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三年生

三年生 2




────伊作、くん
そうやってまだ慣れないであろう呼び方で僕のことを呼んでくれるのは、くノ一教室三年生(になったばかり!)の南城さつき…もといさっちゃんだった。


ふふふ、と少し笑顔を浮かべながら彼女の声を脳内で反芻する。彼女がそうやって僕の名前を読んでくれるならば、僕は彼女のことを「さっちゃん」と、そう呼び返すのだ。
さっちゃん、との呼び方をする男の子はきっと僕だけだろう!僕だけ、しっかりと許可を得て、呼んでもいいと言われているのだからコレは独占だ。独占…。

(いい響きだなぁ…)
そんなことを思いながら、今年も無事に保健委員会に選抜された僕は、今年初の委員会活動に参加するために医務室へと向かっていた。
さっきから幸運だなぁ〜と、僕はふわふわした様子でのんびり歩いて、いたのだ。

「うっわっ!っえ、うわあっ!!」
ズルンッ!と木の葉に足を取られ、そのまま落とし穴に落ちてしまったのは不運だからだろうか、浮かれていたからだろうか、
どすんっと受身を取りつつ落ちた穴の底で、僕は不運だ…と思う前にふふふとまた頬が緩んでしまうのだ。


「にしても今年に入ってから落ちることが益々多くなったなぁ…」
一年生の綾部喜八郎、トラップ作りが好きな後輩が入学してきてから、僕の穴へ落ちる確率は格段に増えた。一年生の掘った穴に落ちるなんて…と思うが、上級生が落ちていることもあるので天才的な作りの穴なのだろう。

「それにしても、やっぱりここを這い上がるのは無理だよなぁ…」
何メートル掘ったのだろうか。日差しが僅かに差し込むその穴の奥で「あー、また委員会に遅刻…いや、欠席することになるのかなぁ」などと呑気に考えている時だった。


「伊作くん…?」
「みな……ッさっちゃん!」
流石!我らが保健委員の救世主さっちゃん!ドロドロの姿を見られたくなくてゴシゴシと服でドロを拭う。結局服も汚れているのだから土汚れが取れることはなかったんだけども

「大丈夫?怪我はしてない?」
「う、うん!ありがとう。」
「ちょっと待っててね、縄を持ってくるから」

そう言ってかけて行った彼女を僕は空を見上げながら待っていた。

(委員会は彼女と行こう。そうだ、すこーしだけ寄り道して行けば桜の木の下を通ることが出来る。まだ満開とまでは行かないが、少しは咲いている頃だろう。きっと彼女なら「綺麗」と言って喜んでくれるはずだ。)

そんなこれからの事を考えてふふふとまた一人で笑みを零せば、「伊作くん、縄落とすね」といった声が上から聞こえてきたのだ。

「あっ?!う、うん、お願い…………ッンぶっ」
「ご、ごめんなさいっ!」
落ちてきた縄を顔面で受け止めるところが地味に不運だなぁと思ってしまう。いくら幸運だと言われる彼女が落としてくれた縄だからといって上手く落ちてくれる訳では無い。自分の不運の強さに少し苦笑いしながらも落としてくれた縄に掴まり、ゆっくりと上に登って行った。

「ありがとう…さっちゃん」
「ううん!全然だよ」

じゃあね、と立ち去っていこうとする彼女を反射的に呼び止める。

「えっ?医務室に行かないの?」

「……うん。……あの、ね、」
振り向き際に彼女は少し眉をひそめてこう言ったのだ。

「私ね…今年は、……保健委員会じゃないの」



***

その後一人寂しく少し遠回りをして、まだ満開ではない桜を少し眺めてからとぼとぼと医務室へと向かった。
先輩や後輩の委員会の皆には「遅いぞ善法寺!」だなんて怒られたけども、衣服の土汚れから直ぐに察してくれた様子だった。

「おい、善法寺……善法寺、善法寺伊作ッ!」
「…ッは!はいっ!」
「…お前体調でも悪いのか?」
「いっいえ、大丈夫…です。」
何かあったら言えよ、という先輩の優しさが身に染みる。後輩だって皆「大丈夫ですか先輩」だなんて気遣ってくれる。

大丈夫、ありがとう。と小さく返事をして、また僕はついぼんやりと一日を過ごしてしまったのだ。


ーーー


ぼんやりと委員会に行ってぼんやりと終わってぼんやりと僕は長屋に帰ってきた。どうしても今日は医務室で勉強する気にはなれなかった。

「お、伊作珍しいな」
「留三郎…」
同室の食満留三郎、彼は自室で何やら修理をしているようだった。

「どうしたの?それ」
「後輩がやらかしてよ、先輩にバレる前に直しておこうかと思ってな」
「相変わらず優しいね、留三郎」
「…伊作、どうかしたのか?」
留三郎はそう言うと修繕の手を止めてじっとこちらを見つめてきた。「体調悪そうには見えないしなぁ」という所が流石、三年間同室だったことだけあるなぁと感心してしまう。

