福引を引く

食料と飲料と生活必需品も少し。不必要なものが随分と書かれたメモに目を通しながら、しかし買わねば総批判受けること間違いなしと容易に想像つくため許せる範囲で嗜好品も手に取る。隣でハーディが甘いやつめと朗らかに笑うが、こうして線引を譲らないことが兄としての威厳と信頼を更に強めることになるものさ、などとは心の内に留めて薄く笑って返す。
「それにしても随分買い込んだな。荷物持ちは構わんが日を別けても良かったんじゃないのか?」
「そうなんだが、メロトセロイが大人しく待たないからな…。後の対応を考えるとなるべく一度に済ませてしまいたい。」
「ワハハ!それもそうか!」
「お前が居てくれればその問題も解決するんだがな。」
そいつは無理な相談だな!と腕の旨味を誇らしげに見て笑う。趣味が実益を兼ねたといおうか、ハーディは料理の腕を買われ、人の世に上手く馴染み我が家の稼ぎ頭となっている。というよりまともにコミュニケーションを取れるゆえそうならざるを得なかったともいえるのだが。まあそれも理解している、頼りにしているよと肩を上げる。何の心配も入らないしっかりした弟だ。酔い癖さえ気を付けてもらえれば。

帰路の途中、カランカランと鐘の音と共に人の祝い声が響く。何事かと目を向ければ小さな屋台で福引のなるものをしていたようで。人通りの割にひっそりと催されるそれに大して関心はないが、ただ当たりも外れも偶然としか言いようがないそれに一喜一憂する人の心理にどうにも理解が及ばず、つい呆れが口をつく。
「くだらないな。あんな回りくどい真似をせずとも相応に手に入るものばかりだぞ。そんなものに価値があるとは到底思えないが。」
「まあこういうのは景品というより当たるか当たらぬか、その運否天賦を楽しむものなんじゃろ。勝負は時の運ともいうしな!」
「…それは意味が少し違わないか?」
そんなことを話していれば視線に気付いた男が手招きをする。立ち止まりまじまじと不躾に見ていた手前、ここで引くのも塩梅が悪いかと渋々立ち寄る。わりと興味があったのかハーディは喜々とした様子であった。
「…失礼、これはご無礼を。あまり見ないものでつい珍しくなりまして。」
「いいのいいの、もっと近く寄って見てってよ!ところで兄ちゃんたち荷物重そうで色々お疲れさんだね〜!どうだいここで一発1位でも当てて、気持ちよく休暇を満喫したりしてみたくないかい?」
「申し出大変有難いのですが、あまり時間が…」
「ワハハ!良いなぁそれ!どれ試しだ、一度やってみるか!」
「…………。」
こちらのことなど気にも留めずといった風でさっそくとカラコロと乾いた音が鳴り始める。相変わらずのお人好しと物好きさに多少呆れつつ、身を縮こませ丁寧に回す奇妙な姿はなかなか面白いものが見れたなと全く関係ないのないところで溜飲が下がる。
「む?」
「あっ」
「?」
どうやら結果が出たようで。別に興味がある訳ではないが付き合った以上見届けないのも気持ちが悪く、手元を覗き込む。これだけのためだろう物に随分と派手な色で飾り付けられているものだ。
「わぁ〜!あっ、当たりです!大当たり〜!!」
ハンドベルを思いっきり振り鳴らし、まさかと驚きで声をひっくり返して男が言う。
至近距離から突然の大声に不覚にも肩が跳ね、さすがに油断がすぎたと自身の非を込めてハーディを見れば互いに気まずそうな視線がかち合った。
「いやぁすごいね兄ちゃん…まさか一発で引いちゃうとはなぁ!これが1位のペア旅行券さね!兄ちゃん同士ゆっくり羽を休ませるのもいいぞ!」
「…細工でもするものかと。意外とバカ正直なんだな…。」
「まあまあまあ儂の運が相当良かったってことじゃろ!感謝するぞ男よ、有り難く頂戴するとしよう!ワハハ!」
「こちらとしても喜んでもらえて何よりだよ、ところでそっちのキレイな兄ちゃんもどうだい?上位は出ちゃったけどまだ当たりは残ってるよ〜!」
「いえ、私は見ているだけで十分ですので。」
「珍し〜い良い機会だぞ!一発いっとけいっとけ!」
強引に進める男と言葉尻をとりここぞとばかりに面白がって便乗するハーディに押され、まあ身をもって体験しておくこともまた一興かと、渋々と持ち手を手に取るも。
「…………。」
「あぁおしかったねー!これはもしかしたら大きい兄ちゃんが先に運使い切っちゃったのかもしれないなぁ…。」
「なるほど、つまり儂が先に引いたのも何かの縁だったかもしれぬということか。確かにこれはなかなかためになったなワハハ!」
肘で小突かれ身体が揺れる。弁明とも同情ともつかないセリフが男から続くがそんな事は一切興味がない。
ただ自分の意も力も関与しないものというのに惜しいも何も、運のありようが先か後かで何が関係あるものかと。現にハーディの当てたものがなくなっただけで当たりはまだそのまま存在しているだろうに。
そんな破綻した理論でまるで敗北のように扱われる事が腑に落ちず、男の手元に追加の料金を置く。
「あれ、もう1回やるのかい?」
「…当たりはまだ残っているのでしょう。なら後も先も関係ないと思いますのでそれだけはぜひ証明させて頂きたく思うのですが。」
「おっとこれはなかなか負けず嫌いな兄ちゃんだったか!いいよいいよ、兄ちゃんの熱いとこどんどん見せてくれ!」



