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三年生





三年生にもなると周りは「家の事情」や「学園の体制に合わない」などの理由で学園を辞めていくものも多い。年齢的にもひとつの区切りなのかとも思われる。
その中、自分達の周りは辞めずに、無事進級できたものばかりで囲まれているので、これほど素晴らしいことは無いだろう。


「お、さつき」
「留三郎くん、久しぶり。善法寺くんも」
「ぇ、あ、南城さん、久しぶり…、」
「お前らは久々じゃないだろ」
「えへへ〜、だってつい、」
「にしてもお前も進級出来てたんだな。まぁ頭はいいもんな!」
「なにその言い方〜!」

きゃっきゃっと仲良さげに話す食満留三郎と南城さつきを横目に、善法寺伊作はただただ目を丸くしていた。

「じゃあそろそろいくか、じゃあなさつき」
「うん。またね、留三郎、善法寺くん」
「おー」
「ま、またね………」

伊作の頭の中でぐるぐると今の二人の会話が脳内を回る。
(え、南城さん、南城さんの、え?南城さんの名前はさつきって知ってたけど、いや、知ってるかどうかじゃなくてなんでどうしてそれを留三郎の口から聞いたのかという話でしかもその聞いたあとに、さつ…南城さん、の口からも留三郎っていう声が聞こえたんだけどそれっていやまさかいやいやそんな留三郎と彼女接点なかったよね?僕の方があるよね?絶対絶対委員会二年間みっちり一緒だった僕の方が接点あるよね?どう考えてもあるよねいや別に彼女が留三郎と仲良くなろうがそれはいいことなんだけど、いや、でも、なんで、そんな、別に、僕には関係の無いことなんだけど、でも、いやなんでこんな感情があるのか僕には…
………………わから、ない、けど。)


確認せずには、いられなかったのだ。
今の自分のこの気持ちがなんなのか、今の僕は、
分からないけど



「と、………留三郎、今…名前…」
「名前?」
「南城さん、のこと、さつき…………って、」
「ん?ああ、委員会で一緒のくのたまが「さつき!さつき!」って連呼するもんだからさ〜、つい釣られるんだよな。まぁ、さつき本人もいいって言ってたからいいだろ」
「ぼ、………だって…………っ…!」
「ん?」
「ぼっ僕だって呼んだことないのに!!!」
「はぁ〜?じゃあ呼べばいいじゃねぇか」
「無理に決まってるだろこの馬鹿留三郎〜!!!」
「誰が馬鹿留だ!!おい!伊作っ!!」

そうして走り出した自分の背中から留三郎の声が聞こえた。
無理に決まっている!そんなこと、
(恥ずかしくて、呼べるはずがないじゃあないか…!)


ひとしきり走ってはぁはぁと荒れる呼吸を整える。そして小さな小さな声でぽつりと、留三郎のように呟くのだ。

「さつき、ちゃん…」
想像だけでも、顔が赤くなったのがわかった。
そう言えば、彼女と同じクラスの女の子は「さっちゃん」と彼女のことを呼んでいた。先輩を含め、留三郎のように、彼女を「さつき」と呼び捨てにする男子は多いが「さっちゃん」と呼んでいる人は居ないはずだ。(善法寺伊作調べ)


「さ、さっちゃん…。」
ぽつりと呟いてみればまたまた恥ずかしくなりかっと顔が赤くなった。パタパタと手のひらで顔を仰いで、空を見上げる。

そう言えば、彼女は自分のことをなんと呼んでくれるだろうか。留三郎のように呼び捨てで「伊作」と呼ばれるだろうか、呼び捨てでも構わないし、「伊作くん」と君付けでもいい、「いさっくん」だなんてあだ名でもいいし…

「〜〜〜〜〜っ!!」
兎に角、自分も苗字ではなく、名前で呼ばれたいのだ。
彼女の口から「伊作」と、その声が聞きたいのだ。

「さっちゃん……、」
「なぁに?」
「……、ヒェァっっ?!」

ご、ごめんっ!驚かすつもりはなかったんだけど…!と彼女が慌てるのを視界に納めながらも、自分の脳内は混乱動転パニックしまくりだった。

(え、い、いま、南城さ、き、き、き、聞かれたっ?!)
「ふふ、善法寺くんにそう呼ばれるとなんだか恥ずかしいね」
「き、聞かれてるーーーっ!?!」
先程の想像よりも実際の衝撃はとんでもないものだった。彼女もぽぽっと頬を赤らめている所を見るに、なんとか、いやでは、無い、ようなことが伺える。

────このチャンス、絶対ものにしてやる!

