて飛び跳ねた。そこには、一緒に帰る約束をしていた〇〇が立っていた。
「追試決定だ。」
「おま、入ってくるとき声かけろ!ビビるだろーが。」
「すごい集中してたっぽいから、邪魔になったらいけないかなって。」
にこっと笑った彼女の顔を見て、それ以上言えなくなった真一郎は、机の上の答案用紙をガサっとかき集めてかばんに押し込んだ。
「追試で合格点なんてぜってー取れないよな~。」
こりゃ留年決まりかな。肩を落としながらそうボヤく真一郎の姿を見て、〇〇は彼の為に何かできないかなと考えた。彼女は、高校の履修科目については、教科書や参考書を読破し粗方把握していた。真一郎は、相変わらず授業をサボっているようだし自業自得ではあるのだが、元気のない顔を見るのは〇〇にとっても不本意。もし真一郎の力になれるのであれば、やぶさかではない。
「先輩。嫌じゃなければですけど、わたしの家で勉強合宿しませんか?」
「・・・合宿?」
〇〇からの突然の提案に、真一郎は何を言ってるのか理解が追い付かなかった。勉強・・・合宿・・・彼女の家で・・・二人きり?
「先輩のお家だと、万次郎たちがいて集中できないかなって。うちなら静かだからはかどると思うし。空いてる部屋もあるので、1週間集中すれば合格点目指せると思います。」
彼女は学年トップを飾るほど優秀だ。きっと2年の授業内容などお手のものなのだろう。1年に教えを乞うなんてプライドを捨てたも同然だが、相手が彼女であれば話が違う。しかも自宅。女の子が暮らす部屋で。二人きり。当然、彼の中に選択肢は一つしかなかった。
「よろしくお願いしゃす。」
90度の最敬礼。あまりに行儀の良い不良の姿に、〇〇は思わず吹き出してしまった。
早速今日からということになり、真一郎は自宅から荷物を引っ提げてバイクで〇〇の自宅へ向かった。
万次郎とエマからは、顔がいやらしいだの鼻の下が伸びているだの散々の言われようだったが、兄貴の一世一代のビッグチャンス黙って見とけバカ野郎。と10以上も歳の離れた弟妹相手に一蹴。万が一、と思い帰り道に買っておいた"ゴム製品"をジーンズのポケットに突っ込んでくる始末。既に本来の目的からすっかり外れていた。
真一郎がマンションの駐輪場にバイクを停めたところで、〇〇がエントランスホールから外へ出てきた。
「真一郎先輩。ひとまず荷物置いて、買い物付き合ってくれませんか?」
「買い物?」
玄関に荷物を置き、向かった先は近所のスーパーマーケットだった。
「今日はエビフライと、中華サラダにしようかなって。」
〇〇が、エビやたまご、春雨などの食材を真一郎の持つかごに入れていく。その様子を眺めながら、真一郎はこんな新婚夫婦のような生活を1週間も体験できるのかと思ったら、幸せすぎて顔のニヤニヤを抑えるのに必死だった。
「あ、俺出すよ。」
レジで〇〇が財布を出そうとしたところで、真一郎が勉強教えてもらうんだから食費は自分が出す、と申し出た。
「ううん。柴田が先輩の分もって出してくれたので、お構いなく。」
あ、これはちゃんとキレイなお金ですのでご安心を。という〇〇の話を聞きながら、真一郎は目を丸くした。あの柴田が?〇〇の家に寝泊まりすると知って金を出しただと?調子に乗るなと言っていたが、何だかんだと彼女との仲を認めてくれていたのか。柴田さんグッジョブ!と、真一郎のテンションは上がる一方だった。
「どうぞ。」
「おっオジャマシマス。」
真一郎は少し緊張しつつ中へ入った。長い廊下からそれぞれの部屋へ続く扉が数か所。よく見る間取りのマンションのようだった。
「ここがトイレで、向かいが洗面所とお風呂。先輩はこの部屋使ってください。」
客室としてあてがわれた部屋に荷物を置くと、〇〇はリビングへと案内した。14畳ほどのリビングダイニングキッチン。南向きの明るくてとてもいい部屋だった。
「なんか随分贅沢な部屋だなー。」
「ここ、名前は伏せてますけど神保が不動産管理してる建物なんですよ。」
なるほど。ヤクザと不動産業界は切っても切れない関係。きっと表向きは真っ当な商売をしているのだろうが、あっちの世界は闇が深い・・・これ以上は何も言うまい。真一郎は聞き流すことにした。
「お夕飯までまだ時間あるし、テスト範囲の確認しておきましょうか。」
リビングのソファに隣り合って座った。ローテーブルに教科書と答案用紙を広げ、出題範囲を洗い出す。補修対象の科目すべて、偶然にも二人のクラスを同じ教科担任が受け持っていた。ラッキーなことにヤマが張りやすい。