「いや、…大丈夫だよ」
「そんなにさつきと別の委員会になったことがショックなのか?」
「……ッえぇ?!?!」
「はは、わかりやすいんだよお前は」
くしゃりと笑う留三郎に言い当てられて顔が熱くなる。

「勘弁してよ〜…」
「まぁ、お前らいつも一緒だったしな」
「そっそんなこと………」
あったかも、しれない。

委員会の時はいつだって彼女がそばにいてくれて、色々話をしたり薬草を摘みに何度も行ったりしたのだ。彼女といると嬉しくて、楽しくて、笑顔を見る度に胸が締め付けられるようで、

「まぁ、さつきは図書委員みたいだし、少し様子見に行ってきたらどうだ?ついでに『忍者の武器の戦い方』を借りてきてくれ」
と、さらりと留三郎は僕に用事をお願いしつつ、そうやって用事をくれたのだ。

優しいやつだ。留三郎には忍者に向いてないとよく言われる僕だったが、留三郎だって向いてないだろう。

「ありがとう留三郎」
「おー、ゆっくりでいいからな」
そうして留三郎が作業に戻ると同時に僕も部屋の戸を閉めて駆け出したのだ。
一刻も早く、一目でいいから、会いたいと思ったのだ。


***


「それで、これが…ここね」
「………、…、…。」
「ふむふむ、それがここで、これは?」
「……、…………。」
「あ!わかった!そっか、そうだよね、」

図書室に入る前に中の様子を探ろうと部屋の中へと聞き耳を立てる。すると中からはポソポソとさっちゃんの声らしき声が僅かながら聞こえてくる。
一人で話しているわけがないので、きっと相手は三年の中在家長次だろう。ずるい。

長次とさっちゃんは幼なじみだった。実家が近くて、長期休み前後は必ず一緒に帰って一緒に忍術学園に来ていた。両親も仲が良いらしく小さい頃から二人で遊んでいたらしい。

そんな二人だ、仲良さげに委員会活動をしているのも頷ける。さっちゃんも、初めて他の委員会に所属したのだ。知っている人がいるだけで安心だろうし、仲良く色々教えて貰っているのもわかる。
わかる。のだが、

(なんだろ…)
もやもやとした気持ちを抱えながら二人の声に聞き耳をたてていると、後ろから「何をしとるんだお前は…」と急に声を掛けられた。

「ひぇっ!あ、文次郎…?」
「お前はこんな所で何をしとるんだ…。先に入るぞ」
「あっちょ、まっっ!!」

ガラリと戸を開けてずかずかと入り込んでいくこの男!雰囲気を知らないのか空気を読んで欲しい。
とも思ったけどそんな風には空気を壊してくれた文次郎に少し僕は心の中で感謝をした。

だってさっきまでの雰囲気は、まるで、

「………文次郎にしては、珍しい、な」
「あ〜、馬鹿留三郎のやつが早く本を返さないと長次がキレるぞって脅してくるからよぉ」
「……まだ何も言ってない、が、その気持ちをこれからも持つように。」

そうして受け取った本を返却する為に、文次郎と長次は図書室の奥へと向かっていった。さっちゃんは、こちらに気付いたのか、僕を見てはにこっと笑顔を浮かべて手を振ってきてくれたのだ。

「伊作くん、どうしたの?なにか借りに来てくれたの?」
「えっあーあはは!あ!留三郎にちょっとお願いされて!」
「あ、留三郎なにか修理してたでしょう?くノ一の子が壊しちゃったみたいで…ごめんね」
「いや!直してるのは僕じゃないから」
「あっそうだね!」

ふふふ、と笑う彼女をみて、こうして会話をして、「ああ、幸せだなぁ」と思うのは、この気持ちが抑えられずにふにゃりと頬が緩むのが分かった。

「それで留三郎が『忍者の武器の戦い方』を借りてきて欲しいって」
「あ!それなら丁度さっき見つけたよ。長次とね「この本、留三郎とか文次郎が好きそうだね」って話してたの。」
「そっ…かぁ」
「こっちにあるよ」

そうして留三郎お目当ての本を手に入れた僕だったが、もう少しここに、そばに居たくて、「僕も薬草の本を借りようかな」だなんて借りる予定がなかった本を探すことにしたのだ。

「一緒に探そうか?」とさっちゃんは声を掛けてくれたけど、今回は断った。長次も文次郎の返却手続きが終わって別の仕事に取り掛かろうとしているところだ。きっとさっちゃんに教える事もあるだろう。

「僕は大丈夫。もう少し見てから、借りるものがあったら声をかけさせて貰うよ」
「そう…?じゃあ、いつでも声を掛けてね」
ゆっくりしていってね

そう言う彼女のセリフを聞いて、やはり別の委員会になってしまったのだと思い知ってしまった僕はちくりと胸が痛んだのだ。

長次の元へ行く彼女の後ろ姿を見て、手の中の本が少しくしゃりと音を立ててしまったのだ。


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