研日♀ 未完成いろいろ

 パーティに呼ばれたんだけどさ、と困り果てた顔で翔陽が連絡してきたのは数日前のことだった。
「優勝祝賀パーティーって言われたんだけど、おれパーティードレスとか持ってなくてさ。研磨、ちょっと前になんかのパーティー行ってきたって言っただろ?女の人、どんな格好してたか教えてほしいなと思って……」
「えーっと……清水サン?とか谷地サン?にはなにか聞いた?」
「聞いたんだけど、研磨に頼るのがいいよって……」
 ふむ、と彼女たちの意図を考える。おれがいくらパーティーに参加したと言っても、祝賀パーティーとYoutuberの身内パーティーとは話が違いすぎるし、きっとそれはふたりともよくわかっているはずだ。というかそもそも、翔陽はその話をしてるのかもわからない。つまり、翔陽がおれに相談するかどうか迷っている素振りを見せたか、端からおれに言うように仕向けたかの二択。そしてたぶん、彼女たちはおれと翔陽が付き合っていることを知っている。たぶん、そういうことだ。
 翔陽は可愛い。可愛くてコミュニケーション能力が高く、またバレー選手として五輪で八面六臂の活躍を見せた大スターだ。そんな翔陽を狙う輩はきっとパーティでもたくさん出てくる。例え、事情を知ってくれているチームメイトが周囲にいようと。
 だからここでおれがコーディネートをすることで、ナンパな男たちや危険な女たちに翔陽が引っ掛けられるのを防ぐ必要があるのだ。
「翔陽、百貨店行こう。ここからならこの店舗が一番近い、かな……このあとは時間ある?」
「あるけど……おれ今日お金あんまり持ってきてないよ?」
「おれが払うよ。スポンサーっていうのもあるけど、彼氏としてのプレゼントだと思ってくれたら良いから……」
 翔陽のためならお金に糸目はつけない……っていうのはさすがに冗談のつもりだけど、別につける必要がないくらいお金は持っている。実際のところ、この表現でも間違いではない。
「う……でもさ、ドレスとか靴とか、色々揃えたら結構するんじゃ……おれ、研磨にプレゼント選ぶときそんなに高いもん返せないよ」
「いいから。翔陽の気持ちが籠もってるものなら、別にお金なんかかかってなくていいし」
 高いものなんかいくらでも自分で買えるのだから、翔陽はそんなこと気にしなくていいのに。そう思って素直に伝えると、しばらく唸ってから折り合いをつけたのかありがとう、と笑ってくれた。
「うん、おれ的にはもうその顔だけでじゅうぶん」
「え!?」
 話がついたところで、早々に百貨店に移動した。おれも牽制しろとは言われたけど詳しいわけではないから、こういうときは翔陽の好みに合いそうな店で見繕ってもらうに限る。
「オーダーメイドにするには時間がないし、今回は既製品にしよう。翔陽の身体に似合う服、プロに探してもらおう」
「うん!」
 翔陽の反応を伺いながら、いくつか入っているドレスショップを覗く。近くに別の百貨店もあるからね、と言い含めてふたりで回っていると、淡めの赤いドレスを見た翔陽があ!と小さく声をあげた。
「あれ、音駒っぽい!」
「……確かに、色はそうかも」
 未だに履き古している母校のジャージの色を思い出して頷くと、おれあれがいい、ときらきら目を輝かせるから驚いた。
「……音駒の色って言ったよね?」
「言った!研磨の色ってことだろ?ピッタリ!」
 ししし、とイタズラが成功した子供みたいな顔に勝てそうにない。耳が熱くなっていくのを感じながらそっか……となんとか返事をする。
「すみません!これ、おれに合うサイズありますか!」
 大人になって少し背の伸びた翔陽は、バレー選手としては小さいままでも、日常生活においては決してそうではない。筋肉がついたのもあって、服のサイズはSではなくMでちょうど良くなったのだと前に喜んでいた。
「ございますよ。ご試着なさいますか?」
「はい!お願いします!」
 意気揚々と試着室に消えていくのを見送って、手持ち無沙汰に翔陽を待つ。おれはこんなカッチリしたパーティーに呼ばれることはたぶんないし、あったとしてもスーツがひとつあれば十分だ。
「お客様」
「えっ、はい」
「よろしければこちらでお待ち下さい」
 試着室の前に置かれたソファに呼ばれ、軽く頭を下げて腰掛ける。しばらくすると中でなにか相談をしていたのが止んでカーテンが開き、ドレスを着た翔陽が現れた。
「研磨!どう!?」
「に、あってると……思うよ……」
「へへ、そう?」
 同じ色の別の型のほうがお客様のお体のラインに沿っていらっしゃいましたので、先程のとはまた違ったドレスにはなるんですが……という店員の声が左から右に抜けていく。
