大降(おおぶり)
大振(おおぶり)
-修.
夏のバイクが気持ち良いというのは幻想だ。ヘルメットもライダースーツも夏の太陽に晒されて熱を帯びる。走っていれば幾分か風が入るものの、涼しいには程遠い。ましてや止まった時はエンジンの熱を全身に浴びることになる。俺は少しでも涼めればと思い、標高1,000mを超える峠にツーリングに来ていた。
下界より10度近く気温が低いせいか、ヘルメットを取り、上着を脱ぐとそこそこの涼しさを感じることができた。峠は景色もよく、一時の爽快感を得ることもできた。しかし、涼しさにもすぐに慣れてしまい、やはり暑い。俺はさっさと峠を後にし、調べておいた帰路の途中の神社を訪れることにした。
この神社は、はるか昔、日照り続きで困った村人の願いを叶えて、恵みの雨を降らせてくれた神様が祀ってあるという。俺は帰りに夕立ちでも降れば少しは涼しくなるかと思い、お参りをすることにしたのだ。参道からはまあまあの景色も見られるようだ。
バイクを止め、参道を歩いていくと程無く拝殿にたどり着いた。拝殿は想像していたよりかなり立派で、大きな庇の下に周り廊下がめぐらされていた。神社には、社務所のような他の施設はなく、拝殿のみで無人のようであった。
拝殿は御扉が閉ざされ、中に鎮座されているであろう仏像は見ることができなかった。俺は賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らして心の中で喫緊のお願いをした。
「どうか雨でも降って、涼しくなりますように・・・」
祈りをささげた後、顔を見上げると御扉の横におみくじの販売機があった。販売機とはいっても、お金を入れると自動的におみくじが出てくるようなものではなく、販売機の下にはいつでも開ける蓋があり、その中からこれと思ったおみくじを取り出す仕組みであった。泥棒する奴はいないのだろうか・・・。俺は硬貨を販売機に投入し、1枚のおみくじを選び出した。
はて、大吉が出るだろうか。確率的には小吉とか、末吉がいいところだろうか。俺は何が出るのか期待を込めて、折りたたまれていたおみくじを開いた。そこには想像と違った運勢が書かれていた。
「大振」
ん?これは「大吉」なのか、「大凶」なのか、はたまた他の運勢なのか。恵みの雨を降らせた神様を祀った神社ならば、雨が大降りするのは大吉なのではないだろうか。俺は疑問を抱きつつ、おみくじの他の部分を読み進めた。
「願い事 叶う、健康 最大限注意すべし、金運 得難し、待ち人 来ず・・・ん、ん、ん?」
これはいい運勢なのだろうか、願いこそ叶うが、他は全滅であった。俺はおみくじの意味が分からないまま、まあこういうおみくじもあるのかと思いつつ、境内の木におみくじを結び付けた。
まさにそのとき雷の音が響いた。とっさに空を見上げると真黒な雲が迫っていた。これはすぐに通り雨が来るのではないか。雨をお願いした直後に振り出すとは、なんとご利益のあることだろうか。とは言え、全身びしょびしょになるのははばかれるため、俺は拝殿の周り廊下に避難した。大きな庇のため雨は避けられそうだ。
俺が避難した直後、辺りは土砂降りとなり、雨のしぶきで視界が白むほどであった。
「ぎりぎりだった。丁度神社に参っているときで助かった。」
俺はタイミングが良かったことに感謝しつつ雨を眺めていた。程無く、雨は小降りになったが、今度はばらばらと音を立てて雹が降ってきた。境内は雹が降り積もってきた。
「これはすごいな。」
こんなにひどい通り雨は久々であったが、俺は庇の下で雹が積もっていくのをぼんやり眺めていた。そのうち、また若干小降りになったかなと思いだしたころ、次に降ってきたものは想像を超えていた。
空から落ちてきたものは魚だった。俺は絶句した。おびただしい数の魚が空から降ってくる。境内は落ちてきた魚の死骸で埋まりつつあった。
「いったい何が起こっているのか。竜巻でもあったのだろうか・・・」
さらに空を見上げて、俺は目を疑った。次に降ってくるのは小舟であった。レジャーボートだろうか、それとも漁船か・・・。小舟はすさまじい音を立てて境内に落下して粉々になった。
落ちてくるものはさらに混沌を極めた。バケツ、看板、自転車、・・・。人以外のあらゆるものが降ってきた。もし拝殿の庇が丈夫でなければ、命の危機に晒されていたであろう。
落下物の騒音の中、俺はふと参道の方を見た、通常であれば参道方向は視界が開けていて、山の中腹の村々などを見ることができる景観が広がっているはずであった。しかし、そこには俺の想像をはるかに超える事態が起こっていた。
そこでは、通常の数百倍の大きさの月が太陽を覆い隠そうとしているところであった。かつて人類が見たことのない日食であった。そういえば気温は急激に下がってきている。月が降ってきている、俺は直感した。俺は月の落下による人類滅亡に思い及び、背筋が凍り付いた。
かくして願いは叶えられた。
-修.
