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四年生

四年生


忍術学園でもいつの間にか日数が過ぎ、僕達は上級生となった。
上級生となるにあたって先生方から一人一人面談の時間が設けられる。質問内容としては「本当に忍者になる覚悟はあるのか?」との質問だった。
僕も、山田先生に呼び出されて、面談を受けた。


「覚悟はあるんだな?」
「……あります」
「これから辛いことが起きるかもしれない。その時、何よりも自分の命を優先させないといけない場面も来るだろう。
……それは、お前と同室の食満留三郎を見捨てなければならない場面かもしれない。」
「………、はい」
「………四年の時分ではまだ、辛い任務は少ないだろう。しかし、覚悟しておけよ善法寺。
人とは簡単に死んでしまうもので、それは酷く呆気なくて、こんな時代だからこそ、後悔のないように生きていくように、」

「…先生、僕は………、今はまだ、言葉に出来ませんが、みんなの力になりたいと、思っています。」
「…善法寺。お前は優しい。だがそれが仇になる時もある。
これからの経験が、お前をどう成長させるのか、私はお前を見守ろう。」

そういう山田先生は酷く悲しそうに笑ってみせた。
そんな辛い笑顔を見た今の僕は、まだ、その笑顔の意味が分かっていなかったのだ。
先生は、言葉にして伝えてくれていたのに。それがわかった時には、もう既に遅かったのだろう。


ーーー



「道を開けろ!!早く!医務室へ!!」
「大丈夫か?!返事をしろ!!」
「善法寺!包帯と湯を大量に持ってこい!」
「は…っはい!」

運ばれてきたのは六年の先輩だった。
どうにかして血を止めようと、先生方や上級生達で懸命に治療を行ったが、彼はいつの間にか事切れていたらしい。少しだけ笑っているように見えるその表情が酷く辛かった。

彼がこうして血にまみれてまで忍術学園に辿り着いたのは、任務を最後まで遂行する為だ。
しかし、これ程までに危険な任務ではなかったらしい。油断したのか、ミスをしてしまったのか、想定外のことが起きたのか、…運が悪かったのか

『簡単な任務だったはずだ』
『ここまで酷い事をされるだなんて…』
と囁かれる度に、そのような想定外も有り得るのだと、僕はその時その話を聞くことしか出来なかった。



「…………。」
冷たくなっていくその先輩の身体を見ていると、心が締め付けられるのがわかった。もう、彼は動かないとのだと、声を出すことが出来ないのだと、

そう自覚すれば体の震えが止まらなかった。

(……っ……怖い…)
人とは簡単に死んでしまうのだと、そう思うと背筋が凍りつくようだった。

ーーー何がいちばん怖いかと言うと、自分の死ではなく、
思いを寄せる彼女が死ぬ事に対してだった。

サァと血の気が引くのがわかる。

もし、彼女が同じように運ばれてきたら?
自分は、彼女を、守ることが出来るのか?

逆に、自分がもし死に直面したら?
先輩のように、後悔のない顔で、笑って、終えることが出来るのだろうか?

(……後悔が、多すぎる。)
ぎゅっと握った手のひらから痛みが伝わってきた。そう、後悔なんて沢山ある。沢山あるけど、

(この気持ちを…抱えたまま、終わるなんてことは、したくない。)

そうして固まった決意を形にしようと思った。
しかし意気込んだその次の日からは実践の訓練があったので、それが終わった晩に彼女と会うことにした。(不運だ…)




ーーー

「土井先生、四年は組善法寺伊作、食満留三郎。ただ今戻りました。」
「二人共早いじゃないか!一番だぞ」
「今日は伊作の不運も何故か少なくて、すんなりと終わりました。」
「い組ろ組もすぐ戻るだろう。少し休んでおきなさい。」
「はい。」

近くの気にもたれ掛かるように腰を下ろす。ふう、と一息ついた所だったが、留三郎は少し興奮気味だった。
「おい伊作!今日は俺らが一番だってよ!」
「そうみたいだね。」
「俺らが早いっていつぶりだよ?!今日はやけに上手くいったもんな!伊作の不運もなかったし!」
「そうだよね」
「………………なんか怒ってるのか?」

「怒ってなんかないよ?!」
「いや…様子がおかしいからよ」

体調悪くなったりしたら言えよ。
と留三郎はそれだけ言ってそっと離れていった。なにやら気を使わせてしまったようで少し申し訳ない気持ちになる。

「はぁ…。」
月夜に浮かぶ満月を見ながらぼんやりと彼女へと思いを馳せる。
僕は、彼女に何をすることが出来るのだろうか。何も出来ないが、それを埋める為に伝えるのだろうか。