 全体的にふんわりした印象の半袖ワンピースタイプ。胸元はV字にあいているが下から布で多少隠されており、ウエスト部分にはベルトがついている。スカートの裾は少し透けた生地になっていて、膝にかかるかかからないかくらい。綺麗な赤色の割に派手すぎず、上品さもあって大人っぽい。
「こちら祝賀パーティーでのご着用とのことですので、シューズやバッグなども必要になってくるかと思うのですが……ご入用ですか?」
「あ、はい。お願いします。靴のサイズは24.5で」
「研磨!?」
 それではいくつかお持ちしますね、他店のご案内もいたしますとにっこり笑った店員がどこかに行ったのを見送って、翔陽がこそこそと耳打ちしてきた。
「研磨、全部買ってくれるって言ったけど、これ値札なくてさ……おれ怖くて聞けなかった……」
「いいよ。カードあるし」
 翔陽がリオに飛んだ関係で海外に行くようになってから、様々なメリットを鑑みてブラックカードに切り替えたのだ。支払限度額のことは気にする必要がない。お金の話はさっきしたのにな、と思ったけれど、これでなかなか気遣い屋の翔陽はやっぱり気になるのだろう。不安げにしている翔陽の手を取って、おれの年収聞く?と伺ってみた。
「耳貸してね」
 ごにょ、と耳打ちすると、仰天してびょっと飛び退いた翔陽に、お、お金持ちだ………と畏怖の念が籠もった瞳を向けられてちょっと笑った。
「翔陽は遠慮しすぎ。今更だよ」
「だって……スポンサーしてもらってるし、カノジョだけどさ、っていうかカノジョだから気になる!おんぶにだっこばっかりじゃん!」
「違うよ。おれが勝手にお金出したいだけだから」
 別に、いつも馬鹿みたいにお金を使ってるわけじゃない。基本的にゲームを買うか生活に使うか翔陽に使うかの三択だ。
「……あとさ、翔陽」
「うん」
「パーティにおれ、行けないでしょ。知らない人もたくさんいるんだから、おれの翔陽って主張させて」 
 要は虫除けなのだ、と。素直に言ってしまえば、みるみる間に翔陽は顔を赤くしておれの翔陽、と言葉をそっくりそのまま復唱してこくこく頷いた。
「わっ、わかった!!」
「うん、それならよかった」
 は、と口元を手で抑えた翔陽が、なにやら真剣な表情になっておれの目を覗き込んだ。
「どうしたの翔陽」
「お、おれ……研磨のパーティでそういうのしてない……したかったのに……」
 大きな声が出そうになった。まるでTwitterのオタクみたいな表現だけど、実際そうとしか言えない。こんな百貨店の、試着室の中で叫ぶなんて事件か何かと思われるに決まってるし、そもそもおれはそういうキャラじゃない。
「おれのはそんなきっちりしたやつじゃないから。別に人とあんまり話さなかったし……」
「うーっ、でも……そうだ!あとでさ、お揃いのアクセサリー?買おうぜ!おれ試合中つけらんないけど、休みの日はずっとつける!」
「え、アクセサリー……」
 それってつまりペアネックレスとか、もしかして指輪?かなり前に買おうかと聞いたときは、バレーであんまりつけらんなくて申し訳ない、と言うので辞めたのだ。ちなみに代わりに渡したネックレスは今でもデートのときにつけてくれている。翔陽がそれを覚えているとして、その上で言ったとしたら何某かの覚悟ができたとか、そういう。
 音駒の脳なんて大仰な呼ばれ方をしていたおれの頭はまともに働いていない。外面はあくまでいつも通り、いいねとふつうに頷いただけだったけど、実は内心大荒れだった。指輪だったらどうしよう。バレーでつけられなくても欲しい指輪ってやっぱりそういうことだよね。自問自答の悪いところはおれしか答えをくれないところだ。
 なんて聞くのがスマートなのかわからず言葉を選んでいると、コツコツとヒールの音が聞こえてきてはっと意識が引き戻された。店員が戻ってきたのだろう。
「お客様、入ってもよろしいですか?」
「ハイ!」
「失礼いたします。いくつかそちらのお召し物に合わせたものをお持ちしましたので、よろしければご試着なさってくださいね」
 持ってきてもらったものをふたりで見て、靴ずれが怖いからヒールは低いほうがいいとか、バッグはこっちのデザインが可愛いとか言いながら、ゆっくりじっくり相談して決めた。店員には悪いけれど、すべて一括で買い上げるのだから多少時間を取らせるのは勘弁してほしい。
 たっぷり時間を使って決めたそれらを、おれは迷うことなく購入した。
「じゃあ、カードで一括でお願いします」
「かしこまりました。領収書の方はご入用ですか?」
「あー……お願いします」
