研日♀ 未完成いろいろ

 研磨にお願いがあってさ、と可愛い彼女から電話越しにおねだりされた。うん、なあに、とできるだけ優しく聞き返す。ああとかううとか唸っていた翔陽は、東京に行く予定ができて、と言った。
「母さんたちと旅行でさ。三泊四日の予定なんだけど、一日まるまる空いちゃって。母さんたちの用事についていってもいいんだけど、東京に友達がいるなら会ってくれば、って言われて」
 そんで研磨に会いたくて、と言葉尻につれて小さくなっていく声を一言一句聞き逃さずに飲み込んで、暇だからいつでも大丈夫だけど、翔陽はいつ来るの、とだけ聞いた。
「来週。そ、そんでさ。もし会えるならさ……おれ、制服デート?がしてみたくてさ……研磨は制服じゃなくてもいいからさ、おれ制服で行ってもいい?」
「え…………うん」
 制服デート。戯れに手を出したギャルゲーでしか聞いたことのない単語。えっ、翔陽が制服で東京に?
「デートは可愛い服でおしゃれするもんだってイズミンに言われたから、何も言わずに制服で行ったら研磨がっかりするかなって思って……一回だけ制服デートしたら、そん次からはちゃんとおしゃれする!山口とか谷地さんにいっぱい聞くから!」
「おれは翔陽がデートでどんな格好してても、可愛いと思うよ…」
「え!?……じゃ、ジャージでも……?」
 うん、ジャージでも。平静を装ってそう答えると、翔陽はちゃんと照れてくれたらしい。ほんとにぃ、と嬉しそうな声がする。
「でっでも、研磨に一番可愛いって思ってほしいし!頑張る!」
「そう?期待しとく」
「おう!そんじゃあさ、来週の集合場所なんだけどさ、おれ東京のこと全然わかんないから、研磨決めてくれる?」
 突然降って湧いたデートのお誘いはおれの頭を瞬く間にいっぱいにした。お互い道に迷いやすいから、すぐにたどり着ける場所がいい。そして、翔陽が気に入るようなお店が近い繁華街。
「じゃあ翔陽、待ち合わせの場所は地図送るから、当日ひとりになったらおれに電話かけてくれる?」
「!わかった!」
 まさか高校生の間に東京でデート、なんてことになるとは思わなかった。服装が制服でいいというのもこちらとしてはかなり助かる。練習は一日仮病でも何でも使って絶対に休む。受験勉強も別にしなくたって合格できるレベルのところに進学するつもりなのだ。多少サボったって問題はない。
「へへ、楽しみ!」
「うん、おれも」
「じゃあな研磨!また来週!」
 電話が切れて、すぐにリサーチを始めた。バレー用品がたくさんおいてあるようなスポーツショップはマスト。あとは普通に雑貨屋の入ってるショッピングモールとか?持ちうる限りの知識と検索能力をフル活用してデートの予定を仮組みした。
 別にこの通りにいかなくても構わないから、とにかく翔陽が楽しかったと言ってくれたらいい。ワクワクする気持ちを抑えきれずに口角がほんのり上がってしまっているのが、なんとなく気恥ずかしかった。

