第2章 戦隊ヒロイン

 数日、練習が続いた後、ついに本番がやってきた。ショーの場所は巨大なショッピングモールだった。留美は早朝にスプリングエージェンシーの事務所に行き、他のみんなとワゴン車数台で現場へ向かった。

 「木隅さん、今日から本番だけど、緊張しなくていいからね。いつもの調子で。」
と、助手席に座った深井社長がワゴンの後ろを振り返って留美に声を掛けた。本番だというのに、あいかわらず、ハーフパンツである。まあ、そんなものかもしれない。

 「まあ、ちびっ子たちにいいとこ見せてね。顔見えないから、恥ずかしくないから・・・。」
 案外、やさしい。本番となるとやはり緊張する。前回のお人形さんになって立っておくのとは違う。留美は、いつものジャージ姿でワゴン車のうしろの席で小さくうなずいた。

 楽屋は殺風景な会議室で、折り畳みテーブルとパイプ椅子が数脚置いてあるだけだ。ワゴン車から衣装や小道具を運び入れると、楽屋は荷物でいっぱいになった。

 留美は見慣れない男性が楽屋に居るのに気付いた。30代前半だろうか、他のメンバーとおなじようなジャージを着ており、メンバーと親しげに話しているところを見るとこの人も社員なのだろうか。少し怪訝な表情を見てとられたのか、その男性は留美にあいさつに来た。

 「派遣さんですかね。初めまして、黒岩といいます。ちょっと映画の撮影で合流できていなかったのですが、今日は戦隊ブラックでご一緒します。殺陣は頭に入っているんで大丈夫です。よろしくお願いしますね。」

 細身で、背丈もあり、何より笑顔がすがすがしい。他のメンバーもみんないい人で礼儀正しいが、さらに洗練された感じだった。プロの貫禄というところか。きっと、笑うと八重歯がきらっと光るタイプだ。って、一体どんなタイプだ、留美は自分に突っ込んでいた。

 映画の撮影と言っているところをみると、名の知れたスーツアクターなのだろうか。留美は、こんなメンバーが居たのかと驚きつつ、少しうれしさも覚えた。
 「は、はじめまして。木隅(きすみ)留美です。GBプランニングから来ました。」
 「あー、GBさんですね。前の真理さんが事故ったて聞きましたけど大丈夫でしたか。まあ、代わりの人が来たということは今は仕事はできないということでしょうけど・・・」
 「はい、前任者は足を骨折したって聞いています。」
 「そうですか。お気の毒に。真理さんに、お大事にって伝えておいてください。」
 ん、名前まで覚えているのか?留美は少し違和感を覚えたが、表情には出さずに会釈を返した。まあ、会社でも名前で呼ばれているし、この着ぐるみショーの会社でもみんな名前で呼ばれているので、この業界では名前で呼ぶのが普通なのだろうか。

 留美が言葉を繋げないでいると、突然扉が開いて深井社長が楽屋に入ってきた。
 「黒岩君、いらっしゃい。いつもすまんねー。最近活躍してるねー。でも、どっちかっていうと顔出しが多いんじゃない。もうスーツアクターは卒業して、俳優専門でいいんじゃないの。男前だしねー。」
 「いえいえ、これが僕のルーツですから。時間が合えばいつでも来ますよ。」
 「映画とかもやってるんだろー、すごいね。もう、がっぽ、がっぽだろ。こんな儲からないショーはつまらないだろう。なんか、豪邸買ったって聞いているよ。」
 「家は買いましたけど、大したものじゃないですよ。親戚が安く手放してくれたので。こうやってまめにショーに出させて頂いているからですよ。社長には感謝しています。」

 照れくさそうに答える黒岩を見て、留美は、映画やテレビ、いやネット動画もあまり見ないが、たぶん相当な有名人で、イケメンで、恰好よくて、お金持ちで、しかも性格も良いと、万事揃っているまれな存在だと感じていた。前の職場ではあり得ない。そして今の職場でも、ここまで整った男性はいない。留美は、これからのショーが楽しく演じられそうな予感がしていた。
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