 丁寧に額が記入された紙に改めて翔陽が仰天しているのにそっと見ないふりをして財布にしまう。買ったものはひとまずおれの家に送ってもらうことにしたので今は手ぶらだ。
「あの」
 じゃあ行こうか、と翔陽と売り場を離れようとしたところで、対応してくれていた店員が少しだけ頬を染めて、一言だけこう言った。
「優勝おめでとうございます」
「え!?ハイ!ありがとうございます!」
 気づかれてた!と驚いている翔陽に思わず吹き出す。あれだけニュースで騒がれていたし、そもそも翔陽の容姿は(主に色が)かなり派手だ。少しでもテレビやネットに触れている人間なら多少なりとも見覚えがあるだろう。反応を見るにもしかするとバレーボールファンだったのかもしれないけれど。
 くすりと笑った店員は、それ以上何も言わず、ありがとうございましたと丁寧にお辞儀をして見送ってくれた。騒いだり無理に話そうとしないあたり、さすが接客のプロだ。あわあわとお礼をする翔陽の隣でぺこりと頭を下げ、店を出る。よかったね、と言うと、大きく頷いて嬉しいと呟くのでこちらまでほんのり心が暖かくなった。
「アクセサリー売り場は一階下だって」
 翔陽がパーティーで身につけるぶんと、お揃いで買うぶん。先程とは違う緊張を胸に、たくさんのハイブランドが並ぶフロアに足を踏み入れた。
「翔陽はどういうデザインがいいとかある?シルバーとかゴールドとかプラチナとか、金属の種類もあるけど…」
「よ、よくわかんねえけどかっこいいのがいい!」
「かっこいいの?じゃあ、宝石がついてるのとかよりシンプルな方がいいかな」
 ついとケースに視線を走らせながら、ちょうど良さそうなデザインのものを探る。
「あのさ、研磨」
「うん?」
「いっこだけわがまま言っていい?」
 かあっと耳まで真っ赤になった翔陽は、うにゃうにゃと言い淀みながらおれの耳元に口を寄せ、指輪お揃いにしたい、と囁いた。
「えっ…………………………………と……………………」
「前おれ指輪つけらんないからいいって言ったけど、け、研磨とお揃いの…ちゃんとしたやつ!研磨がよければだけど、えっと、それで……!」
 それがわがままってどういうこと、わがままの定義って何、ていうかそんなに照れてるってことは指輪をお揃いにする意味もちゃんとわかってるしちゃんとしたやつってやっぱりそういうことだよね、なんてほとんど逆ギレじみた言葉が心の裡に浮かんでは消える。年上の彼氏の矜持でギリギリ踏みとどまって、万感の思いを込めて名前を呼んだ。
 一応周りに視線を向けて、人があまりいないかつ見ていないことを確認して。こんなところでするつもりはなかったのだけど、たぶん今しかない。
「……婚約、する?」
「………する!!」
 ここが外じゃなかったら抱きしめていた。うるうると目を潤ませている翔陽も同じ理由で堪えきったのか、一度確かめるように目を擦ってからおれの手をぎゅっと握ってくれた。
「選ぼっか、指輪」
「うん!」
 そこからはもう、ほとんど勢いだった。婚約指輪というものは本来彼女しかつけないものらしいけど、翔陽たっての希望とおれ自身の判断でおれの指にも合うサイズのものを買うことにした。幸いおれの指は男にしては細いほうだから、デザインにさえ気を配ればそれなりに種類は選べるようだった。
「おれ研磨のぶん払うからな!」
「別にいいのに…」
「よくない!さっき言ったじゃんかよ!おれも研磨みたいにしたい!」
 そう言われては断れない。それにそもそも、今や翔陽はオリンピック優勝国の活躍選手なのだ。おれが個人的に支払いを積極的にしていただけで、別に翔陽にお金がないわけではまったくない。あんまり固辞するのも失礼になるだろう。
「じゃあ、これでいい?」
「おう!」
 小さなダイヤがいくつかあしらわれた、一見シンプルなプラチナリング。職業柄翔陽は頻繁に外す必要があるだろうけど、おれだけはずっとつけていようと心に決めた。それとついでに、翔陽がパーティーでつけるネックレスも。リングと似たデザインのものだから、同じ人間からの贈り物だとわかってもらえるに違いない。
「ひとまずおれが払うね」
「わかった!」
 帰りにお金下ろす、と拳を作っている翔陽にほんのり笑いながら先程と同じカードを出す。微笑ましげにおれたちのやりとりを見ていた店員は、綺麗な小箱に差し込まれたリングとネックレスを小さな紙袋に入れ、おめでとうございますの言葉と共に渡してくれた。

 すべての買い物が終わって、帰宅した後。それぞれさっと風呂に入って、デパ地下で買い込んだデリをお腹いっぱい食べてからふたりで向かい合って正座した。目の前には揃いの指輪。
「翔陽、遅くなっちゃったけど……改めて、その……」
