分身

 そして間もなくスマホが鳴った。誰だろう。スマホの表示は5年前に別れた彼女の紗江だった。
「なぜ、今になって・・・」
 連絡先を消していなかった俺もどうかと思うが、紗江とは些細な行き違いから別れることになり、どこか未練があったのかもしれない。

「もしもし・・・」
 俺がスマホに出ると、相手は聞き覚えのない声だった。
「はじめまして、紗江の姉の芽依と申します。実は3日前に紗江が病気で亡くなりまして、お伝えしたいことがあります。こちらまでご足労願えませんでしょうか。」
「それはご愁傷さまです。いったいどういうご用件なのでしょうか。」
「はい、電話ではお伝えしにくいことですので、是非直接お話させていただきたいのです。会社の方は大丈夫かと思いますので、今から来ていただけますか。」

 「会社の方は大丈夫・・・?」だって、俺は言葉に引っ掛かった。今日はコピーの俺が出社しているから、確かに大丈夫ではあるが、コピーのことを知っているのか? 何を伝えられるのか分からないが、行かないわけにはいかなそうだ。
「わかりました。すぐに伺います。」


 伝えられた住所は電車で2駅の近所だった。姉の芽依は、どこかしら、亡くなった紗江に似ている。

「わざわざ、すみません。実は紗江には4歳になる息子が居ます。そして、その父親はあなたなのです。」
「なんですって・・・」
「紗江は一人で育てるつもりで産んだのですが、残念ながら病に伏し、3日前に亡くなってしまったのです。生前に、もし自分が死んだら、父親であるあなたに息子を託すように言われていました。そこで、今回ご足労願ったわけです。」

 まるでドラマのような展開だ。父親である男と別れた後に、その子供を産んでシングルマザーで育てていく。相当な覚悟が必要だっただろう。
「そうですか。父親としての責任は感じますが、私も独り身で仕事もあるので満足に育てられるか、自信がありません。」
「はい、私もシングルファーザーでは負担が大きかろうと思い、あなたをもう一人増やすことにしました。」

「えっ・・」
 何かさらっと重要なことを言わなかったか?

「一人増やしたって言いました? コピーのことですか?」
「はい。一人では難しくても、二人でならなんとかなると思いまして・・・」
「片方が会社に行って、もう片方が子育てするなら、確かになんとかなりはしますが・・・。いやそんなことではなく、いったいどうやって俺のコピーを作ったんですか?」

「それはまぁ、非科学的なやり方がありまして・・・」
「えぇぇ・・・」
 この女は、いや、紗江も含めてこの姉妹はいったい何者なんだろう。おそらく聞いても教えてくれないだろう。むしろ、教えてもらったが最後、戻れない深みへと入ってしまうかもしれない。俺は、コピーの俺を使いながら子育てをすることは逃れられないのだろうと確信した。腹をくくらざるを得ないようだ・・・

 しかし、俺には一つだけはっきりさせておきたいことがあった。
「子育ての件は分かりました。仕方ありません。でも、一つだけ気になっていることがあるんです。会社に行っている俺がコピーで、この俺はオリジナルなんですよね?」
 芽衣は少し考えこんだ後におもむろに話し始めた。
「どちらが・・・ってのはないですね。どちらもオリジナルというか・・・。そういう概念では捉えられませんので・・・」
 どうやら、「コピーを使って」は撤回しないといけないようだ。

おしまい
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