一章
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「変態チカン男―――――――!!!!」
教室いっぱいに響き渡った声。
やってしまったな、と哀れな佐倉蜜柑ちゃんに心の中で合掌。
「何言ってんだこの女。痴漢てのはバカが下心もってやるから「痴漢」なんだよ、お前相手に下心もくそもわくかよ」
すっかりいい子モードの取れてしまった蜜柑はしれっと暴言を吐く棗に突っかかり続けていた。
助けてあげたいけど、ごめんね。
なんて思いながら見守る。
「おい、水玉、お前どういうアリスもってんだ」
「『そういえばウチってホンマはどういうアリスもってるんやろ。先生はウチをアリス言うてくれたけど全然そんなんもってる兆しなんてないしな――』」
いつの間にか傍にいた心読み君がちらと私のことを見て、続ける。
「『ウチってばホンマに、アリスなんかな~~~なんて☆』…わぁーかんなちゃんと同じようなこと言ってるー」
ざわざわとどういうことなのかと教室中が騒然とする。
なんで私を巻き込んだのだと血の気のひいた顔で心読み君を見れば彼もじっとこちらを見つめた後いかにも、面白そうだったから、という顔をして指を立ててきた。
面白くない!!!面白くないよ!!!
「かんなちゃん?その子、誰?」
心を読まれたことに驚きながらも、自分と同じ境遇にいるらしい子をきょろきょろと探す彼女に、教室中の視線が私に集まった。
「…あんたが、かんなちゃん…?あんたも、ウチと一緒なん?」
うわぁ…やめて!そんな心強そうな目でこっちを見ないで!
可哀相に思いながらも傍観を続けた自分にビシバシと罪悪感が突き刺さる。
「あ…「信じらんない!この子まで自分のアリスも知らないの!?」」
何か言わなければと出かけた言葉はスミレちゃんにかき消されてしまった。
「なんでそんな子たちがこうも続いてこの学園に入れるわけ!?おかしいわよそんなの、きいたこともない!あなたもアリスを語ってもぐりこんだんじゃないでしょうね...!」
「そんな事…っちゃんと鳴海先生がウチの事『アリス』やて…なぁ!?」
蜜柑ちゃんがこっちを向いてあんたもそういわれてここに来たんやろ!?と同意を求めてくるが、私は彼女と違ってアリスの有無さえわからない。
何とも答えられず困惑している私を蛍ちゃんが見ていたけれど気が付かなかった。
「へぇーだったら証拠みせてよ」
「な…っ」
「え…」
「ほらはやく」
「だ…大体っアリスアリスてさっきからなんやねん、そんなにアリスがえら」
「えらいわよ」
言おうとした蜜柑のセリフをくってもう一度「えらいわよ」と繰り返す。
固まっている蜜柑を見やってスミレは冷たくため息をついた。
「…あなた達何も知らないみたいだから教えてあげるけど、私たちアリスは国に認められ保障されている特別エリートなのよ」
…あ。
「個性を自分に見合った場所で発揮することによって政治・芸術・学問いろんな分野で多大な功績を残してきたわ。この国のスペシャリストはほぼアリスで成り立っているといっても過言じゃないのよ」
彼らはそんな言葉で、自分たちを余計に追い込む。
「アリス以外の人間なんてアリスに群がって恩恵を受ける寄生虫か手足となるだけの働きアリ。いわばただのひきたて役よ」
違う…君たちの大切な人にだってアリスと関係のない人がいるはずだ。