夏のバイクが気持ち良いというのは幻想だ。ヘルメットもライダースーツも夏の太陽に晒されて熱を帯びる。走っていれば幾分か風が入るものの、涼しいには程遠い。ましてや止まった時はエンジンの熱を全身に浴びることになる。俺は少しでも涼めればと思い、標高1,000mを超える峠にツーリングに来ていた。
下界より10度近く気温が低いせいか、ヘルメットを取り、上着を脱ぐとそこそこの涼しさを感じることができた。峠は景色もよく、一時の爽快感を得ることもできた。しかし、涼しさにもすぐに慣れてしまい、やはり暑い。俺はさっさと峠を後にし、調べておいた帰路の途中の神社を訪れることにした。
この神社は、はるか昔、日照り続きで困った村人の願いを叶えて、恵みの雨を降らせてくれた神様が祀ってあるという。俺は帰りに夕立ちでも降れば少しは涼しくなるかと思い、お参りをすることにしたのだ。参道からはまあまあの景色も見られるようだ。
バイクを止め、参道を歩いていくと程無く拝殿にたどり着いた。拝殿は想像していたよりかなり立派で、大きな庇の下に周り廊下がめぐらされていた。神社には、社務所のような他の施設はなく、拝殿のみで無人のようであった。
拝殿は御扉が閉ざされ、中に鎮座されているであろう仏像は見ることができなかった。俺は賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らして心の中で喫緊のお願いをした。
「どうか雨でも降って、涼しくなりますように・・・」
祈りをささげた後、顔を見上げると御扉の横におみくじの販売機があった。販売機とはいっても、お金を入れると自動的におみくじが出てくるようなものではなく、販売機の下にはいつでも開ける蓋があり、その中からこれと思ったおみくじを取り出す仕組みであった。泥棒する奴はいないのだろうか・・・。俺は硬貨を販売機に投入し、1枚のおみくじを選び出した。
はて、大吉が出るだろうか。確率的には小吉とか、末吉がいいところだろうか。俺は何が出るのか期待を込めて、折りたたまれていたおみくじを開いた。そこには想像と違った運勢が書かれていた。
「大振」
ん?これは「大吉」なのか、「大凶」なのか、はたまた他の運勢なのか。恵みの雨を降らせた神様を祀った神社ならば、雨が大降りするのは大吉なのではないだろうか。俺は疑問を抱きつつ、おみくじの他の部分を読み進めた。
「願い事 叶う、健康 最大限注意すべし、金運 得難し、待ち人 来ず・・・ん、ん、ん?」
これはいい運勢なのだろうか、願いこそ叶うが、他は全滅であった。俺はおみくじの意味が分からないまま、まあこういうおみくじもあるのかと思いつつ、境内の木におみくじを結び付けた。
まさにそのとき雷の音が響いた。とっさに空を見上げると真黒な雲が迫っていた。これはすぐに通り雨が来るのではないか。雨をお願いした直後に振り出すとは、なんとご利益のあることだろうか。とは言え、全身びしょびしょになるのははばかれるため、俺は拝殿の周り廊下に避難した。大きな庇のため雨は避けられそうだ。
俺が避難した直後、辺りは土砂降りとなり、雨のしぶきで視界が白むほどであった。
「ぎりぎりだった。丁度神社に参っているときで助かった。」
俺はタイミングが良かったことに感謝しつつ雨を眺めていた。程無く、雨は小降りになったが、今度はばらばらと音を立てて雹が降ってきた。境内は雹が降り積もってきた。
「これはすごいな。」
こんなにひどい通り雨は久々であったが、俺は庇の下で雹が積もっていくのをぼんやり眺めていた。そのうち、また若干小降りになったかなと思いだしたころ、次に降ってきたものは想像を超えていた。
空から落ちてきたものは魚だった。俺は絶句した。おびただしい数の魚が空から降ってくる。境内は落ちてきた魚の死骸で埋まりつつあった。
「いったい何が起こっているのか。竜巻でもあったのだろうか・・・」
さらに空を見上げて、俺は目を疑った。次に降ってくるのは小舟であった。レジャーボートだろうか、それとも漁船か・・・。小舟はすさまじい音を立てて境内に落下して粉々になった。
落ちてくるものはさらに混沌を極めた。バケツ、看板、自転車、・・・。人以外のあらゆるものが降ってきた。もし拝殿の庇が丈夫でなければ、命の危機に晒されていたであろう。
落下物の騒音の中、俺はふと参道の方を見た、通常であれば参道方向は視界が開けていて、山の中腹の村々などを見ることができる景観が広がっているはずであった。しかし、そこには俺の想像をはるかに超える事態が起こっていた。
そこでは、通常の数百倍の大きさの月が太陽を覆い隠そうとしているところであった。かつて人類が見たことのない日食であった。そういえば気温は急激に下がってきている。月が降ってきている、俺は直感した。俺は月の落下による人類滅亡に思い及び、背筋が凍り付いた。
かくして願いは叶えられた。
1/1ページ