第7章 着ぐるみパラダイスへ

 そこには、かわいい黄緑色の恐竜のマスコット着ぐるみが置いてあった。それは特撮映画に出てくるようなリアルなものではなく、どちらかと言えば子供番組に出てきそうなデフォルメされた着ぐるみだった。
 「いよいよ実験ね。」
 かおりは、留美が着やすいように後のチャックを下ろし、着ぐるみを抱えて小声でささやいた。
 「そうね。」

 留美は、自宅での黒岩のくつろいだ様子を見ることができるのではないかと期待を抱いて、着ぐるみに入っていった。そして、かおりが背中のチャックを閉じてくれたちょうどその時、それはやってきた。

 それは大きなベッドが置いてある寝室のようであった。いつものように多少、もやがかかっていたが、そこには脱ぎ棄てられたこの恐竜の着ぐるみと、ベッドの上で全裸の黒岩と女性がもつれ合っている幻想であった。

 女性は見たことのない顔だ。その幻想は長くは続かず、次に現れた幻想には、二人の男性が別の女性と交わっていた。その男性の一人は黒岩だった。そして次から次へと、着ぐるみを着たまま、あるいは半分脱いでいる、行為中の幻想が現れては消えていった。

 「きゃぁぁぁぁぁぁーーー。」
 留美は思わず大きな声で叫んでしまっていた。
 「どうした、何が見えた。」
 と、かおり。

 「無理、もう無理。撤収・・・。」
 留美はとても冷静な説明ができない状態だった。
 「わかったわ。撤収ね。」

 かおりは小さくささやき、今度はリビングに聞こえるよう大きな声で叫んだ。
 「なにぃ、明日の企画書の提出忘れてたってぇー。えー。じゃ、すぐ帰って作らないと・・。」

 黒岩や友達が、どうした、どうした、と丁度パーテーションから心配そうに覗き込んだところだった。かおりの頭の回転の速さにはいつも助けられる。かおりは着ぐるみのチャックを下ろしながら、黒岩へ説明した。

 「黒岩さん、大変なんです。留美が明日企画書出さなきゃいけないのを忘れてたんですって。今から家に帰って作るそうです。出さないと課長から、しこたま怒られるそうです。私も手伝わないと間に合わないみたいです。なので、せっかく招待いただいて、私も着ぐるみ着れるの楽しみにしていたんで大変残念なんですが、今日はここで失礼します。もう、留美ったら・・・。すみません。」

 一瞬でそんなに色々会話できるわけなかろうと留美は思いつつも、かおりの一瞬の作り話に感謝した。着ぐるみから頭が出た留美は体をねじりつつ黒岩へ謝罪した。
 「黒岩さん、すみません。私がぼーっとしてて、また誘ってくださいね。」
 「留美さん、顔色よくないですね。大丈夫ですよ、気にしないでください。お互い仕事優先で行きましょう。企画書が早くできたら、また戻ってもらってもいいですよ。」
 「ありがとうございます。」
 留美とかおりは、黒岩とほかのみんなに手短かに謝りつつ早々に黒岩の家を出た。
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