一章
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夜。今日は鳴海先生のお部屋にお邪魔することになった。
温かい紅茶を出してもらってオレンジのランプに照らされながら今日あったことを話す。
「ねぇ、先生」
「ん?」
「私、棗君にアリスなんて無いといいなって言われたんです」
「…棗君が、そんなことを?」
「意地悪でとかそういうことじゃなくて…アリスって、何なんでしょうね。
望んでいなくてもアリスがあるってだけでいい意味でもあまりよくない意味でも特別で。でも私は…正直、もし自分にアリスが見つからなかったら、困ります。」
「……」
「ここを出されてしまえば私はきっと生きていくのに困ります。でも、棗君にそう言われて私、何も言えませんでした。」
「…どうして?」
「だって、ここには来たくて来たわけじゃない、アリスが欲しくて持っているわけじゃない人がたくさんいるでしょう?特に彼らは…とても、傷ついているように見えたから。つらくてつらくて悲しくて、行き場がなくなって、だから気持を封じ込めて強がる。それはとても…とても……」
「…かんなちゃん……」
ぽろぽろと涙があふれて止まらない。
鳴海先生が涙をぬぐってくれるけど、それが余計に涙腺を緩めさせる。
帰りたい…。私は彼らに何もしてあげられない。
顔を上げれば思った通り、まるで自分のことのようにつらそうな鳴海先生がいた。
そう、鳴海先生もそんな彼らの一人。
重たいものを一人で背負ってもがいて。大人だから、やっかいで。
それはこれからやってくる蜜柑ちゃん達よりも複雑に絡んでしまっている。
そのつらそうな表情が、なぜか泣き出す前の子供のように見えて、私はぼろぼろ泣きながら先生をぎゅっと抱きしめた。
鳴海先生は一瞬驚いたように体を強張らせたけれど、少したって優しく抱きしめ返してくれる。
まるで本当の小学生になったみたいだ。
子供のように泣いて、つらいことを見たくないと駄々をこねて。
「ごめんなさい。自分からアリスを必要としているのが悔しくなってしまったんです。お話、聞いてくれてありがとうございました」
「君は…そんな話ができるくらい、彼らと仲良くなれたんだね」
「傷を慰めあっているだけのような気もしますけど」
苦笑をもらせば、彼らを支えてあげてほしいと言われた。
この人はいつだって人のことばかり。
「…彼らに必要なのは……一緒になってつらいね、悲しいねって慰めあう相手じゃなくて、幸せを運んでくれる…太陽のような子」
「太陽…?」
「…いつだってここにいるよって温かい光で輝く、そんな子です。きっと、鳴海先生にも」
頭の中にいつかこの学園に来るであろう女の子を思い浮かべて笑みが浮かぶ。
はやくおいで。
君を待っている人たちがたくさんいるんだよ。
「…ありがとう。――そろそろ夜も遅いし、寝ようか」
ポンポンと私の背中をたたいて先生は立ち上がる。
そのままそっと離れて、いつまでも抱きついていたことにかぁと頬が羞恥で染まった。
「…一緒には寝ませんよ?」
「えーー」
きらきらと星のきれいな夜のこと。
ーーー
かんなちゃんはとても素直な子だ。
結局うまく丸め込まれて、となりですやすやと眠る小さな少女を見つめて鳴海はそう考えていた。人の気持を敏感に感じ取って、自分のことのように苦しんで泣いてしまう。
そんな素直でやさしい女の子。
涙の後を優しくなぞってやると「…うぅ」とうなって、もそもそと布団にもぐる様に笑みがこぼれる。でもまさか鳴海は自分のことまで心配されるとは思わなかった。彼女はまるで鳴海の背負っている苦しみまで『分かっている』ように切なげな顔をして、自分を慰めようとしたのだ。
鳴海にはそれが不思議だった。素直なだけでは説明のつかない、腑に落ちない何か。彼女はその言動、行動の端々にそれを持っていた。
彼女はいったい何者なのだろう。
知りたいと思った。
この子は棗君や流架君、はては僕に必要なのは太陽のような子だといったが。
「でもね、君のような子がいてくれることも、僕らには温かいんだよ」
穏やかに眠っているかんなの頭を起こさないようそっと撫でた。
