第1章 美少女着ぐるみ

 「そろそろ、行くわよ。」
 川島に手を引かれ、留美は廊下に出た。そして何分か歩いたところで、大きなホールのステージの片隅に立たされた。手には、ヨーグルトが何個か入った、木で編んだかごを持たされた。

 マスクの狭い視界からは、先ほどの男性が入って来るのが見えた。やはり、どこかの偉いさんなのだろう。男性は、ホールに座った大勢の人に対して、乳酸菌がどうのこうの、売り上げがどうのこうのと、新製品のアピールを始めた。留美は、ステージの隅に立っているだけで、何かの動きを要求されるわけでもなく、確かに簡単な仕事ではあった。どうもこれがプレゼンのようだが、留美が異動前にイメージしていたものとはだいぶかけ離れたものであった。

 プレゼンは15分程度で終わり、質疑応答の後、留美はまた川島に手を引かれて控室に戻っていった。
 「さっきの人はどこの部門の人ですか」
 留美は、ようやくマスクを脱がされて、汗びっしょりとなった顔を渡されたタオルで拭きながら川島に尋ねた。
 「うちの部門じゃなくって、うちにいつも依頼してくれる乳製品の会社の社長さんよ。」
 「え、グループ会社の人ですか。」
 「違うわ、まったくの別の会社の人よ。」

 留美は今一つ状況が理解できず、続けた。
 「じゃ、うちって他社の企画までやるんですか。」
 今度は川島が不思議そうな顔で聞き返してきた。
 「いや、企画はあっちの会社が自分でやっているわよ。うちはそんな能力ないし・・」
 留美は、どうも話が食い違っているようが気がして続けた。
 「え、うちってプランニング部門ですよね。社内のビッグプロジェクトの企画とかするんですよね。」
 「そうよ。今回のような製品の発表会とか、イベントとか、大きなコンサートのプロジェクトの企画とかするわよ。まあ、社内のビッグイベントはだいたいうちが仕切ってるわね。」

 「ん、仕切ってる?・・・」
 留美は、言葉の意味が理解できなかった。「仕切る?」やはり、何か話が嚙み合っていない。企画ではないのか。川島が続けた。
 「ま、うちはイベントプランナーだからね。」
 「え?」
 なんだと!留美は言葉を飲み込んだ。留美は大きな勘違いをしていたことに気がついた。どうやら、ここは摩天楼で会社のビッグプロジェクトを企画する部署ではなく、あちこちの会社のイベントの企画をする部署なのだ。

 「この会社はお得意さんで、今回も、会場押さえから、司会、会場の飾りつけ、ホテルとの打ち合わせ、うちが一手に引き受けたの。うちは大きな部署じゃないから、貴重なお得意さんなのよ。」
 やられたー、プランニング希望と書いたのは自分だ。確かにプロジェクトのプランニングも、イベントのプランニングも、プランニングには違いない。しかし・・・。
 留美は心の中の摩天楼ががらがらと崩れ去っていくのを感じた。
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