しかし教室は水を打ったように静かに、冷静に、スミレの言葉を受け止めていた。
こんな冷たい言葉を誰もが胸にもっている。
「私たちは選ばれた人間なの。使い捨てのいくらでも代わりのきく一般庶民とは人間の格が違うのよ」
「ふざけ…」
しん…
「ほ、蛍…」
蜜柑はそんなのウソだと蛍の方を向くが彼女は蜜柑を見ない。その背中が今のスミレの言葉を彼女も肯定している証拠だった。
ショックを受けたように蜜柑は固まる。
「……違うでしょ…」
「え?」
私はついふらふらとスミレちゃん達の前に立ち、一度教室中をキッと睨み付けた。
「たしかにね、アリスは特別な力かもしれない実際に秀でた才能かもしれない…そして、そう思って他人を見下さなければここに閉じ込められている自分たちがかわいそうで、さみしくてやっていけないのかもしれない」
「なにを勝手なこと…」
「でも、でもさ。あなたたちの大切な人に、そのあなたたちが見下した一般人は一人もいないの!?」
「…!」
みんなの顔がぴしりと固まる。
「そりゃ社会に貢献してるのはアリスの力が断然勝っているのかもしれないけど、あなたたちの住む世界の大半はアリスを持っていない人たちじゃない!そうやって自分たちを特別扱いして、自分たちを追い詰めて…傷つけるようなこと……しないで…」
最後の方はつい、弱くなっていってしまった。
訳知り顔で、アリスも持たず、この子たち自身の苦しみなんてちっとも理解できる立場じゃないくせに。
それでも、悲しくなってしまったのだ。自分でタンカを切ったくせにカッコつかないなと苦笑する。
皆が一様に、ばつの悪そうな、そんな顔でうつむいた。
蜜柑がこちらをじっと、まっすぐなまなざしで見つめている。
「きっ傷ついてなんてないわ…!そ、そうやってごまかして、証拠も見せられないんじゃアリスじゃないって認めたも同然よ。早く学園からでていきなさいよ、ずうずうしい」
蜜柑も私も黙ったままだ。
「ちょっと、きいてるの!?」
「…いや」
「え」
「絶対いや」
「な…っ」
「ウチらはアリスや。ちゃんと鳴海先生にそう言われた。ウチは先生信用してるもん、きっと間違いないもん」
「何根拠もなしに勝手なこと」
「それにな、かんなちゃんも言うとったけど、アリスがそうでない人より上やなんてウチも思わへん……あんたらが人より上なモンがあるとしたらなぁ」
くるりと振り返ったかと思うと強い目でスミレたちを睨んだ
「そのくさった根性じゃボケっ」
ピシャーン。
B組に雷が走る。
棗も流架も、蛍も委員長も、みんなみんな呆気にとられて私たちを見ていた。
「…ぷ」
ああ、やっぱり蜜柑ちゃんは強い心の持ち主だとつい。
「な…なんですって―――!?」
「あっは、あははは!」
つい、笑い声をあげてしまった。
ピカピカで真っ直ぐな蜜柑の言葉は心にぽんと心地よく届く。
スミレ達取り巻き組が笑い出した私と蜜柑の言葉に怒りをあらわに近づいてくる。
「バーカバカバカ!アリス以外取柄ないしそればっかに縋っとるだけの空っぽ人間――っ!!」
こらこらこらそこまで言わなくても。
「このやろっ!!」
蜜柑はキレて悪口を浴びせまくり、ヒートアップしたクラスメイトからついに手が出た。
蜜柑の髪の毛を引っ張って、私は胸倉を掴まれる。
うわわ!
「蜜柑ちゃん! かんなちゃん…!」
委員長が焦ったような声を上げるのと、蜜柑の顔にこぶしが迫るのはほぼ同時だった。女の子の顔に拳が....!!!