そう決意した僕、善法寺伊作は一世一代の決意をした。よし、言え!言うんだ!僕!頑張れ!

「あ、あのっ!みなしろ、さんっ!」
「ふふ、なぁに? 伊作くん。」
「……………………………。」
「えっ?ちょっと、伊作くん、えっ、だいじょうぶ?えっい、伊作くんーー!!と、留三郎ーー!いい所に!!!い、伊作くんがーーーっ!!」

想像よりも可愛らしい彼女の声にフリーズしてしまった僕はそのまま医務室へと運ばれて行ったのだった。



ーーー

「あ、気が付いた?」
ぱちりと目を覚ませば、そこは見知った部屋の天井だった。

「ぇ、あ、ぼく………」
「大丈夫?さっきの事、覚えてる?」
心配そうにこちらの顔をのぞき込むさつきの顔を見れば、先程のことが一瞬にして思い出された。

(は、はっっずかしい!僕は!なにをして…)
布団にくるまり、先程のことを思い返せば返すほど、自分がどれだけ恥ずかしいことをしたかよく分かる。

どうしよう、どうしよう、どうすれば
ぐるぐる回る冷静ではない頭ではなにをどう言い訳すればこのような自体になったのか、説明することができなかった。

「────じゃあ、私、そろそろ行くね。お大事に、 善法寺くん」
そう言って立ち上がる彼女の声に反応する。
ガバッと布団から顔を出せば、彼女は少し瞳に涙を浮かばせながらこちらを振り向いた。

「あ、あのっ、みな……っさ…っ、南城さんっ!!!!!」
大きい声で彼女をそう呼べば、さつきは困惑したような、悲しいような、眉尻を下げてそんな複雑な顔をしていた。

「あ、あの、僕、ごめんね、その、違って、あの、その」
「──ど、どうしたの?善法寺くん、私は…その、大丈夫、だから」

そっとまた自分背を向けて医務室を出ようとする彼女を必死で引き止める。
違う、違うんだ、決して嫌なわけじゃあなかったんだ、だから、だから、

「ちっちが、み……さっちゃん!!!!って!!!呼ばせて!!!!」
大きな声でそう叫べば、ふと冷静に戻ってまた顔がカァーっと赤くなるのがわかった。
見当違いの事を言ってしまったのかも知れない、でも、そんな風には思えなくて、振り向く彼女の靡く黒髪を見つめながら、僕はやっぱりその姿を見て「可愛いな」と思ってしまったのだ。

「………っうん!わ、私も、……伊作くんって呼ばせてね」
再び頬を染め、綺麗な笑顔を見せながら優しく笑う彼女の笑顔を見て、僕はどうしようもなく幸せになったのだ。
胸が締め付けられて、苦しくなる、
どういう事なのか、今の自分にはハッキリとまだ分からない、けど


(ゆ、勇気出してよかったぁ〜…)
この声は心の声なのか口に出してしまったのか僕にはもう分からなかったけど、優しく僕を支えてくれる彼女の顔を見たら、もう全てがどうでも良くなってしまったのだ。




(留三郎〜!!善法寺くんのこと、「伊作くん」って呼んだら、善法寺くんが気絶しちゃって、というか動かなくなって、それで、やっぱり嫌でそんな反応になっちゃったのかな私気持ち悪かったかな?!突然名前で呼ばれたら気持ち悪いよね?!留三郎、ねぇ、ねぇねぇねぇどうすればいい?ねぇ善法寺くんに私嫌われてないかな?大丈夫かな?どう思う留三郎?ねぇ留三郎、ねぇ、お願い一緒に医務室まで来て、二人は無理、ねぇ、二人で医務室にいてまた嫌がられたらどうしようねぇねぇ留三郎お願い、ねぇ)
(さつき…。伊作がそんな男な訳ないだろ?)
(……う、ぅ"ん……。。)
(医務室までは伊作を連れてってやるよ。まったく世話の焼ける……)

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