虹の贈り物

 「おじさん、何やってるの?」
 イリウスは突然の声に我に返った。地面から数十センチ高いところに位置する、全開となったエアロックからやや下向きに視線を移すと、数メートル先に無数の山羊を従えた少年がぽつんと立っていた。

 後ろの山羊達は倒れた木々の葉っぱを食べたり、折れた木々をかじったりしてうろうろしている。小さく「メェェェェ~~~~」と鳴いているのもいる。

 「…………。」
 イリウスは何が起こったのか認識するのにかなりの時間を費やしていた。そもそも、空にかかる虹に見とれていたせいもあるが、まさかエアロックを開けた瞬間に人間に会うことなど全く想定していなかったのだ。

 たかだか入植後100年程度の惑星である。人口密度など計算できないほど小さい。しかも、このような山々に人が住んでいる確率は皆無である。

 無作為に着陸した場所で、着陸直後に人間に会えることなど、アカバなら「有り得ない」と言いきってしまうだろう。しかし幻でも見間違いでもなく、そこには確かに少年が立っていた。

 少年は先程山の中腹でシャトルの着陸を見守っていたルーリであった。ルーリは、急ぎ足で斜面を下ってきたのであった。

 「これなに?宇宙船。」
 イリウスはかなりの努力をしてこれに答えた。
 「ああ。」
 イリウスは答えた瞬間に今までに母船のライブラリーで学んだ数多くのマニュアル、学術研究書の題名が頭をよぎった。

 非人類遭遇シュミレーション、爬虫類・哺乳類全般意思表現法、テレパシー会話シミュレーション、触覚型伝達マニュアル。しかし、すべてが役にたたないであろうことをイリウスは悟った。

 相手は人間で子供、言語も全く一緒。反応は母船の子供と大差ない。植民星なのだから当然といえば当然である。

 しかし、イリウスの受けた教育は目的地での不測の事態、即ち非人類との遭遇の危険性を第一にしていたので、この少年との遭遇は多少拍子抜けするものであったのだ。
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