「蜜柑ちゃん!危ない…ッッ!!」
慌てて駆けだして蜜柑を突き飛ばし、これから来るであろう衝撃に目をつぶる。瞬間、バキッという音がした。
私たちをかばって蛍が、蜜柑を殴ろうとしていた男の子を発明品で殴り返したのが見えた。
「今井さん!?」
ざわりと教室中が動揺で空気を揺らした。
「…悪いけど、このバカ泣かしていいのはあたしだけだから。勝手に手出ししないで」
そうだ。蛍ちゃんはたしかこれのせいで…。
腕の中の蜜柑ちゃんは涙を浮かべたまま蛍ちゃんを見つめている。
「柊さん、蜜柑のこと。かばってくれてありがとう」
少しだけこっちを向いて笑ってくれる。
「あ、どういたしまして…」
はじめて、蛍ちゃんの視界に入った気がした。
「……まったく、これで優等生賞がパアだわ」
あっという間に無表情にもどったかと思うと怒りを隠さずにセントラルタウンのお食事券1か月分の特典のことや1週間の実家への里帰り特典の事を蜜柑に恨みがましく言い放つ。
「帰れなくなったことあんたの方からうちの両親に謝っといてよね。……まあ、あんたが自分から会いに来るなんてまったくの計算外がおこったことだし、会いに行く手間が省けた分今回は特別それでチャラにしといてあげる」
里帰りのことに触れた時に一瞬蜜柑ちゃんは、あ。という顔をした。そして
蛍…ホタル――――…と
涙をきらきら輝かせながら蛍へと愛の抱擁に走る。
「言っとくけどお食事券についてはもちろん別で貸しだからね。柊さんの分もかさまししてつけておくから」
「うぇ~ん、もー何だっていいよぉ〜〜蛍スキスキラブ――――!」
それからあっという間に二人の世界の蛍ちゃんと蜜柑ちゃんが微笑ましい。
そしてそれを見て私は元の世界のクラスメイトを重ねた。
ここに来る前に話していたくだらない会話がひどく愛おしいもののように感じてほんのちょっと、切なくなる。
こちらの世界に来て4日。
みんなはどうしているだろうかと心配になる。
いつか夢で見た家族は自分をとても心配していたようだった。
ただの夢かもしれない、でもそうでないかもしれない。
いずれにせよ、いつ帰れるのか、そんなことはいくら考えてもわからないのである。
「はぁ…」
「おい、柊」
「?」
感傷に浸っていると棗が話しかけてきた。
「お前ら、このクラスでうまくやっていきたいんだろ」
「うん、まぁそうなのかな」
「ずいぶん曖昧だな」
うまくというかあんまり目立たずに平穏にやっていけたらよかったんだけどと言うと、何を今更…と呆れ切った目を向けられてしまった。
「チャンスをやる」
「え?」
一瞬、何かを考えるような目をした後、今度は目線を蜜柑へ向ける。
「おい、水玉。お前1週間以内でこのクラスになじめなかったら正式入学できないんだってな」
「はっ…何故そのことを!?」
情報のルーツは心読み君である。
「…ま、このままだと確実に入学はムリだな」
スミレが棗の後ろで勝ち誇ったように笑っている。
「だが、そこからみえる「北の森」。あそこを通って無事高等部に行って足あとを残してきたら素直にお前の実力を認めてアリスとして受け入れてやる」
うわぁ、ついにやってきたよ、真の入学試験。漫画で鳴海先生が企んでいたことを思い出した。
はじめて聞く名前にぽかんとハテナを浮かべる蜜柑と、緊迫した空気で2人を見守るクラスメイト達。
「「北の森」…?」
「そんな、ムチャだよ!だってあの森はアリスの子だって立ち入り禁止されてる…」
「別にムリにとは言ってねー。イヤなら大人しく学園から出ていけばいい」
「そんな…っ」
委員長が必死に棗に訴えるが聞く耳持たない。
でも、ここを乗り越えなければ何も始まらないのだ。息苦しい空気を感じながらも私は少しどきどきと胸を高鳴らせた。だってこれは彼らが出会って最初の大イベントだから...!
がんばれ、蜜柑ちゃん、蛍ちゃん、委員長!