「研磨、明日の練習終わったら一緒にメシ行かね?」
「ごめん、おれ明日練習休む……また今度にして」
「サボりか!?」
 人聞きが悪い。いや、悪いも何も事実ではあるのだけど。きちんと先生には休みますと言ってあるし、責められるようなことじゃないはずだ。トラの大声のせいでリエーフたちがなんですかと群がってくるのを適当にいなしてさっさと家に帰った。デートなんてバレたら確実にクロたちにも話される。それは困る。大学生は暇なのだ。出歯亀に来るに違いない。
「研磨、明日の練習何時まで?父さんと母さん出かけるから鍵忘れないように気をつけてね。晩御飯は用意しとく」
「明日は、練習休む……けど朝から出掛けるから、晩御飯もいらない」
 練習を終えて帰宅し、夕飯を食べながら言われたそれに首を振ると、両親がえっと顔を見合わせた。おれが自己判断で休むことより、出掛けると言った方にひっかかっているのだろう。
「出掛ける?誰と?鉄くん?」
「違う。宮城から来る……と…ともだち」
 最悪。どもった。案の定聞き逃してくれなかった母さんは缶ビールを煽ってによによと笑い、付き合ってる子とか?と聞いてきた。
「ちがう」
「やだ図星!?ちょっと研磨、いつの間にそんな子作ったのよ!明日はデートするの?写真ある?」
「うるさい……」
 自分の凡ミスが悔やまれる。とにかく早いところ部屋に引っ込まないと、と心持ち急いで箸を動かしていると、鉄くんは知ってる?とどこかふわふわした父さんが質問を投げかけてくる。知ってるけど、明日のことは知らないからと答えるついでに、言わないでよと念を押した。


「けんまー!」
 ぴょこん、と飛び跳ねながら翔陽が近づいてくる。中にアイボリーのベストを着て、黒タイツを履いている。男子は学ランだと言っていたからてっきりセーラーだと思っていたのだけど、実際はブレザーだった。率直に言うと可愛い。
「!研磨も制服だ!」
「うん。翔陽、元気だった?」
「ちょー元気!研磨も元気そうだな!」
 ぎゅっとバッグの紐を握りしめた翔陽は、じいっとおれの制服を眺めてらんらんと瞳を輝かせた。
「東京って感じ!」
「そうかな……」
「おれ他の高校の制服あんま見たことないからわかんねえけど、都会っぽい!ベストとネクタイとか!」
 研磨はいつもこれ着て学校行ってるんだよな、とどこか感慨深げに呟き、おれの制服!どう?なんてその場でくるりとまわってみせてくれる。
「かわいい。似合ってるよ」
「ほんとか!?毎日着てる制服だぞ!?」
「ほんと」
 翔陽は頬を手でおさえ、研磨に褒められた嬉しい!なんて言っている。胸がぐうっとなって、怒りの方向にしかすぐに動かない自分の表情筋に少し感謝した。たぶんちょっと漏れてるとは思うけど。
「翔陽、てっきり普通の靴下だと思ってた」
「ほんとは短い白ソックス履いてたんだけどさ、去年の夏前くらいにスガさんとか潔子さんにパンツ見えちゃうからタイツにしなさい!って言われたんだよなー」
「えっ、そうなんだ」
 ありがとうございます、と思わず心のなかでお礼を言った。翔陽のパンツがどこの馬の骨とも知れない男に見られるのはすごく嫌なので。
「ベストは去年、谷地さんと一緒に買いに行った!これが一番可愛いからお揃いにしよ、って谷地さんが」
「へえ。いつも黒いジャージだけど、翔陽は白も似合うね」
「研磨、めっちゃ褒めてくれるじゃん!!!」
 自分でもちょっと柄じゃないのはわかっている。しかしこれは赤葦からのありがたい助言故だ。『木兎さんとか日向みたいなタイプには、こっちが恥ずかしくなるくらいストレートに言わないと多分伝わらないよ』と、以前言われたのだ。遠い目をしていたから、きっと何かあったのだろう。
「あー……翔陽、この近くに、大きいスポーツショップがあるんだけど……行く?」
「えっ!行きたい!!」
「わかった。えっと………………手、繋ぐ?」
 人多いし翔陽はまだ東京に慣れてないから逸れちゃうかもしれないし、なんて言い訳をおれが並び立てていると、差し出した手をきゅっと握られて心臓が飛び出るかと思った。
「へへへ、研磨から繋いでくれるのはじめて!」
「そ、うだね」
 じゃあ行こっか、とひっくり返りそうになるのを必死に抑えた変な声で言って、小さなぬくもりにどぎまぎしながら歩き始めた。人多いなあ、広いなあ、ときょろきょろしている翔陽に相槌を打ちながら、必死で頭に入れた地図を思い出して道を進む。
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