N博士の軌道エレベーター
N博士の軌道エレベーター
ー修.
「博士、今度こそ本当に大丈夫なんでしょうね。」
投資家のエージェントはN博士の研究の進み具合にいらだっていた。博士は重力制御の権威であり、そして千年に一度の天才と言われているが、残念ながら投資に見合う成果が出せていない。
「前回の実験では装置が雲散霧消してしまったし、この間は壁をぶち破って暴走する目覚まし時計を作ったりしていたし・・・、こんな状況で重力制御装置は本当にできるんですか。投資家の皆さんが愛想をつかす日も近いと思っておいてくださいね。」
白衣を着た初老のN博士は自信を持って答えた。
「大丈夫だ。自分で言うのもなんだが、私にも学習能力があるのだ。前回、装置が消えてなくなった原因も分かった。そして目覚まし時計も目的を達成したようで、ちゃんと家に戻ってきた。だから、毎日家内の朝食を食べて、冴えた頭で研究することができておる。」
「えっ、目覚まし時計が目的を達した・・・。」
エージェントは博士の言葉がにわかには信じられなかったが、ベストな環境で研究ができていることには違いなさそうだった。
「今までの失敗を検討した結果、わしが反重力にこだわっていたのが間違っていたという結論に達した。つまり、引力とは物質と物質の双方が引き合う力だが、一方の物質のみを排斥力にしてもうまくいかないということだ。」
「どういうことですか。」
「うむ、例えば女性だけが愛を求めても、男性にその気がなければ恋は平行線となって、うまくいかないだろう。そういうことだ。」
エージェントは例えの意味が全くわからなかったが、N博士が自信ありげに言うのでスルーすることにした。
「まあ、私にはちょっと難しそうですが、何か投資家に説明できるものがあるんですか。」
N博士はエージェントを研究室の隣の部屋へ招き入れた。
「これが実験装置だ。」
そこには、パイプやダイヤルなどが周りに着いた装置が実験室の床にワイヤーで繋がれていた。
「これは何ですか。」
「これは軌道エレベーターの実験装置だ。君、軌道エレベーターは知っているかね。」
「はい。静止衛星軌道上の駅から地上の駅までワイヤーを張って、人を静止衛星軌道まで運ぶことができるエレベーターのことですよね。しかし、この装置は軌道エレベーターの実験装置にしては小さすぎませんか・・・。」
N博士は少し笑いを浮かべ、エージェントの疑問には答えず、さらに問いかけた。
「ふふふ。君は軌道エレベーターの致命的なリスクが何か判るかね。」
「そんなに詳しくはないですが、ワイヤーが切れることですか。」
「まあ、当たらずといえども遠からずじゃな。軌道エレベーターには地上から駅までの内側のワイヤーと、さらにもう一本、駅から宇宙に向けて錘を吊るしている外側のワイヤーがあるのだ。内側のワイヤーが切れると駅が宇宙のかなたへ飛んでいき、外側のワイヤーが切れると駅が地上に落下する。どちらにしろ、大事故となる。」
「ワイヤーが切れることなんてあるんですか。」
「まあ、滅多にないだろうが、数Kgのスペースデブリが毎秒数Kmでぶつかるとどんなワイヤーも耐えられないだろう。」
「それは怖いですね。」
「そうじゃろ。そこでわしの発明を軌道エレベーターに応用することを考えた。簡単に言うと、駅に働く重力を無効化することで駅を空中に浮かせるのだ。駅と地上の間のワイヤーは駅に働く遠心力で張られる。このため、錘もいらん。万一、ワイヤーが切れても、重力を徐々に戻すことで駅はゆっくりと地上に着陸できる。極めて安全だ。反重力ではなく、重力の無効化というところが味噌じゃな。」
「すごい。もう完成しているんですか。」
「ああ、実験段階ではうまくいっている。」
「これなら投資家も十分に満足してくれるでしょう。実際に、見せてもらえるんでしょうか。」
「もちろんだ。では、早速お見せしよう。スイッチオン!」
装置はゆっくりと浮上し、ワイヤーがピンと張った。
「成功だ。ここまで随分時間が掛かりましたけど、とうとう完成しましたね。早速投資家に連絡します。」
エージェントは携帯電話で投資家を呼び出した。
「ん・・・、電話がつながらない。んんん、電波自体がない。これは衛星電話なので、地球上のどこでも繋がるはずなんですけど・・・。」
「電波状態が悪いのかもしれんのう。」
N博士はのほほんと答えた。
このころ世界中で衛星電話がつながらないという事態が発生していた。原因はこの軌道エレベーターの実験であった。重力無効化の影響は実験室のはるか上空の広い範囲に及んでいた。このため、実験室の上空を通る通信衛星が次々と軌道を変え、本来の通信機能を発揮できなくなっていたのだった。N博士もエージェントも莫大な損害が発生しつつあることを知る由もなかった。
おしまい
ー修.
