第2章 戦隊ヒロイン

 派遣先のスプリングエージェンシーは、本社から少し離れた郊外のビルの3階にあった。今の職場はピカピカの巨大なビルだが、ここは築4、50年経っていると思われる、薄汚れた殺風景な雑居ビルだ。留美は前の会社の昭和の事務所を思い出した。また同じような環境に逆戻りかもしれない。

 入り口にはすりガラスの扉に、白い文字で「スプリングエージェンシー」と電話番号が描かれていた。留美が恐る恐るドアを開くと、そこには1フロアをそのまま1つの部屋にしたような板張りの空間が広がっていた。そして、20代から、30代のジャージ姿の男女が練習をしているところだった。

 留美は、少し声を張って「こんにちは。GBプランニングから来ました木隅です。よろしくお願いします。」とあいさつをした。GBプランニングに移動してからこっち、大きな声であいさつする機会が増えており、だれに対してというわけでなく、ただ大声であいさつするということにも慣れてきたのであった。

 「あー、木隅さんだね。いらっしゃい。よろしくね。」
 部屋の端のほうから、50代くらいのひげの男性が手を振りながら歩み寄ってきた。上は何か意味不明の英語が書いてある真っ赤なTシャツ、下はハーフパンツというくだけた格好だ。予想通りの展開。留美は、昭和の事務所の予感が的中しそうな気がして一瞬ブルーな気持ちになった。うーん、この雰囲気だと、かなり緩いか・・・・。

 「スプリングエージェンシーの社長の深井です。むさくるしいところで申し訳ないけど、今から3週間ここで頑張ってください。早速、殺陣(たて)の練習しますから、そっちの更衣室で着替えて下さい。」
 見かけによらず言葉遣いは丁寧だ。深井は部屋の向こうに向かって叫んだ。
 「ちょっとー、佳代ー、新人さん案内してー」
 「はーい」

 佳代と呼び捨てにされた、上下ジャージの20代前半の女性は部屋の反対側から、練習中の人を避けるように駆けてきて一礼した。
 「坂上です。よろしくお願いします。更衣室、こっちです。」
 意外に礼儀正しい、体育会系のノリだ、留美は案外居心地がいいかもしれないと期待を抱いた。

 ほかの人と同様ジャージに着替えた留美は簡単な自己紹介の後、殺陣の練習に加わった。殺陣といっても、そこは着ぐるみショーの殺陣であり、一回一回の出番は短く、入れ替わり立ち代わりステージに出ていって少し動くというものだ。また、セリフは録音のため、あたかも自分がしゃべっているような仕草が難しかった。アクションは大きな振りで、もちろん本当に殴ったり、蹴ったりしないように気を付ける必要がある。練習用のマスクを被って、狭い視界でアクションをしなければならないため、案外、空手エクササイズでサンドバッグと戦っているほうが簡単かもしれなかった。

 交代交代の出番とは言え、そこそこのアクションはあり、結構なトレーニングであった。留美は、女性の戦隊ヒロインの役で、なんとなく、なよっとした仕草が求められた。社長の深井が指導に当たっていたが、外見に似合わず繊細な要求が多く、本来ガサツな留美は注意して演技しなければならなかった。
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