伝えて、その後なんて今は考えられない。
自分の全てを彼女に伝えたい、というその思いだけが膨らんでいく。

そうしてしばらくぼんやりとしていたら、皆無事に帰ってきた様子だった。

「やけに早いじゃないか」
「あ、仙蔵お疲れ様」
「不運もなかったと聞いたぞ」
「…うん、ちょっと頑張ってみたんだ。今日は、大事な日だから。」
「………そうか。」

仙蔵は一言そう言って僕の傍から離れていった。そして、なにやらろ組の方へと行き、そこで少し話した後、ゆっくりと長次がこちらに向かってきた。
ーーーー今はあまり、長次と会いたくはない……ような、気がするんだけども。


「…………伊作」
「長次、お疲れ様。」
「ああ………仙蔵から聞いたが…」
「……はは。仙蔵にはやっぱりバレてたよね。………だって…好きなんだ。ずっと傍にいたい。優しくしたい。笑顔にしてあげたい。幸せに…したいんだ。」
「……本気なんだな。」
「うん」
そうして長次の方を向けば、彼は優しく微笑んでから「それなら、大事にしてくれ。」と言われて、

何故か子猫を渡されてしまった。

みゃあー、と可愛らしい声を出す猫は真っ黒の子猫のようで、この闇夜に溶けてしまいそうな綺麗な色をしていた。

「ーーーーえ?猫?」
「……幸せに、してくれるのだろう?」
「んん……??」

よく分からず腕の中でミャアと鳴く黒猫は可愛らしく温かかった。しかし、今はこの黒猫の事ではなくて!
「いや、あの、猫の話じゃなくて…」
「……分かっている。さつきの事だろう」
ぼそ、っと長次が囁くその言葉を聞き漏らさないように耳を澄ませた。

「…さつきの事は大事に思っている……。
でも、彼女は、私の妹のようなものだと、そういう感情しか持ち合わせていない。…伊作なら任せていいと思っている。
………、だから、泣かせるなよ」

ミャア!と僕が返事をする前に子猫が元気よく返事を返した。僕も負けじと「当然だよ」と返事をすれば、長次は怒った表情ではなく自然な笑みを零していた。
その表情に気を取られた隙に、腕の中の黒猫は突然暴れだし、少し引っ掻かれてしまった。その猫は長次のあとを追うようにして僕を後にした。

黒猫は、日本では不吉の象徴とも言われるけど、海外では幸福の象徴らしい。

ぐっと決意を固めると同時に拳を握り込めば、また気持ちがより一層固まった気がした。


ーーー


「っよし!ただいま!おかえり!行ってきます!」
「おい伊作っ!どこ行くんだよ!」
「ちょっと用事〜〜〜!先に風呂も行ってていいよ!留三郎は先に寝てて!」
「早めに帰ってこいよ!」

バタバタバタ!と騒がしい長屋を後にして、僕はとにかく早く彼女に会いたかった。
今日はくノ一教室が当番の日だ。さっちゃんと、後輩のナツミが当番だろう。

足音を極力消して医務室へと向かう。小さく笑い声が聞こえる医務室まで来れば、もう後戻りはできない。

戸に手をかけて一息つく。そして、覚悟を決めてそこを開いた。
「さっちゃん!」
「えっ?!い、伊作くんっ?!今日の実習は…?」
「もう終わって…それで帰ってきたんだ」
「そっかぁ。怪我はない?体調はどう?無理はしてない?」
「………うん。大丈夫。あの、ナツミ、少しさっちゃん借りるよ」
そうして後輩に一声かけて、返事が返ってくる前にさっちゃんの腕を強く引いた。彼女は驚いて「っえェぇ?!」と少し変わった声を出していたがそんな所も可愛く思いながらも強引に手を引いて彼女を連れ出した。

「えっ?あの、えっ?!な、ナツミちゃ、あのっ!すぐ戻るからね〜……!」
そう言い残せば優秀な後輩は笑顔で「分かりました!」と返事を返すのだ。

僕はそこの声を背に、彼女の細い腕を掴んで少し早足で歩き始めた。

向かうは、彼女がよく居るあの長屋の物陰だった。


ーーー


「い、伊作くん……?」
何が起きているのか、何処に向かうのか。
分からないままにとりあえず自分に着いてくる彼女に少し申し訳なさを感じながら歩みを進めていると、ついにその場所へと到着してしまっていた。手のひらには柔らかな彼女の体温を感じる。意識すればまた少し手に力がこもってしまうのがわかった。

少し歩けば着いてしまうその場所は、彼女のお気に入りで、来るのは久々気持ちになった。
いつもここで、色々話を聞いていたなぁだなんて少し感慨深くなってしまった。そう言えば屋根の上へと登れば月が綺麗に見えそうな事に気がついたのだ。

「さっちゃん、少し登らない?」
実習で疲れているはずなのに、身体はすこぶる元気に満ち溢れていた。
うん、と返事をする彼女の前に自分が屋根の上へとかけ昇る。その後、登ろうとする彼女に手を伸ばして引き上げる。

留三郎となら瓦で滑って二人で落ちるのが流れだけど、勿論さっちゃんとだからそんな事にはならなかった。
上に登って腰をかければ、月が綺麗に昇っていた。満月に近い今日の夜はとても心地がいい。そよそよと流れる風も、寒すぎる風ではなく、包み込んでくれるような風だった。