「お、オス!」
「っふ……んん、……ひ、日向翔陽さん。おれと、婚約…してくれますか」
 がちがちに緊張している翔陽に少し笑ってしまったせいでなんとなく締まらないけど、おれららしいので良しとする。震える声を一生懸命押さえつけて、そっと指輪を持ち上げる。翔陽はぼろぼろ綺麗な涙を零しながら、大きく頷いて左手を差し出してくれた。
「けんま、研磨も手ぇだして」
「ん」
 おれよりちょっと不器用な手が、極めて丁寧に指輪を嵌めてくれた。ちかりと宝石に光が反射して、その瞬間目から何かがぽろっと落ちた。あ、おれ泣いてる。
「けんま〜〜〜」
 ぎゅうっと力強く抱きしめられて余計に涙が出た。おれ、初恋の相手と結婚できるんだ、婚約したんだって思ったら柄にもなく胸がいっぱいになって苦しい。
「翔陽、好き……嬉しい、大好き……」
「おれも!おれも研磨大好き!ブラジルにいても日本にいても、研磨のことがずっと好き!」
 揃いの指輪を嵌めて、好きだって言いながらぎゅっとして。これ以上幸せなことってないんじゃないかと思うくらい最高だった。
 きっとこの記憶さえあれば、おれはずっと無敵状態で戦い続けられるはずだ。
***
 研磨と婚約するって決めて数日経った。一応お互いの親には連絡をして、また改めてユイノウ?ってやつをやることになっている。
 祝賀パーティーは刻一刻と近づいてくるし、練習だって毎日してる。それでも気持ちはずっとふわふわしていて、それなのにバレーの調子は嘘みたいに良かった。きっと恋のパワーってやつだ。
 練習が終わって、ネックレスにしていたそれを外していそいそ指輪を左の薬指に嵌めていると、隣のコートでサーブの練習をしていた侑さんが近づいてきた。
「翔ちゃんそれ!結婚するん?」
「えっと……まだ婚約、です!」
「へぇーっ!そらおめでたいやん、誰と誰と?俺の知っとる人?」
 侑さんって研磨のこと知ってんのかな。たぶん聞くより見せたほうが早い。スマホを取り出して、登録チャンネルからKODZUKENのページに飛んだ。
「この人です!研磨!元々音駒のセッターやってました!」
「ああ!誰かわかったわ、えらいビッグカップルやなあ!」
「えへへ」
 侑さんは割とバレー以外に興味がなかったりするけど、こういうときはちゃんとお祝いしてくれる。そして、浮ついたおれに現実も突きつけてくれる。
「いつ発表するん?」
「え?」
「いやいやいや、翔ちゃんレベルの選手が発表せんわけにもいかんのちゃうん?そら今は自由恋愛の時代やし、公表するもせんも好きにしたらええんかもしれんけど、それつけて外出る以上結婚…婚約やっけ?いずれにせよそうしました〜くらいは言うといたほうがええと思うで?」
 マスコミに好き勝手書かれるん嫌やない?と言われ、そこで初めて気がついた。確かに!
「わ、忘れてました!!!」
「嘘お!?」
「ありがとうございます!研磨と相談します!」
 祝賀パーティーまでの間は、全員東京で練習することになっている。おれは今のところ研磨の家で居候中だ。このあとすぐに帰るつもりだったけど、作戦会議もしなきゃいけない。
「侑さんありがとうございます!!」
「ええねんええねん、ここ数日の翔ちゃんはほんま気持ち良く打ってくれるし、俺も優しくしたろと思っただけやから」
「え…つまり練習がぼろぼろだと……」
 ごくり、つばを飲むとフフフと笑った侑さんが覚えとき、と目を光らせる。そしてころっと表情を変え、冗談やでと大仰に笑った。たぶん、割と冗談じゃない。
「が、ガンバリマス……」
「明日の練習も期待してるで!」
 にっこりと背を叩いて戻っていく侑さんの後ろ姿にぶるりと震え、気を取り直して立ち上がった。ひとまず、帰って研磨と相談だ。

「……って言われて!」
「そうだね、一応公表しておいたほうが安心かな」
 カタカタとパソコンで何かを打ち込んだ研磨が、隣に置かれたコピー機が吐き出した紙を取り上げおれの前に置いてくれた。
「だいたいこんな感じの文章がベターみたいだけど……翔陽は何か他に書きたいことってある?」
 そこに書かれているのは、婚約をすること、結婚式などの時期はまだ未定であること、ファンへの感謝とバレーへの決意表明など。
「研磨のこと書きたい!」
「え……別におれって言う必要はないと思うけど……」
「え!?研磨だって有名人じゃんか!」
 今や世界のKODZUKENなのだ。ペドロもファンだって言ってたし。
「いや、Youtuberは芸能人とは違うし……」
「でもおれ研磨が相手だって報告したい!」
「う……」
 研磨はたぶんおれに甘い。ちょっと申し訳ないけど、これは譲れない。