「何言ってんのー」
心読み君が近くにやってきて馬鹿にしたような顔で笑う。
「なに他人事みたいな顔してんだ記憶喪失」
「え」
「てめぇも行くに決まってんだろ」
「え、えぇぇ!」
「言っただろうがお前にも、チャンスやるって」
「でででも!」
私はアリス持ってるかも分からないのにとジェスチャーで一生懸命伝える。が、却下と切り捨てられ、北の森メンバーに加えられてしまった。
「で?やんのか、水玉」
「……やるっ」
はっきりと目を見て蜜柑は挑戦を受けた。
「交渉成立。ゲームの始まりだ」
意気揚々と、心底面倒くさそうに、おろおろとみんなを気遣いながら、緊張した面持ちで、それぞれの思いを抱え4人が北の森に向かうのを見送り、流架は不思議そうな顔をした。
「棗、…あの水玉に何か気になることでもあったの?」
「別に…」
棗が思い出すのは蜜柑を脅しかけたときの出来事。弱ってはいたが確かにあのとき、自分はアリスを使ったのだ。それが、発動しなかった。
「それにしても、あいつ大丈夫かな…アリスがあるのかどうかも分からないって言ってたし」
黙っていると若干の心配をにじませて流架が呟いた。
「柊の事か?」
「うん...」
「能天気な奴だから大丈夫だろ。それに…」
「それに?」
「学園(ここ)で、アリスなしで。こんなもんでへこたれるようじゃ、どのみちいつか痛い目見ることになるだろ」
「…そうだね」
二人は各々に俯き。遠く、北の森へ視線を向けた。
見渡す限り、木、木、木──────。
やってきました北の森、ここに来たのは3度目だ。何度見ても大きなこの森には意外にも明るい陽がそこ、ここに差し込みさわやかな風が吹き抜ける。
しかしまぁ。つと視線を後ろに移すと少年少女が三者三様に森を前に立っている。
そう、ここにいるメンバー、私をはじめとして佐倉蜜柑、今井蛍、いいんちょ…飛田裕の4人は蜜柑の入学の条件と私の課題である、クラスになじむ、もとい受け入れてもらうという日向棗から与えられた試練を攻略するためにこの北の森へとやってきたのである。
「さて、ここからどうする?」
なかなか森の中に入ろうとしない三人に振り向きながら問いかければ委員長がおろおろと森の危険さを説明してくれる。
「この森にはたくさんの危険な生き物がいるんだ!とりあえず、警戒しながらゆっくり進もう」
「そうね」
そういう蛍がいつの間にかキリンの乗り物に乗って私の脇までやってきた。
「乗る?蜜柑は何だかまだ気合入れてるみたいでうっとうしいからなんだったら置いて行こうと思うの」
「ほ…蛍ちゃん。…ありがとう」
さらっと蜜柑に厳しい蛍に苦笑を漏らしながらもありがたく乗せてもらう。おや、乗り心地がいいとはさすが初等部の期待の星。
「そこー!ウチらを置いていくなバカァ!!」
やっと先を行く私たちに気が付いた蜜柑と委員長が気づいて追いかけてくる。
緊張感なんて欠片もないこの子たちがひどく愉快で、思わずにやけてしまいそうになる口元を一生懸命隠した。
教室いっぱいに響き渡った声。
やってしまったな、と哀れな佐倉蜜柑ちゃんに心の中で合掌。
「何言ってんだこの女。痴漢てのはバカが下心もってやるから「痴漢」なんだよ、お前相手に下心もくそもわくかよ」
すっかりいい子モードの取れてしまった蜜柑はしれっと暴言を吐く棗に突っかかり続けていた。
助けてあげたいけど、ごめんね。
なんて思いながら見守る。
「おい、水玉、お前どういうアリスもってんだ」
「『そういえばウチってホンマはどういうアリスもってるんやろ。先生はウチをアリス言うてくれたけど全然そんなんもってる兆しなんてないしな――』」
いつの間にか傍にいた心読み君がちらと私のことを見て、続ける。
「『ウチってばホンマに、アリスなんかな~~~なんて☆』…わぁーかんなちゃんと同じようなこと言ってるー」
ざわざわとどういうことなのかと教室中が騒然とする。
なんで私を巻き込んだのだと血の気のひいた顔で心読み君を見れば彼もじっとこちらを見つめた後いかにも、面白そうだったから、という顔をして指を立ててきた。
面白くない!!!面白くないよ!!!
「かんなちゃん?その子、誰?」
心を読まれたことに驚きながらも、自分と同じ境遇にいるらしい子をきょろきょろと探す彼女に、教室中の視線が私に集まった。
「…あんたが、かんなちゃん…?あんたも、ウチと一緒なん?」
うわぁ…やめて!そんな心強そうな目でこっちを見ないで!
