くさび道
-修.
くさび道。修行の道は長かった。物心ついてすぐから、俺の一日は岩を見て過ごすことだった。
心の目で、どこかにある岩の崩壊面を見出すこと。崩壊面とは、科学的に言えば、分子間の結合の弱い面、あるいは生成の際に生じるわずかなほころび。ここに、適切なくさびを打つことで、一瞬で岩を真っ二つにすることができる。くさび道の適用範囲は岩に限らない。あらゆる建築物や構造物に及ぶ。
椅子に座って講義を受けている、この大学の校舎だって、くさび2、3本あれば崩壊させることができる。
破壊の奥義。俺は父親から生涯を掛けて、このくさび道を学んできた。くさび道は、そもそもは石工が岩を割るための技術だったが、転じて、城壁や城自体を一瞬で崩壊させる奥義へと発展したものだ。戦国時代には忍者と肩を並べる特殊能力だったと聞く。
しかし、最大の問題は、今現代において、何も使い道がないということだ。モノを壊せば器物損壊罪で捕まるのが関の山だろう。まあ、工事現場では需要もあろうが、鉄球に勝るほどではない。
くさび道を伝授した父親も、くさび道では食えんと、大学進学を進めた。くさび道だけを極めてきた俺に勉強ができるわけもなく、二流、いや三流に近い大学に滑り込み、今、眠たい文化人類学の授業を受けている。
高校までストイックに修行中心の生活を送ってきたが、大学に入り、少し考え方も変わってきた。修行ばかりの人生は何の面白みもない。大学に入ったからには、人並みに彼女でも作って、キャンパスライフをエンジョイするのも良いのではないだろうか。
そんなことを思いながら過ごす日々、この文化人類学の講義で、4列ほど前の席にいつも一人で座っている女性が気になるようになった。ほかの講義では見たことがないので、学部か、学科が別なのだろう。
ストレートのロングヘヤー、ミドル丈のワンピース。顔を近くで見たことはないが、遠目には少し美人系の顔だと思う。
講義中、チラ見すると、いつも熱心にノートを取っている。きっと、真面目なのだろう。しかし、いつも一人とは・・・。
友達はこの講義に興味がなかったのか、それとも、そもそも友達がいないのか・・・。彼女を見るたびに疑問と妄想が湧き、文化人類学の講義は全く頭に入ってこなかった。
そこで俺は思い立って、講義が終わった直後に彼女に話しかけてみることにした。
「あのー失礼ですが、でんでん虫のキャラクターがお好きではないですか?」
「はぁ?!」
彼女は驚いたように、広げたノートやテキストを見渡した。
「えっ、なんでわかったんですか・・・?」
俺には、彼女の、硬い心の殻の崩壊面も、どんなくさびを打てばいいかもわかっていたのだ。このことをきっかけに彼女と少し会話できるようになったのは、修行の成果と言ってよいだろう。
おしまい
くさび道。修行の道は長かった。物心ついてすぐから、俺の一日は岩を見て過ごすことだった。
心の目で、どこかにある岩の崩壊面を見出すこと。崩壊面とは、科学的に言えば、分子間の結合の弱い面、あるいは生成の際に生じるわずかなほころび。ここに、適切なくさびを打つことで、一瞬で岩を真っ二つにすることができる。くさび道の適用範囲は岩に限らない。あらゆる建築物や構造物に及ぶ。
椅子に座って講義を受けている、この大学の校舎だって、くさび2、3本あれば崩壊させることができる。
破壊の奥義。俺は父親から生涯を掛けて、このくさび道を学んできた。くさび道は、そもそもは石工が岩を割るための技術だったが、転じて、城壁や城自体を一瞬で崩壊させる奥義へと発展したものだ。戦国時代には忍者と肩を並べる特殊能力だったと聞く。
しかし、最大の問題は、今現代において、何も使い道がないということだ。モノを壊せば器物損壊罪で捕まるのが関の山だろう。まあ、工事現場では需要もあろうが、鉄球に勝るほどではない。
くさび道を伝授した父親も、くさび道では食えんと、大学進学を進めた。くさび道だけを極めてきた俺に勉強ができるわけもなく、二流、いや三流に近い大学に滑り込み、今、眠たい文化人類学の授業を受けている。
高校までストイックに修行中心の生活を送ってきたが、大学に入り、少し考え方も変わってきた。修行ばかりの人生は何の面白みもない。大学に入ったからには、人並みに彼女でも作って、キャンパスライフをエンジョイするのも良いのではないだろうか。
そんなことを思いながら過ごす日々、この文化人類学の講義で、4列ほど前の席にいつも一人で座っている女性が気になるようになった。ほかの講義では見たことがないので、学部か、学科が別なのだろう。
ストレートのロングヘヤー、ミドル丈のワンピース。顔を近くで見たことはないが、遠目には少し美人系の顔だと思う。
講義中、チラ見すると、いつも熱心にノートを取っている。きっと、真面目なのだろう。しかし、いつも一人とは・・・。
友達はこの講義に興味がなかったのか、それとも、そもそも友達がいないのか・・・。彼女を見るたびに疑問と妄想が湧き、文化人類学の講義は全く頭に入ってこなかった。
そこで俺は思い立って、講義が終わった直後に彼女に話しかけてみることにした。
「あのー失礼ですが、でんでん虫のキャラクターがお好きではないですか?」
「はぁ?!」
彼女は驚いたように、広げたノートやテキストを見渡した。
「えっ、なんでわかったんですか・・・?」
俺には、彼女の、硬い心の殻の崩壊面も、どんなくさびを打てばいいかもわかっていたのだ。このことをきっかけに彼女と少し会話できるようになったのは、修行の成果と言ってよいだろう。
おしまい
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