「わかった…じゃあ、おれと一緒に手書きで書こう。スキャンしてアップするから」
「やった!」
「そういえば、その前に先輩とかに報告したほうがいいんじゃない?烏野の人たちびっくりしそうだし……」
 はっ、とまた驚いた。別に忘れてたわけじゃないけど、婚約しました!って言うのってなかなか思いつかない。田中さんと潔子さんの結婚のときは、プロポーズの時点でほとんどお祭り騒ぎでちょっと様子が違ったし。
「こういうのってどう言えばいい?」
「おれもわかんない…初めてだし」
「確かに!」
 そりゃそうだ。一生懸命考えて、とりあえず1年のときの代の烏野グループLINEに報告することにした。影山にだけ個別で送るかどうかも考えたけど、結局先に電話することになった。善は急げだ。別に隠すことでもないので、研磨の隣で通話ボタンを押す。コール音が何度か響いて、もしもしと不機嫌そうな声が聞こえた。
「影山!あのさ、おれ報告があって」
『あ?んだよ』
「研磨と婚約することになった!一応お前おれのライバルだし?あ、相棒だし?お前には先に言っとこうと思って!!」
 なんだか気持ちが焦っている。影山の性格は十分知ってるけど、やっぱりおれは影山に祝ってほしいのかもしれない。
『……そうかよ』
「…………うん」
『……お、っ、オメッ…おめでとう。良かったな』
 じわ、と涙が滲んできた。いつのまにか隣で重ねてくれていた研磨の手を握り返して、お前祝うのも下手な、と湿った声で返事をした。
「お前、おれのためにスピーチできる?」
『お前のためのスピーチってなんだ』
「は!?結婚式の友人代表スピーチってあるだろ!……いや、確かに影山って別におれの友人の代表ってわけじゃないな……」
 おれが悪かった、と言えば隣の研磨が吹き出し、日向ボゲ!と聞き慣れた声が耳をつんざく。
「ジョーダンだって!お前に絶対スピーチさせっから、ちゃんと文章考えとけよ!」
『上等だ!』
「じゃあな!おやすみ!」
 ぶち、と通話が切れた瞬間、結婚式の話を勝手にしてしまったことに気がついた。まだなんの打ち合わせもしてないのに。
「あのおれ勝手に結婚式なんて」
「んっふふ、いいじゃん、影山の友人代表スピーチ。面白そう」
「研磨……!」
 お祝いしてもらえてよかったね、と言われ、思わずタックルして頭をぐりぐり押し付けた。目から勝手に流れる涙を研磨の服に吸わせても何も言われない。甘やかされてるなあ、と思いながらそのまましばらく研磨の腕の中でじっとしていた。

「じゃ、じゃあ送るぞ、研磨………」
「うん。いいよ」
 『研磨と婚約しました!また今度結婚式するのでみんな来てください!!!』たったそれだけのシンプルなメッセージを送るだけなのに、こんなに胸がどきどきしている。影山に電話をした次の日の朝、練習が昼からなのをいいことに烏野のみんなにも報告することにしたのだ。
 ぐっと唇を噛んで紙飛行機マークをタップすると、数秒していくつか既読がつき、そして電話がかかってきた。
「え!?え!?」
「出たら?まだ時間大丈夫でしょ」
「そ、そうだけど!」
 グループ通話、発信主はスガさん。でも学校は?今日休みじゃないの。おれの慌てっぷりにあたたかな目を向けながらそう返してくれた研磨にそっかと納得し、意を決して電話に出た。
「あの、」
『日向ーーーーーー!!!!!!!!!!!!おめでとう!!!!!!!お前っ、お前………!婚約って!!!!!!!!!!!』
 ほとんど濁点がついているような言葉でスガさんがお祝いしてくれているのをありがとうございます、と必死で宥めていると、次々みんなが通話に入ってくる。
『どっ、ドッキリとかじゃないよね?婚約おめでとう!日向…じゃなくて…名字何になるんだっけ!?』
『落ち着け旭。孤爪だ、孤爪翔陽』
『おめでとう日向。高校2年の時からだから……交際期間8年かあ』
 わあわあとみんなが口々に喋るのを聞きながら、研磨が静かに笑っている。研磨は結構、こういう騒がしさを傍から見るのは好きみたいだ。
『翔陽!』
「ノヤっさん!!」
『結婚式の日決まったら教えろ!すぐ日本に戻ってやる!』
 ビュン!だからな!と元気いっぱいの声にハイ!と同じ熱量で返事をした。今はインターネットが繋がる国にいるんだなあ、と誰かの声が聞こえる。ノヤっさんはいつも色んな国をビュン!で飛び回っているので、みんなあまり所在地を知らないのだ。
『通話に影山来てないけど、あいつちゃんと知ってる?』
「昨日言った!友人代表スピーチやってくれるって!」
『影山が友人代表』
 (笑)のついていそうな声音で月島がそう言ったけど、おれもそう思う。ていうか昨日言った。