可哀相に思いながらも傍観を続けた自分にビシバシと罪悪感が突き刺さる。
「あ…「信じらんない!この子まで自分のアリスも知らないの!?」」
何か言わなければと出かけた言葉はスミレちゃんにかき消されてしまった。
「なんでそんな子たちがこうも続いてこの学園に入れるわけ!?おかしいわよそんなの、きいたこともない!あなたもアリスを語ってもぐりこんだんじゃないでしょうね...!」
「そんな事…っちゃんと鳴海先生がウチの事『アリス』やて…なぁ!?」
蜜柑ちゃんがこっちを向いてあんたもそういわれてここに来たんやろ!?と同意を求めてくるが、私は彼女と違ってアリスの有無さえわからない。
何とも答えられず困惑している私を蛍ちゃんが見ていたけれど気が付かなかった。
「へぇーだったら証拠みせてよ」
「な…っ」
「え…」
「ほらはやく」
「だ…大体っアリスアリスてさっきからなんやねん、そんなにアリスがえら」
「えらいわよ」
言おうとした蜜柑のセリフをくってもう一度「えらいわよ」と繰り返す。
固まっている蜜柑を見やってスミレは冷たくため息をついた。
「…あなた達何も知らないみたいだから教えてあげるけど、私たちアリスは国に認められ保障されている特別エリートなのよ」
…あ。
「個性を自分に見合った場所で発揮することによって政治・芸術・学問いろんな分野で多大な功績を残してきたわ。この国のスペシャリストはほぼアリスで成り立っているといっても過言じゃないのよ」
彼らはそんな言葉で、自分たちを余計に追い込む。
「アリス以外の人間なんてアリスに群がって恩恵を受ける寄生虫か手足となるだけの働きアリ。いわばただのひきたて役よ」
違う…君たちの大切な人にだってアリスと関係のない人がいるはずだ。
しかし教室は水を打ったように静かに、冷静に、スミレの言葉を受け止めていた。
こんな冷たい言葉を誰もが胸にもっている。
「私たちは選ばれた人間なの。使い捨てのいくらでも代わりのきく一般庶民とは人間の格が違うのよ」
「ふざけ…」
しん…
「ほ、蛍…」
蜜柑はそんなのウソだと蛍の方を向くが彼女は蜜柑を見ない。その背中が今のスミレの言葉を彼女も肯定している証拠だった。
ショックを受けたように蜜柑は固まる。
「……違うでしょ…」
「え?」
私はついふらふらとスミレちゃん達の前に立ち、一度教室中をキッと睨み付けた。
「たしかにね、アリスは特別な力かもしれない実際に秀でた才能かもしれない…そして、そう思って他人を見下さなければここに閉じ込められている自分たちがかわいそうで、さみしくてやっていけないのかもしれない」
「なにを勝手なこと…」
「でも、でもさ。あなたたちの大切な人に、そのあなたたちが見下した一般人は一人もいないの!?」
「…!」
みんなの顔がぴしりと固まる。
「そりゃ社会に貢献してるのはアリスの力が断然勝っているのかもしれないけど、あなたたちの住む世界の大半はアリスを持っていない人たちじゃない!そうやって自分たちを特別扱いして、自分たちを追い詰めて…傷つけるようなこと……しないで…」
最後の方はつい、弱くなっていってしまった。
訳知り顔で、アリスも持たず、この子たち自身の苦しみなんてちっとも理解できる立場じゃないくせに。
それでも、悲しくなってしまったのだ。自分でタンカを切ったくせにカッコつかないなと苦笑する。
皆が一様に、ばつの悪そうな、そんな顔でうつむいた。
蜜柑がこちらをじっと、まっすぐなまなざしで見つめている。
「きっ傷ついてなんてないわ…!そ、そうやってごまかして、証拠も見せられないんじゃアリスじゃないって認めたも同然よ。早く学園からでていきなさいよ、ずうずうしい」
蜜柑も私も黙ったままだ。
「ちょっと、きいてるの!?」
「…いや」
「え」
「絶対いや」
「な…っ」
「ウチらはアリスや。ちゃんと鳴海先生にそう言われた。ウチは先生信用してるもん、きっと間違いないもん」
「何根拠もなしに勝手なこと」
「それにな、かんなちゃんも言うとったけど、アリスがそうでない人より上やなんてウチも思わへん……あんたらが人より上なモンがあるとしたらなぁ」
くるりと振り返ったかと思うと強い目でスミレたちを睨んだ
「そのくさった根性じゃボケっ」
ピシャーン。
B組に雷が走る。
棗も流架も、蛍も委員長も、みんなみんな呆気にとられて私たちを見ていた。
「…ぷ」
ああ、やっぱり蜜柑ちゃんは強い心の持ち主だとつい。
「な…なんですって―――!?」
「あっは、あははは!」
つい、笑い声をあげてしまった。
ピカピカで真っ直ぐな蜜柑の言葉は心にぽんと心地よく届く。
スミレ達取り巻き組が笑い出した私と蜜柑の言葉に怒りをあらわに近づいてくる。
「バーカバカバカ!アリス以外取柄ないしそればっかに縋っとるだけの空っぽ人間――っ!!」
こらこらこらそこまで言わなくても。
「このやろっ!!」
蜜柑はキレて悪口を浴びせまくり、ヒートアップしたクラスメイトからついに手が出た。
蜜柑の髪の毛を引っ張って、私は胸倉を掴まれる。
うわわ!