「…………………。」
「……。」

そうして風を堪能するのもいいが、やはり何も無いと沈黙も流れてしまう。

(そうだ、今日は、伝えるんだ。)
「さっちゃん、あの、 さ 」
「……どうしたの?」
そよそよと流れる風が彼女の黒髪を揺らす。出会った頃は肩くらいの長さだったのに、四年生になった彼女の髪は少し伸びて、今は肩より少し下くらいまで伸びている。サラサラと流れる綺麗な黒髪はつい見蕩れてしまうほどに美しいと思った。そして、その髪に指を通して抑える彼女の横顔がまた可愛くて、綺麗で、

「………あの、」
落ちた黒髪は彼女の顔を少し影に隠す。しかしその彼女の姿を照らす月の明かりは増す一方だった。

月明かりの陰影に浮かぶ彼女が美しくて、可愛くて、綺麗で、優しく微笑んだその笑顔をずっと、ずっと、守りたいと、見ていたいと、そう思ったんだ。

「僕、さっちゃんのことが好きなんだ」
想いは言葉に、
自分の想像よりもすんなりと溢れ出たのだった。
零れた、と言うよりも溢れたに近かった。彼女への思いが、止まらなかったのだ。

「………っぇ?」
「僕、さっちゃんの事が……南城さつきさんの事が、好きなんです。」


「……………ぇっ……?!」


「僕、君の事が「わっ!!も!!もういいよ!!伊作くんっ!!!」
バタバタと忙しなく両手をばたつかせる彼女の仕草にふっと笑ってしまう。言ってしまえば簡単なものだ。彼女に自分の思いが伝えられたと、ほっと胸を撫で下ろせばやけに満たされた気持ちになった。

そうして一安心、と心を落ち着かせていると、手のひらが温かく包み込まれるのだった。

ふと見れば彼女は、顔をこれでもかと赤くして自分の手を握っていたのだ。少し汗ばむその手のひらから緊張が伝わってくるようだった。



「い、ィさくくん、っ、あの、……」
緊張からか声が裏返ってしまった彼女に少し笑いが込み上げる。「うん?」と返事を返しながら優しく笑顔を向ければ、彼女はまたぎゅっと強く腕に力を込めた。

「わ、私………私も………、私も、伊作くんの事が……すき、です」
「……………………………えっ」
今、さっちゃん、なんて言った?なんて言ったっけ?自分の都合のいい解釈で聞き間違えてしまだたのか?好き、って聞こえたけど?僕のことさっちゃんも、好きって!ん?いや、そんなはずはないだろうじゃあ夢だこれはドリーム夢だ、夢なら有り得る有り得るありがとう夢の世界最高の夢をありがとういやそんなわけないだろ夢なわけがないだって手のひらに柔らかい温かいさっちゃんの手のひらの感覚があるしそんな、えっ待って嘘だろうえっ?えっ?
「………えっ?ええええええーーーっっ?!?!」
「なっなんでそんなに驚くのっ?!」
「だっ、だって、えっ、嘘、そんな、えっ、さっちゃん?!う、嘘だ…そんな、そんなは、ずわァああぁァっ?!」
「きゃーーーっ!!!い、伊作くんっ!?!大丈夫ーーっ?!」

そうして屋根から滑り落ちてしかもその下にあった落とし穴にはまった僕は、実習ではかすり傷のみだったのに(しかもそのかすり傷は長次の連れてきた黒猫のせい)落ちたせいで肩の脱臼、擦り傷切り傷打ち身に内出血までしてしまったが、その後医務室で指を絡ませて手を繋いだ事とか、彼女の真っ赤に染まった表情から、ああ、やっぱり夢じゃなくて現実なんだと痛みとともに実感することが出来たから、怪我も悪くないなぁなんて思ってしまったんだ。



ーーーーー
そうして屋根から穴へ落ちた僕は無事に同室の食満留三郎(風呂上がりver)に引き上げてもらい、ついでに医務室まで運んでもらったのだった。

(さっちゃんが怪我をみてくれるって!)

にやにやしながら医務室に運ばれていく僕はかなり奇妙な姿だったろうけど、そんなことはどうでもいいほどに顔がにやけてしまっていた。

「ったくよ!なんであんな所に落ちるんだよ!」
「あはは…すまない留三郎〜」
「あーハイハイ。ったくよ…もう一回入るか…」
そうして僕を医務室まで運んできた留三郎が背を向けた瞬間だった。

「あ!まって留三郎!伊作くんの身体抑えてて!」
「え?あ、ああ、別にいいけどよ」
「ありがとう。じゃあ、伊作くん、ちょっだけ歯を食いしばってね…………脱臼した肩、入れるからね」
「…………え"っ?い、いや、僕は自分で入れるよ!というか大丈夫、本当に、あの!その、脱臼とか!してないし!」
「…………伊作、あきらめろ」
「いくよーっ!せーのっ!」

「イ"ッ〜〜〜〜ッだァ!!!」
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