『月島、助けてあげなよ』
『え、なんで僕が』
『お前も日向の友達だからだろ!』
 おれも月島も同時にむせた。
『楽しみにしてるぞー月島』
『ツッキー、俺も手伝うからがんばろ!』
『うるさい山口……』
 懐かしいやりとりにまた涙腺が緩みそうになる。とにかくおめでとう、結婚式楽しみにしてる、と口々にお祝いしてもらって、家を出るギリギリまでみんなで喋った。
「研磨は音駒のみんなに言わねえの?」
「あー……うん、言っとく」
 練習遅れるよ、と背中を押されて家を出た。SNSでの発表は今日の夜中にする予定だ。一応MSBYの広報担当の人には連絡済みだし、他の友達にもだいたい言ったし多分大丈夫。研磨はちゃんと音駒の人に連絡するのかな、後で確認しないとなんて思いながら練習場所まで走った。ちゃんとチームのみんなにも言わないと、とも考えながら。

 その夜。0時ぴったりになったと同時に、おれと研磨は連名でそれぞれ手書きの文書を発表した。おれからは、研磨とどんな出会い方をして春高でどう戦って、今の関係に落ち着いたのか。研磨は、おれをどんなふうに思っているのか、そしてどうなりたいか。くっつけて読めばおれたちの思い出も未来も、全部わかってもらえるような文章を頑張って考えた。
 研磨の本名は会社のHPなどでは出ているけれど、基本的にみんなが知っているのは『KODZUKEN』の名前だ。だから一応最初にKODZUKENと書いたのだけど、格式張った文面ではちょっと浮いている気がする、との研磨の主張で連名部分は本名にした。
「名前間違えたかな……」
「なんで?かっこいいじゃんKODZUKEN!」
 瞬く間に拡散されていくのを眺めながらふたりでそんな会話をしていると、研磨のケータイにものすごい勢いで通知が溜まり始めた。
「うわ、クロうるさ……」
「研磨もしかして言ってない?」
「5分前に言ったよ」
 それって最早誤差の範囲じゃないだろうか。報告なんてめんどくさいという気持ちと、一応義理は果たしたいという気持ちを天秤にかけて、ギリギリで後者が勝ったのだろう。
「はあ……おれクロたちのこと黙らせてくるから翔陽は先に寝てていいよ」
「わかった!」
 なんだかんだ嬉しいんだろうなあ、と思いながらベッドに向かう。きっと結婚式はすごく賑やかだ。まだちょっと先の未来を夢想して、おれは幸せな気持ちで眠りについた。
***
 今日はオリンピックの祝賀パーティーだ。俺はバレーボール協会の代表として出向くことになっている。まだ下っ端の俺が何故呼ばれるに至ったかというと、単に妖怪世代と呼ばれる奴らと懇意であることが見抜かれているからだ。つまりパイプを太くしてこいということ。
 その狙いは十分に理解しつつ一種の同窓会に近いそれを普通に楽しむつもりで会場に訪れた俺は、何より話を聞きたい女性を探してきょろきょろと視線を彷徨わせた。
「あ!黒尾さん!」
「おっ!今話題の日向選手じゃないの!ご結婚オメデトウ!」
「ありがとうございます!」
 にこにこと嬉しそうにしながら左手の薬指に指輪をつけている、今話題の女性こと日向翔陽。自分の幼馴染の生涯の伴侶となることを選択してくれた稀有な子である。
「ヒナちゃんに聞きたいことがた〜んまりあってさあ、よかったらオニーサンとお話しない?」
「いいですよ!」
「アレッ、研磨からなんも牽制とかされてない感じ?」
 どれだけ聞こうともすべてを無視してきた我が幼馴染である。てっきり口止めしていると思ったのだけど。
「研磨が、他の男の人に声かけられるよりクロのほうがマシだからなるべくクロと一緒に居てって!」
「ええ……なんか複雑な言い方だな〜……」
「?」
 信頼されていることを喜べばいいのか、虫除け代わりに使われていることを悲しめばいいのか。そんなふうに考えながら向かい合って不思議そうにしているヒナちゃんの格好を見ていると、ぼんやりと既に第1段階の牽制が行われていることに気がついた。
「……ヒナちゃんさ」
 引きつった顔でベルトを指差す。
「このドレス、もしかして研磨と一緒に選んだ?」
「はい!一緒に買いに行きました!お、お金出してくれたのは研磨だけど……」
「あれだろ、他の男への牽制。研磨クンは嫉妬深いからね〜」
 正直に告白してくれたヒナちゃんにニヤニヤしながらそう問えば、びっくり顔でこくこく頷くのだから可愛らしい。下手なことを言うと研磨に殺されそうだけども。
「なんで研磨と選んだってわかったんですか?」
「うーん、まあ普通に婚約相手ってのもあるけど……ねえ。あ!やっくん!ちょうどいいところに来てくれた」
