通勤税

 社会を劇的に変化させている通勤税の下、俺の勤める会社はどうか。ITリテラシーの低い、創業者でもあるワンマン社長が率いる中小企業は、資金力もなく、容易に地方に移動するということはできない。かといって、社長がIT化に疎いせいもあり、まだまだ紙の書類の残る会社ではテレワークは絶望的だ。しかし、何より俺がイラつくのは、決断が遅いということだ。他の会社がどんどん対策を打っていっているのに、うちの会社は本格施行が来年に迫る今まで、ずるずると対策を先延ばしにしてきたのだ。

 しかし、いよいよ今日は対策が発表される予定だ。もし会社が移転するとなると、俺が今住んでいるワンルームマンションは引っ越さないといけなくなるだろう。朝のエレベーターのラッシュは困ったものだが、マンションの廊下から遠くに東京スカイツリーが見えて、まあまあ気に入っていたのだが・・・。まあ、時代の流れとあきらめざるを得ないだろう。

 会社は、従業員50人程度の商社で、雑居ビルの5階の1フロア全体を占めている。たいして大きな会社ではないので、地方に行ったとしてもオフィスの調達に困ることはないだろう。俺は独身で入社10年目なので会社について行くが、従業員によってさよならになるだろう。それでも、現在は通勤税のおかげで労働者の移動が活発になっており、人材確保は容易だろう。

 朝礼の時間となり、社長がマイクを取った。いつもは、売り上げがどうの、商談の進捗がどうのと、興味の湧かない話が多いが、今日だけはみんな真剣な目をして聞いている。

「・・・といった理由から、我が社はバーチャル空間に移転することといたしました。」
「ん?」
 この社長は何を言い出したのだろうか。バーチャル空間に移転・・・って?
「まあ、一般的には完全テレワークということになるのでしょうが、現在の皆さんの環境をできるだけ維持した、よりリアリティのあるバーチャル空間を利用することにしたわけです。」
 要はテレワーク移行ということか、そんなしゃれたことがうちの会社でできるのだろうか。大いに疑問だ。しかも、あの社長の口から「バーチャル空間」なんて言葉が出るなんて・・・。

「皆さんには専用のノートPCとVRゴーグルを支給しますので、来週からは自宅からバーチャル空間の会社へ出社してください。」
 これは、たぶん社長がどこかのコンサルにそそのかされたに違いない。うまいこと言いくるめられ、法外なコンサル料を支払ったことだろう。バーチャル空間というと聞こえはいいが、成功した例はほとんどないのではないだろうか。いいとこ、マインクラフトくらいだろう。いやな予感しかしない。
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