第5章 黒岩

 数分歩いたのち、黒岩の案内で辿り着いた喫茶店は、ザ・昭和といった雰囲気の喫茶店であった。欧州風の落ち着いた外観、格子の入った小さめの窓からはオレンジ色の明かりが見えている。扉を開けると、カランコロンとドアベルが鳴った。おそらく、夫婦のみでやっているのであろう。店内には客がまばらに座っている。

 三人は入り口のそばの席に腰かけた。黒岩は二人にメニューを広げて見せながら話し掛けた。
 「お二人は何を飲まれますか。それとも軽く食べますか。」
 「じゃ、コーヒーを」
 かおりが即答する。私が先だろう、と留美は思いつつ、続けた。
 「じゃ、同じものを。」
 「留美さんは力仕事の後でお腹すいているんじゃないですか。何か食べたいなら、遠慮しないでくださいね。」

 相変らず優しい。なんと思いやりのあることか。そもそも比較するのもおかしいが、前の職場にはこんな素敵なことを言える男はいなかった。留美は、このちょっとしたやり取りにも感動していた。緊張していて気付かなかったが、黒岩の言う通り、少しお腹も減ってきている。
 「あ、それじゃ、サンドイッチをいただきます。かおりはどうする。」
 本当ならスパゲッティでもがっつり食べたいところだが、黒岩の前でがっつくもどうかと思い、上品に食べられそうなサンドイッチを選択した。
 「じゃ、私も食べる。」
 黒岩も同じメニューを選び、黒岩が3人分をまとめて注文した。
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