「どうやらこれでお分かり頂けたかと。」
翡翠に彩られた玉が3人に見守られ鎮座する。
紛うことなき当たりだと、これは参ったと力なく項垂れベルを鳴らす男と、どこか感心したようなハーディの視線が心地良い。所詮人の世の道理などこんなものだ。
「さすがだなぁ兄ちゃん…確かに運に惜しいも何もないね、その通りだったよ…。」
「意外となるようにはなるんじゃな。これは儂の完敗か。」
「勝ちも負けもないのが持論だ。…では私達はここで。長居してしまい申し訳ありません、おかげで楽しめました。」
「いやいや楽しんでもらえたのが何よりだよ、また立ち寄ってくれよ兄ちゃん達!」
「機会があれば、ぜひ。」
諸々を手渡され、未だ手を振る男を横目に会釈して去る。
そうして勢いに任せて増えた旅行券と観葉植物を見やる。あれ程不必要ものを厳選しておいてどう見てもそれ以上に不必要なものを手土産だと渡したところでイヴェリス、主にオルレットからは嫌味の格好の的になるだろう事は容易に想像がつき、どう説明したものかと頭を抱える。多少熱くなったかもしれないという自覚はなくもないが、流れを思えば事故といえば事故だ。一層のことクラヴィスの連中に送り付けてやるかなどと考えていれば、単純に土産でいいじゃないかと快活にハーディが笑う。
「…それで納得すると思うか?」
「そんなもの最初からしとるさ!信を置くゆえの素直さと甘えよ、多少我儘が出る事は致し方なしという訳だ。勿論儂もなんじゃがなワハハ!」
「…自覚があるなら改善してもらえると助かるんだが。」
「肝には銘じおこう!」
なるほど。そうない機会を純粋に楽しんでいたのだとすれば、随分と気乗りしていた理由も納得できる言い分である。調子のいい奴らだと溜め息が出るが、兄の威厳としてそれくらいは快く受け止めてやろう。
弟妹の怪訝そうな表情が目に浮かぶのを苦笑し、もう少しだけ意識してゆっくりと、ハーディと二人帰途をついた。




その後ろで福引の男が「まさか最後の1つになるまで当たりが出ないなんてさすがに驚いたよ〜!」などと話していることは、勿論知る由もない話である。

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