「蜜柑ちゃん! かんなちゃん…!」
委員長が焦ったような声を上げるのと、蜜柑の顔にこぶしが迫るのはほぼ同時だった。女の子の顔に拳が....!!!
「蜜柑ちゃん!危ない…ッッ!!」
慌てて駆けだして蜜柑を突き飛ばし、これから来るであろう衝撃に目をつぶる。瞬間、バキッという音がした。
私たちをかばって蛍が、蜜柑を殴ろうとしていた男の子を発明品で殴り返したのが見えた。
「今井さん!?」
ざわりと教室中が動揺で空気を揺らした。
「…悪いけど、このバカ泣かしていいのはあたしだけだから。勝手に手出ししないで」
そうだ。蛍ちゃんはたしかこれのせいで…。
腕の中の蜜柑ちゃんは涙を浮かべたまま蛍ちゃんを見つめている。
「柊さん、蜜柑のこと。かばってくれてありがとう」
少しだけこっちを向いて笑ってくれる。
「あ、どういたしまして…」
はじめて、蛍ちゃんの視界に入った気がした。
「……まったく、これで優等生賞がパアだわ」
あっという間に無表情にもどったかと思うと怒りを隠さずにセントラルタウンのお食事券1か月分の特典のことや1週間の実家への里帰り特典の事を蜜柑に恨みがましく言い放つ。
「帰れなくなったことあんたの方からうちの両親に謝っといてよね。……まあ、あんたが自分から会いに来るなんてまったくの計算外がおこったことだし、会いに行く手間が省けた分今回は特別それでチャラにしといてあげる」
里帰りのことに触れた時に一瞬蜜柑ちゃんは、あ。という顔をした。そして
蛍…ホタル――――…と
涙をきらきら輝かせながら蛍へと愛の抱擁に走る。
「言っとくけどお食事券についてはもちろん別で貸しだからね。柊さんの分もかさまししてつけておくから」
「うぇ~ん、もー何だっていいよぉ〜〜蛍スキスキラブ――――!」
それからあっという間に二人の世界の蛍ちゃんと蜜柑ちゃんが微笑ましい。
そしてそれを見て私は元の世界のクラスメイトを重ねた。
ここに来る前に話していたくだらない会話がひどく愛おしいもののように感じてほんのちょっと、切なくなる。
こちらの世界に来て4日。
みんなはどうしているだろうかと心配になる。
いつか夢で見た家族は自分をとても心配していたようだった。
ただの夢かもしれない、でもそうでないかもしれない。
いずれにせよ、いつ帰れるのか、そんなことはいくら考えてもわからないのである。
「はぁ…」
「おい、柊」
「?」
感傷に浸っていると棗が話しかけてきた。
「お前ら、このクラスでうまくやっていきたいんだろ」
「うん、まぁそうなのかな」
「ずいぶん曖昧だな」
うまくというかあんまり目立たずに平穏にやっていけたらよかったんだけどと言うと、何を今更…と呆れ切った目を向けられてしまった。
「チャンスをやる」
「え?」
一瞬、何かを考えるような目をした後、今度は目線を蜜柑へ向ける。
「おい、水玉。お前1週間以内でこのクラスになじめなかったら正式入学できないんだってな」
「はっ…何故そのことを!?」
情報のルーツは心読み君である。
「…ま、このままだと確実に入学はムリだな」
スミレが棗の後ろで勝ち誇ったように笑っている。
「だが、そこからみえる「北の森」。あそこを通って無事高等部に行って足あとを残してきたら素直にお前の実力を認めてアリスとして受け入れてやる」
うわぁ、ついにやってきたよ、真の入学試験。漫画で鳴海先生が企んでいたことを思い出した。
はじめて聞く名前にぽかんとハテナを浮かべる蜜柑と、緊迫した空気で2人を見守るクラスメイト達。
「「北の森」…?」
「そんな、ムチャだよ!だってあの森はアリスの子だって立ち入り禁止されてる…」
「別にムリにとは言ってねー。イヤなら大人しく学園から出ていけばいい」
「そんな…っ」
委員長が必死に棗に訴えるが聞く耳持たない。
でも、ここを乗り越えなければ何も始まらないのだ。息苦しい空気を感じながらも私は少しどきどきと胸を高鳴らせた。だってこれは彼らが出会って最初の大イベントだから...!