「あの先生、今回めちゃくちゃ難しい問題作ってましたよ。」
「マジか。あのナルシー野郎調子乗りやがって。」
教師の悪口を挟みながら、着々と勉強のポイントを押さえていく。しばらくは真面目に〇〇の話を聞いていた真一郎だったが、ふと彼女の真剣な顔を見た瞬間、集中力が切れた。勉強をする〇〇の姿を間近で見るのは初めてだった。
きっと家にいる間は、こうやって医者になるために勉強漬けの日々を送っているんだろう。出会ってから約9か月経つというのに、まだ自分の知らない彼女の顔がある。真一郎は、その姿からうっかり目が離せなくなっていた。
「ここは暗記物なので可能な限り覚えましょう。点数稼・・・先輩、聞いてます?」
「集中力切れた。」
「ええっ?」
まだ始めて30分程しか経っていない。この人ときたら全く。〇〇は心の中でため息をついていた。留年がかかってんだろ集中しろ。
「〇〇がちょっとお願い聞いてくれたら、やる気出るかも。」
「・・・なんですか?」
「・・・ハグしたい。」
「え・・・ハ、ハグ!?//」
「うん。」
真一郎とは、出会って間もない頃から触れ合う機会が度々あった。普通に抱き締められたこともある。〇〇は、それを不快に思ったことは一度もないが、改めて面と向かってハグしたい。と言われると、それはそれでやりづらいし、恥ずかしかった。
しかし、それでやる気が出るのなら安いのではないだろうか。初っ端からこの調子では合格点への道は程遠い。それに、なんだか珍しく甘えん坊な感じの真一郎のことを不覚にもかわいい、などと思ってしまった〇〇は、彼の突拍子もないお願いを聞いてあげることにした。
「・・・はい。」
さぁ来いや。と言わんばかりに〇〇が両手を広げた。
まさかこんなにすんなりOKしてくれるとは思わず、自分から言っときながら、真一郎は信じられないといった表情で目を剥いた。
「ほっほんとに?いいの!?」
「その代わり、晩御飯の時間までちゃんと集中してくださいよ。」
さっさと終わらせて続きをせねば。〇〇は、真一郎の留年阻止に並々ならぬ使命感を感じていた。彼のちょっとした邪な気持ちなど知る由もなく。
「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて。」
恐々、といった感じで近づいてきた真一郎が、〇〇の背中に手を回してぎゅっと抱き締めた。〇〇も、それに合わせて彼の背中に手を回す。心なしか、彼の鼓動が早いように感じた。自分はどうだろう。恥ずかしさも相まって、やっぱり少しドキドキしてる気がする。気づかれていないか心配になってきた〇〇は、真一郎に声をかけた。
「先輩・・・あの、もういいんじゃないでしょうか。」
「・・・やだ。」
「え?」
「もう少し。」
「もう十分でs」
「あとちょっと。」
「・・・」
ダメだこりゃ。やる前に制限時間を設ければよかった。どうしたら離してくれるだろうかと〇〇は考えた。だが、有効な手段が思いつかない。離れようとすればきつく締められて終わりだろうしどうしたもんか。
そんなことを考えいるうち、〇〇はなんだか眠くなってきた。
真一郎に抱き締められると心地良いし安心した。亡くなった透と一緒に寝ていた時の感覚にも似ていた。彼から香るお日様のような匂いと、それに少し、オイルとか鉄とか、バイクのタイヤのような匂いも微かにする。不思議と嫌ではない匂い・・・
うっかりまどろみかけて、〇〇はハっとした。やばい。と、そういえば肝心なことを真一郎に告げていなかったことを思い出した。チラっと時計を見てさらに焦りは募る。
「せ、先輩。あのった、多分もうそろそろ」
「まだダメ。」
「いやダメじゃなくてですね・・・!」
ガチャッ
「お嬢、ただいま戻りま・・・」
「あ。」「え?」
リビングの扉が開き、その向こうから柴田が入ってきた。
「し、柴田さん!?」
「おかえり、柴田・・・」
苦笑いの〇〇が、柴田へおかえりと言った。
真一郎は、〇〇の背に手を回したままフリーズしていた。「おかえり」?そういえば、柴田は部屋に入ってきたときに「ただいま」と言っていなかったか。どういうことだ???と真一郎の頭の中は大混乱。
「ごめん、先輩。言うタイミング逃しちゃって・・・実は、」
柴田とルームシェアしてるんです。
「お前、余っ程俺にブチ●ロされたいんやのぉ、真一郎。」
真一郎の断末魔が木霊した。