あたたかな体温をとなりに感じながら眠るのは、ひどく安心して、心地よかった。
温かい紅茶を出してもらってオレンジのランプに照らされながら今日あったことを話す。
「ねぇ、先生」
「ん?」
「私、棗君にアリスなんて無いといいなって言われたんです」
「…棗君が、そんなことを?」
「意地悪でとかそういうことじゃなくて…アリスって、何なんでしょうね。
望んでいなくてもアリスがあるってだけでいい意味でもあまりよくない意味でも特別で。でも私は…正直、もし自分にアリスが見つからなかったら、困ります。」
「……」
「ここを出されてしまえば私はきっと生きていくのに困ります。でも、棗君にそう言われて私、何も言えませんでした。」
「…どうして?」
「だって、ここには来たくて来たわけじゃない、アリスが欲しくて持っているわけじゃない人がたくさんいるでしょう?特に彼らは…とても、傷ついているように見えたから。つらくてつらくて悲しくて、行き場がなくなって、だから気持を封じ込めて強がる。それはとても…とても……」
「…かんなちゃん……」
ぽろぽろと涙があふれて止まらない。
鳴海先生が涙をぬぐってくれるけど、それが余計に涙腺を緩めさせる。
帰りたい…。私は彼らに何もしてあげられない。
顔を上げれば思った通り、まるで自分のことのようにつらそうな鳴海先生がいた。
そう、鳴海先生もそんな彼らの一人。
重たいものを一人で背負ってもがいて。大人だから、やっかいで。
それはこれからやってくる蜜柑ちゃん達よりも複雑に絡んでしまっている。
そのつらそうな表情が、なぜか泣き出す前の子供のように見えて、私はぼろぼろ泣きながら先生をぎゅっと抱きしめた。
鳴海先生は一瞬驚いたように体を強張らせたけれど、少したって優しく抱きしめ返してくれる。
まるで本当の小学生になったみたいだ。
子供のように泣いて、つらいことを見たくないと駄々をこねて。
「ごめんなさい。自分からアリスを必要としているのが悔しくなってしまったんです。お話、聞いてくれてありがとうございました」
「君は…そんな話ができるくらい、彼らと仲良くなれたんだね」
「傷を慰めあっているだけのような気もしますけど」
苦笑をもらせば、彼らを支えてあげてほしいと言われた。
この人はいつだって人のことばかり。
「…彼らに必要なのは……一緒になってつらいね、悲しいねって慰めあう相手じゃなくて、幸せを運んでくれる…太陽のような子」
「太陽…?」
「…いつだってここにいるよって温かい光で輝く、そんな子です。きっと、鳴海先生にも」
頭の中にいつかこの学園に来るであろう女の子を思い浮かべて笑みが浮かぶ。
はやくおいで。
君を待っている人たちがたくさんいるんだよ。
「…ありがとう。――そろそろ夜も遅いし、寝ようか」
ポンポンと私の背中をたたいて先生は立ち上がる。
そのままそっと離れて、いつまでも抱きついていたことにかぁと頬が羞恥で染まった。
「…一緒には寝ませんよ?」
「えーー」
きらきらと星のきれいな夜のこと。
ーーー
かんなちゃんはとても素直な子だ。
結局うまく丸め込まれて、となりですやすやと眠る小さな少女を見つめて鳴海はそう考えていた。人の気持を敏感に感じ取って、自分のことのように苦しんで泣いてしまう。
そんな素直でやさしい女の子。
涙の後を優しくなぞってやると「…うぅ」とうなって、もそもそと布団にもぐる様に笑みがこぼれる。でもまさか鳴海は自分のことまで心配されるとは思わなかった。彼女はまるで鳴海の背負っている苦しみまで『分かっている』ように切なげな顔をして、自分を慰めようとしたのだ。
鳴海にはそれが不思議だった。素直なだけでは説明のつかない、腑に落ちない何か。彼女はその言動、行動の端々にそれを持っていた。
彼女はいったい何者なのだろう。
知りたいと思った。
この子は棗君や流架君、はては僕に必要なのは太陽のような子だといったが。
「でもね、君のような子がいてくれることも、僕らには温かいんだよ」
穏やかに眠っているかんなの頭を起こさないようそっと撫でた。
あたたかな体温をとなりに感じながら眠るのは、ひどく安心して、心地よかった。