Neo Lunatics 38号（1983年11月20日発行）掲載

　　　パンテーラ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　－修．

　霧が辺りを包んでいる。まだ７時にもならないというのに対向車は１台も無い。こんな晩だ。奴が現れるのは・・・。

　そいつが初めて現れたのは、二ヶ月ばかり前のこんな霧の深い夏の日だったという。このダム建設のために作られた沿岸道路は、川をはさんで上り車線と下り車線がある。一風変わった道路である。
　極めて道が険しいため、１周60㎞の道には一つの民家も一つのガソリンスタンドも無い。まるで車の限界性能を試すかのように続く連続したコーナー。一つ間違えれば死。そして何人ものライダーが、ドライバーがこの道を攻め、勝ち、あるいは負けて去っていく。奴も初めはそんな人々の一人だと思われていた。・・・

　奴は何人かの走り屋たちに勝負をいどみ、勝った。しかしその勝負はあまりにも犠牲が大きかった。一人は川原にジャンプし、一人はガケに突っ込み、どちらも即死だった。原因は奴の無謀な運転のせいだというが、奴は何の連絡もせずに去った。それから三度（みたび）奴は現れ、去った。いくらかの死を残して。その中には、警察の特別交通機動隊も含まれているという。恐ろしく速い。奴は霧の夜に現れる。こんな霧の夜に。奴は黒いデトマソパンテーラ。解っているのは奴が黒いデトマソパンテーラで現れるということのみ。
そして俺は・・・。