第5章 黒岩

 「留美さん、現場では何度かご一緒しましたけど、こうやって面と向かって話すのは初めてですね。」
 いつもはあいさつ程度で、あとは面を被ってアクションしているので黒岩をきちんと見たことはなかったが、改めて正対すると黒岩の凛とした顔立ちは際立っており、留美は自分の視線がさまよっているのが分かった。

 「そうですね。いつもは仕事中ですからね。」
 「ははは、確かに。おしゃべりする暇ないですからね。面も被ってるし・・・。ところで留美さんはこういう仕事は過去にも経験があるんですか。アクションも結構様になっているように感じましたけど・・・」
 「留美は空手やってましたからね・・・。人生、何が役に立つか分からないですね。」
 かおりが割り込んでくる。
 「ほう、空手ですか。やりますね。私も学生時代は部活でやってました。それがスーツアクターをやってみる動機にはなっていると思いますね。」
 「いや、私のは空手エクササイズなんで、戦ったりはしないんですけどね。」
 私の話はどうでもいいので、もう少し黒岩のことが聞きたいと留美が思った矢先、かおりが話題を振ってくれた。

 「黒岩さんってこの仕事長いんですよね。うちの会社と一緒になることも多かったんですか。」
 「あー、GBさんとのお付き合いは5年前くらいからですね。留美さんの前の真理さんが新人で入ったころから、よくご一緒してますね。そういえば真理さん骨折したって聞きましたけど大丈夫なんですか。」
 「まだ会社には顔を出されてないですね。私も、まだ会ったことなくて。」
 と、留美。
 「相当ひどかったんでしょうね。交通事故ですかね。かわいそうに。真理さんとは戦隊ショーとか、映画の撮影とかでもご一緒していました。結構仲良くしてもらっていたんですけどね・・・」
 「へー、そうなんですか。お付き合いされていたとか・・・。」

 かおりのストレートすぎる質問に、黒岩はちょっと驚いたようだった。
 「かおり、ちょっとぉ。黒岩さん困ってるじゃない。」
 留美は口ごもっている黒岩をかばってみたが、黒岩はそうでもなかったようだ。
 「いや、仲良くとは言っても、真理さんとはたまにここでお茶を飲んだり、軽く食事したりする程度でしたよ。ちょうど今と一緒ですね。撮影終わりが深夜になったりするので時間が合わなくて、なかなかお付き合いというまでは発展しないんですよ。ましてや、仕事以外で女性と知り合う機会も少ないし・・・。」
 「そうですかー」

 かおりは考えごとを始めたようで静かになった。相変らずマイペースである。何を考え始めたのだろうか。
3/4ページ
スキ