パンテーラ

 道は次第にワインディングの様相を帯びてきた。左には木々がうっそうと茂り、音も光もすべて包み込むようにのしかかってくる。

 右にはガードレールの他は何も見えない。俺は時速40kmぐらいのごく遅い速度でコーナーを抜けてゆく。次のコーナーの限界速度は時速 70㎞。(もちろん、何度も下調べのためにこの道を走っている。ほとんど目をつむったままでも走れるだろう。片目だけなら。)これは第6コーナーと第7コーナーがS字をなしブラインドで曲率が変わるため、非常に難しいコーナーである。ここで奴は一人殺したのだ・・・。

 突然異変が起きたのは第8コーナーを抜けようとした時だった。沈み込むような感覚とともに、ハンドルが激しく持っていかれる。俺はとっさにカウンターをあてた。開いた窓からは、タイヤが鳴っているのが聞こえる。間に合わなかった。車は40kmの慣性力をもろにフロントで受け止め、ガードレールにぶつかった。バカな話である。たかだか40kmで事故るとは。しかしいったい何だったのだろうか。

 まったく信じ難いことであった。俺はロールバーとバケットシートで狭くなっている運転席から外に出た。外は虫の声とエンジンの冷える音しか聞こえない。グラスファイバーのフロントはもろにつぶれていた。タイヤハウスをのぞき込むと、サスも影響を受けている。もう走れない。俺は情けなく思いながら原因ぐらいは探してやろうと道を戻った。辺りは真黒である。頼りになるのは右手のペンライトだけ・・・。

 俺は第8コーナーをしらみつぶしに探した。氷の上を走ってもあんな挙動を示すはずはない。しかし原因はなかった。突然、スリップラインが始まり、ガードレールまで伸びていた。石一つ、穴一つない。何が起こったか見当もつかない。

 しかし事実は事実だ。俺は覚悟を決めて引き返し始めた。車は放っておいても、別に取られる物もない。これでは奴とやりあうこともできない。俺はくやしく思いながらもほっとしている自分に気づいた。金で雇われたにしろ仕事は仕事だ。命を張っているつもりである。まあ、今日は奴が現れないようにお祈りでもして寝るとしよう。
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