 我らが音駒のスーパーリベロ――今は世界の、だけれど――を呼び止めると、一瞬訝しげな顔をしたあと、チビちゃんを見止めてすぐに相好を崩し、口元を引きつらせた。
「チビちゃん、その服……研磨が選んだ?」
「やっぱわかるよなあ」
「え、なんでですか!?」
 当たり前だ。赤のドレスに猫のバックル付きベルトなんか音駒以外の何物でもない。ここにはいないかつての音駒の脳の牽制力にほんのり怯えながら、一緒に選んだということは案外チビちゃんが自発的にチョイスした可能性もあるなあと少し思った。
「って、そうだ。チビちゃん、婚約おめでとう!研磨を選んでくれてありがとうな……!」
「親か」
「夜久さん……!」
 ふたりのやりとりに若干笑っていると、さすがに発表から間もないこともあって周りに人が集まってくる。その中でひときわ目立っているのが、いつもの10割増しくらいに見えるレベルで磨き上げられた容姿の木兎だ。つくづく素材はいいというか、まあ普段から別に悪くもないのだけど、なんせあの性格である。今だってかなりの声量でずんずん近づいてくるからか、人の波が左右に割れていっている。モーセか。
「日向ー!」
「木兎さん!わ!ドレスかっけえ……!!」
「マジで!?やっぱり!?赤葦にもすげー褒められた!」
 チビちゃん(と赤葦)が言う通り、確かに木兎の着ている服は非常によく似合っていた。
 グレーがかったパープルのパンツドレスは、すっきりしたデザインながら背中が大胆に見えており、鍛え上げられた背筋が映えている。本人が履きたがったのであろう少し高めのピンヒールはスタイルの良さを引き立てているし、いつもと違う丁寧に編み込まれた髪型もまた良い意味で木兎らしくなく目立っている。耳元につけられた大ぶりのイヤリングもコーディネートにぴったりで、繰り返しにはなるが、あの性格でなければうっかり声をかけてしまいそうなレベルに仕上がっている。
「あ!飛雄ちゃんほらおったで!翔ちゃん!」
「影山来るの遅いぞ!」
「うるせえ日向ボゲ!」
 不当な暴言反対、と叫んだヒナちゃんの相棒である彼女はきっと会場内で迷っていたのだろう。宮侑の案内で日向を見つけた影山ちゃんはほんの少し眉間のしわを緩めていた。知らない人間ばかりでストレスがかかっていたのかもしれない。
「影山、なんかすげえ……」
「あ゛ぁ?」
「すげーきれーだなって思ったんだよ!褒めてんの!!」
 バレーに関係ないからと特に手入れをしていないであろうつやつやさらさらのショートボブの黒髪を綺麗にまとめ、烏野のユニフォームを思わせる紺色のぴったりしたラインをしたワンピースタイプのドレス(マーメイドドレスと言うらしい)とオレンジのパンプスを着用した影山ちゃんは、確かに普段騒がれている以上に美貌が際立っている。
「それ姉ちゃんにやってもらったの?」
「おう」
「へー!いいじゃん」
 ヤバい注目集まってきた。しれっと逃げてしまうか悩んでいると、後ろから心底楽しそうな声がかかって背筋が伸びた。
「クロちゃんやけに女の子に囲まれてるじゃん?」
「オイカーさんじゃないの、こりゃドーモ。お元気?」
「おかげさまでねー」
 爽やかなミント色のロング丈タイトドレスとピンヒールをすっきり着こなし、長い茶髪をアップにしている及川がにっこりと俺に笑いかけた。追い打ちをかけに来たらしい。
「これ拡散されたらクロちゃんがすげーモテてるみたいに見えるんじゃない?」
「ヤメてマジで。結婚間近の幼馴染と後輩とついでにスガちゃんたちあたりに殺されるから、俺が」
「あは、いいんでない?」
 冗談じゃない。割と本気で。やっくんはいつの間にかどこかに行ってしまったし、宮侑もまた然りだ。孤立無援の俺はこのままだととんだ冤罪を着せられ、更には敵認定されてしまうのだ。
「こら及川人に絡むな」
「岩ちゃん!!髪崩れちゃうから!!!」
「悪いな黒尾」
 話聞いて岩ちゃん!と小さく叫ぶ及川の耳をちょうどいい加減で引っ張っているらしい岩泉に苦笑いする。相変わらず仲のよろしいことで。
「いーえいーえ。

***
 名前がずらっと並んだリストとにらめっこして何分が経過したのか。ZOOMを繋げている研磨がゲームをしながらこちらを気にしているあたり、多分結構経っている。
「翔陽……大丈夫そう……?」
「うーん……」
 結婚式と披露宴の招待リスト、と銘打たれたそれから、実際呼ぶ人を考えなければならないのだけど。色んな人が仲良くしてくれているおかげで、いつまで経ってもおれのリストが完成しないのだ。ブラジルに行く前に式を終わらせようという話になったので、早めに決めて招待状を送る必要があるのにだ。