「博士、今度こそ本当に大丈夫なんでしょうね。」
投資家のエージェントはN博士の研究の進み具合にいらだっていた。博士は重力制御の権威であり、そして千年に一度の天才と言われているが、残念ながら投資に見合う成果が出せていない。
「前回の実験では装置が雲散霧消してしまったし、この間は壁をぶち破って暴走する目覚まし時計を作ったりしていたし・・・、こんな状況で重力制御装置は本当にできるんですか。投資家の皆さんが愛想をつかす日も近いと思っておいてくださいね。」
白衣を着た初老のN博士は自信を持って答えた。
「大丈夫だ。自分で言うのもなんだが、私にも学習能力があるのだ。前回、装置が消えてなくなった原因も分かった。そして目覚まし時計も目的を達成したようで、ちゃんと家に戻ってきた。だから、毎日家内の朝食を食べて、冴えた頭で研究することができておる。」
「えっ、目覚まし時計が目的を達した・・・。」
エージェントは博士の言葉がにわかには信じられなかったが、ベストな環境で研究ができていることには違いなさそうだった。
「今までの失敗を検討した結果、わしが反重力にこだわっていたのが間違っていたという結論に達した。つまり、引力とは物質と物質の双方が引き合う力だが、一方の物質のみを排斥力にしてもうまくいかないということだ。」
「どういうことですか。」
「うむ、例えば女性だけが愛を求めても、男性にその気がなければ恋は平行線となって、うまくいかないだろう。そういうことだ。」
エージェントは例えの意味が全くわからなかったが、N博士が自信ありげに言うのでスルーすることにした。
「まあ、私にはちょっと難しそうですが、何か投資家に説明できるものがあるんですか。」
N博士はエージェントを研究室の隣の部屋へ招き入れた。
「これが実験装置だ。」
そこには、パイプやダイヤルなどが周りに着いた装置が実験室の床にワイヤーで繋がれていた。
「これは何ですか。」
「これは軌道エレベーターの実験装置だ。君、軌道エレベーターは知っているかね。」
「はい。静止衛星軌道上の駅から地上の駅までワイヤーを張って、人を静止衛星軌道まで運ぶことができるエレベーターのことですよね。しかし、この装置は軌道エレベーターの実験装置にしては小さすぎませんか・・・。」
N博士は少し笑いを浮かべ、エージェントの疑問には答えず、さらに問いかけた。
「ふふふ。君は軌道エレベーターの致命的なリスクが何か判るかね。」
「そんなに詳しくはないですが、ワイヤーが切れることですか。」
「まあ、当たらずといえども遠からずじゃな。軌道エレベーターには地上から駅までの内側のワイヤーと、さらにもう一本、駅から宇宙に向けて錘を吊るしている外側のワイヤーがあるのだ。内側のワイヤーが切れると駅が宇宙のかなたへ飛んでいき、外側のワイヤーが切れると駅が地上に落下する。どちらにしろ、大事故となる。」
「ワイヤーが切れることなんてあるんですか。」
「まあ、滅多にないだろうが、数Kgのスペースデブリが毎秒数Kmでぶつかるとどんなワイヤーも耐えられないだろう。」
「それは怖いですね。」
「そうじゃろ。そこでわしの発明を軌道エレベーターに応用することを考えた。簡単に言うと、駅に働く重力を無効化することで駅を空中に浮かせるのだ。駅と地上の間のワイヤーは駅に働く遠心力で張られる。このため、錘もいらん。万一、ワイヤーが切れても、重力を徐々に戻すことで駅はゆっくりと地上に着陸できる。極めて安全だ。反重力ではなく、重力の無効化というところが味噌じゃな。」
「すごい。もう完成しているんですか。」
「ああ、実験段階ではうまくいっている。」
「これなら投資家も十分に満足してくれるでしょう。実際に、見せてもらえるんでしょうか。」
「もちろんだ。では、早速お見せしよう。スイッチオン!」
装置はゆっくりと浮上し、ワイヤーがピンと張った。
「成功だ。ここまで随分時間が掛かりましたけど、とうとう完成しましたね。早速投資家に連絡します。」
エージェントは携帯電話で投資家を呼び出した。
「ん・・・、電話がつながらない。んんん、電波自体がない。これは衛星電話なので、地球上のどこでも繋がるはずなんですけど・・・。」
「電波状態が悪いのかもしれんのう。」
N博士はのほほんと答えた。
このころ世界中で衛星電話がつながらないという事態が発生していた。原因はこの軌道エレベーターの実験であった。重力無効化の影響は実験室のはるか上空の広い範囲に及んでいた。このため、実験室の上空を通る通信衛星が次々と軌道を変え、本来の通信機能を発揮できなくなっていたのだった。N博士もエージェントも莫大な損害が発生しつつあることを知る由もなかった。
おしまい
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