ヒーラーの憂鬱

 俺は会社を辞めた。ヒーラーに専念するためだ。スタートしたときは土日に数人を治療すれば良かったが、今や1日に百人程度の治療が必要となっており、土日だけでは到底まかないきれなくなっていた。このため郊外にある廃校を買い取ることにした。広い校庭は駐車場に使え、校舎の廊下や教室も待合室に持ってこいだった。幸い相談料はうなぎのぼりで増えており、難なく購入することができた。校舎には、売店や飲食店のテナントも入ってもらった。

 しかし規模を増やしたことで新たな厄介事が生じた。それは医師会からのクレームだった。俺の相談は医療行為であり、医師法に違反しているというものだった。実際には、患者とは会話しかしていないのだが、これが診断にあたるというクレームであった。難癖をつけているとしか思えないが、俺の診療所の周辺からは重病人が消え、先天性の障害も治っていっているので、医師会も必死だったのだろう。

 俺は顧問弁護士を雇うことにした。校舎内の空きの教室には弁護士事務所の出張所ができた。そもそも宣伝などしておらず、相談に乗るとしか言っていないのだが、法的に完ぺきな防衛をするためだ。医師会との紛争は続いているが、一応膠着状態には持ち込めた。

 規模を増やしたことで別の厄介事も生じた。それは反社の治療だった。俺にはその人の生涯が見えるため、その人の逮捕歴はもちろん、今まで行った窃盗、殺人、麻薬取引などすべての違法行為も知ることができた。このような人を治療することが世間のためになるのだろうか、俺は葛藤した。もし治療すると世間の迷惑になるかもしれない。かといって治療しないと後で報復を受けるかもしれない。そもそも反社の連中は列に並ばないし、それらしい格好の人たちが列にがいると他の人が怖がる。

 俺は顧問弁護士に相談し、反社は相談に乗らないと看板を出した。また身の安全を確保するため警備会社を雇うことにした。いくつかの教室が警備会社の防衛拠点となった。いよいよ俺の診療所は規模が大きくなっていった。すでに1分に1名くらいの治療ペースであったが、患者が移動する時間が惜しいため、動く歩道の設備を入れて、患者を強制的に動かすようにした。より効率よく進めるため工場自動化の専門家も雇った。俺の診療所はすでに千人程度のスタッフとなっていた。

 噂は海外にも知れ渡り、外国人の相談希望者も来るようになった。俺は、各国語の通訳を雇った。ここでも新たな厄介事が生じた。それは各国からの圧力であった。治療を一国だけで行うのは不公平であり、自分たちの国にも出張して治療すべきというものだった。既に俺の領域は超え、国家間の争いに発展していった。国は俺と診療所を防衛するため、診療所の周りに軍隊を駐屯させ、迎撃ミサイルや高射砲などを設置し、物々しい雰囲気となっていった。もはや基地の真ん中に診療所があるという構図となっていた。
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