がんばれ、蜜柑ちゃん、蛍ちゃん、委員長!
「何言ってんのー」
心読み君が近くにやってきて馬鹿にしたような顔で笑う。
「なに他人事みたいな顔してんだ記憶喪失」
「え」
「てめぇも行くに決まってんだろ」
「え、えぇぇ!」
「言っただろうがお前にも、チャンスやるって」
「でででも!」
私はアリス持ってるかも分からないのにとジェスチャーで一生懸命伝える。が、却下と切り捨てられ、北の森メンバーに加えられてしまった。
「で?やんのか、水玉」
「……やるっ」
はっきりと目を見て蜜柑は挑戦を受けた。
「交渉成立。ゲームの始まりだ」
意気揚々と、心底面倒くさそうに、おろおろとみんなを気遣いながら、緊張した面持ちで、それぞれの思いを抱え4人が北の森に向かうのを見送り、流架は不思議そうな顔をした。
「棗、…あの水玉に何か気になることでもあったの?」
「別に…」
棗が思い出すのは蜜柑を脅しかけたときの出来事。弱ってはいたが確かにあのとき、自分はアリスを使ったのだ。それが、発動しなかった。
「それにしても、あいつ大丈夫かな…アリスがあるのかどうかも分からないって言ってたし」
黙っていると若干の心配をにじませて流架が呟いた。
「柊の事か?」
「うん...」
「能天気な奴だから大丈夫だろ。それに…」
「それに?」
「学園(ここ)で、アリスなしで。こんなもんでへこたれるようじゃ、どのみちいつか痛い目見ることになるだろ」
「…そうだね」
二人は各々に俯き。遠く、北の森へ視線を向けた。
見渡す限り、木、木、木──────。
やってきました北の森、ここに来たのは3度目だ。何度見ても大きなこの森には意外にも明るい陽がそこ、ここに差し込みさわやかな風が吹き抜ける。
しかしまぁ。つと視線を後ろに移すと少年少女が三者三様に森を前に立っている。
そう、ここにいるメンバー、私をはじめとして佐倉蜜柑、今井蛍、いいんちょ…飛田裕の4人は蜜柑の入学の条件と私の課題である、クラスになじむ、もとい受け入れてもらうという日向棗から与えられた試練を攻略するためにこの北の森へとやってきたのである。
「さて、ここからどうする?」
なかなか森の中に入ろうとしない三人に振り向きながら問いかければ委員長がおろおろと森の危険さを説明してくれる。
「この森にはたくさんの危険な生き物がいるんだ!とりあえず、警戒しながらゆっくり進もう」
「そうね」
そういう蛍がいつの間にかキリンの乗り物に乗って私の脇までやってきた。
「乗る?蜜柑は何だかまだ気合入れてるみたいでうっとうしいからなんだったら置いて行こうと思うの」
「ほ…蛍ちゃん。…ありがとう」
さらっと蜜柑に厳しい蛍に苦笑を漏らしながらもありがたく乗せてもらう。おや、乗り心地がいいとはさすが初等部の期待の星。
「そこー!ウチらを置いていくなバカァ!!」
やっと先を行く私たちに気が付いた蜜柑と委員長が気づいて追いかけてくる。
緊張感なんて欠片もないこの子たちがひどく愉快で、思わずにやけてしまいそうになる口元を一生懸命隠した。
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