「ほんとは全員呼びたいけど……とりあえず父さんと母さんと夏、イズミンとコージー……んで烏野のみんなと……日本代表の人たちと……音駒のみんなは研磨が呼ぶんだもんな?」
「うん」
「じゃあえっと……あと赤葦さんと、冴子姉さん……国見と金田一と百沢と五色と黄金川と…青根さんと……及川さんと……烏養じいちゃん先生と鷲匠先生と……」
 まだまだ呼びたい人はたくさんいるけど、今で40人弱だ。これ以上はキリがない気がする。
「……翔陽、よくおれを選んだよね……」
「え?なんで?」
 おれの疑問には答えることなく、初期にフラグ立てといてよかった、と胸を撫で下ろす研磨。たぶんゲームに例えてるんだろうけど、おれにはよくわからない。
「研磨は何人呼ぶんだっけ?」
「親と音駒の人くらい、かな……」
「え!?Youtubeの人は!?」
 Youtubeの人ってと小さく笑った研磨は首を振り、そういうんじゃないからねと言った。じゃあどういうのだろう。
「まあ、60人弱ならいい感じなんじゃない。式場も見てたところで大丈夫そうだし」
「だな〜」
 全部終わり次第すぐにバレーができるように、体育館の近くの式場を借りる予定だ。せっかく色んな人が集まる予定なのにもったいないし。
「翔陽、ウエディングドレスは送ってくれた写真のでいいの?」
「おれはあれが一番お気に入り!」
 先月東京にいる間に行ったドレス選びに研磨も同伴してくれる予定だったのだけど、タイミングが悪くゲームの案件?と被ってしまいおれ一人で選んできたのだ。もちろん、一応着たドレスの写真は全て送って、研磨の意見も取り入れている。
「じゃああれにするって連絡しようか。あと何決めないといけないんだっけ」
「えーっと…やることリスト…」
 ペラペラ紙をめくって、ふたりで作ったやることリストを引っ張り出した。ウエディングドレスと式場と招待客選びはおしまい。あとはシュヒンと司会者、着替えのドレスや料理に引き出物選びあたりだろうか。ああ、それと式場の飾りつけ。友人代表スピーチは、早々に黒尾さんと影山から了承をもらった。黒尾さんなんかは特に張り切っているらしく、研磨がウザいと言って顔をしかめていた。
「あのさ研磨、ドレス着替えるじゃんか。あれ、旭さんに作ってもらってもいい?」
「ああ、服飾デザイナーなんだっけ。いいと思うよ」
「やったー!ちょっと聞いてみる!」
 田中さんと清水先輩の結婚式のときに旭さんがデザインしたというドレスの写真を後から見せてもらって、それがすごく羨ましかったのだ。もしかしたら忙しいかもしれないから、旭さんが大丈夫だよって言ってくれたらお願いするつもりだ。
「おれは猫又先生に主賓挨拶してもらうつもりだけど……翔陽は?烏養サン?」
「んー、悩んだけど武田先生に頼む!あの色紙書いてくれたの武田先生だし!」
 壁に飾っている『遠きに行くは必ず邇きよりす』の色紙を指差すと、研磨が納得したように頷いた。
「司会者は?」
「おれたちどっちもと関わりがあって場を盛り上げられそうな人……」
「「リエーフ…」」
 決まりだ。絶対なんか面白いことになりそう。
「あ!そうだ、谷地さんがウェルカムボード?描きたいって言ってくれた!」
「翔陽の周り、多彩な人多いね」
「音駒の人だってそうじゃん!」
「まあね」
 満更でもなさそうだ。なんだかつられてにまにましてしまう。
「あとはウエディングプランナーと相談かな。翔陽、次いつこっち来れるんだっけ」
「再来週の水木休み!」
「わかった。それじゃあそれまでにまた色々整えとくね。招待状も送っとく」
 ありがとう!と元気よく返事をして、しばらく世間話をしてZOOMを切った。結婚するのにずっと一緒にいられないのは寂しいけど、ちゃんと話し合った上でお互い納得して決めたことだ。今は大阪だけどしばらくしたらおれはまたブラジルに行くことになるし。研磨はブラジル移住も考えてるみたいだけど、まだ予定は未定だ。
「えーっと……まず旭さん……」
 LINEの一覧をしゃーっ、とスクロールしてトーク画面を開く。こんにちは、今度の結婚式のカラードレスのデザインをお願いしたいんですけど、忙しいですか。概ねそのような内容を打って送った。
「んで、谷地さん!」
 ぽちぽち文章を打つたびに、おれ研磨と結婚式の準備してるんだなあ、と妙な感慨を覚える。やばいなあ、嬉しいな。
「あーっ、楽しみー!」
 まだちょっと先だし、いろいろ準備も大変だけど。みんなが喜んでくれたらいいなと思いながら、おれは胸を高鳴らせた。

 
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