異世界への扉
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　一修．

　仕事、人間関係、家庭生活など、日頃の生活に疲れ果て、現世を逃げ出して別の人生を送りたいと願ったとき、人々の前に異世界への扉が現れた。異世界での活躍、例えば勇者や魔術師となって魔王と戦ったり、自然と動物に囲まれて平和に暮らしたり、錬金術師あるいは識者として名声を得るといったことを夢見て、人々は異世界への扉を開け、一歩を踏み出した。

　男Ａは扉を開けて一歩を踏み出した。そこは何もない宇宙空間だった。男Ａは星々を見ることもなく、ましてや宇宙であることを認識する間もなく、一瞬で絶命した。

　男Ｂは扉を開けて一歩を踏み出した。そこは水深１万ｍの深海だった。男Ｂは圧倒的な水圧のため一瞬で圧死した。

　男Ｃは扉を開けて一歩を踏み出した。そこには空気があり、呼吸をすることができた。しかし、それも高度数百ｍから地面に衝突するまでの数秒間のことだった。

　男Ｄは扉を開けて一歩を踏み出した。そこは砂漠だった。男Ｄは砂を踏みしめ歩き出した。しかし、ほどなく渇きの中で死亡した。

　男Ｅは扉を開けて一歩を踏み出した。そこは豊富な水と食料がある無人島だった。男Ｅは何の物語を紡ぐこともなく、無人島で一生を全うした。

　男Ｆは扉を開けて一歩を踏み出した。そこは、剣と魔法が支配する世界の城下町だった。そこでは王軍と魔王が戦いを繰り広げていた。男Ｆは生まれ持った剣の才能により勇者となって、伝説を作る可能性を秘めていた。しかし、世界に現れた直後、背後から迫った馬車に轢かれて人生を終えた。

　男Ｇは扉を開けて一歩を踏み出した。そこはダンジョンであった。豊富な食料と水があり、そして何より共に戦う仲間も居た。男Ｇは仲間ともにダンジョンの魔物を退治していった。そしてついにラスボスにも勝利した。しかし、その世界にはダンジョン以外には何も存在していなかった。男Ｇの武勇伝は語られることなく忘れられていった。

　男Ｈは異世界での活躍を夢見て異世界への扉から一歩を踏み出そうとしていた。

おしまい