二年生
進級した自分達は少し心も身体も大きくなった気持ちになる。
無事に春を迎えた彼等、彼女等は二年生へと進級した。
「あ、善法寺くん」
「南城さん」
医務室の前でばったり出会った二人はふふふと笑いあった。この委員会活動の時間に、この場所にいるということは、つまりはそういう事なのだ。
「「今年もよろしくね」」
そういって微笑みあった二人の頬が赤く染っていたのは夕焼けで互いに分からなかった。
「さ、いちゃいちゃせずに早く入りなさい。」
そう声をかけてきたのは委員会の先輩だった。この顔見知りの先輩も、自分達と同じで、また保健委員になったらしい。
「俺ってそんなに不運なのかな…」
などと凹んでおられる所をみるに、保健委員会、もとい不運委員会の名は伊達じゃないのだと思い知らされる。
しかし、善法寺伊作は 今年も、この委員会は言うほど不運に見舞われないのではと思っていた。
何故なら、南城さつき、彼女が今年も保健委員会に所属してくれているのだ。
彼女はこの不運委員会の名を覆すことの出来る程の幸運の持ち主だ。その話については積もる話になってくるのだが、兎にも角にも、かくかくじかじかあって、伊作は保健委員会のメンバーがほぼおなじであろうとも、不運委員会と呼ばれる委員会であろうとも、にこにこと笑顔を浮かべて委員会活動に臨んでいた。
「にしてもなぁ、南城が居てくれたら、俺らもまだ救いがあるって思うよな」
「え?どうしてですか?」
「そうか、一年は知らないよなぁ〜。このくのたま、南城さつきが一緒に薬草取りに行くと!」
「天気は良し、気候は良し、生えてる薬草無いものなし!」
「わぁ〜!」
「せ、先輩…それは言い過ぎ…」
「穴には落ちない、馬糞も踏まない、擦り傷打ち身は以ての外!」
「つまり我々不運委員会の救世主なのだ!」
今年もこの委員会に来てくれてありがとう、ありがとう…!!
と、感謝の気持ちを全面に表す先輩を横目に、一年生は半分驚きながら、半分疑いながら「あはは…」と笑っていた。
しかし本当に、先輩の言うことは大袈裟でもなんでもないのだ。南城さんと一緒に居ると立て続けに運のいいことが起きるのだ。信じる他がない。
元から疑ったりはしていないんだけども。
わはは!と大声上げて笑う先輩方をよそに、南城さんは何故か、少し悲しそうに笑っていた。
そんな委員会の帰りだった。
僕だけ「一年間委員会活動していたんだ。後輩に色々と教えてみな」と先輩、後輩に引き留められ、この遅い時間までみっちりと委員会を行っていた。くのいち教室のみんなは授業がある、と早々に長屋へと帰っていったので、一人でとぼとぼと(今日の晩御飯担当、い組だったっけ?)等考えながら、留三郎の待つ長屋へと帰っていた時だった。
「あ、み、南城さん。」
「っ……善法寺くん、どうしたの?」
「南城さんこそ………」
長屋の物陰でうずくまる彼女を見つけたのだ。ぐすっと鼻をすする彼女の横へそっと腰掛ける。
こういう時は一人にしてあげた方がいいのかもしれないが、僕にはそんなことはできなかった。彼女を、一人でこのままにしておけないと思った。
「大丈夫かい?体調が悪いとか、気分が悪い?」
「ううん、大丈夫なの。ごめんね、引き止めちゃって」
えへへ、と笑いながらまた鼻をすする彼女を見て、自分は眉尻を下げることしか出来なかった。
「僕で良ければ、おはなし、聞くよ?」
彼女の瞳を覗き込み、そっと優しく声を掛ける。そうすれば彼女からはまたポロポロと涙が零れてしまい、そんな僕は慌てて頭巾を解き、彼女の頬を優しく拭った。彼女の涙を吸ってじわりと色濃くなる自分の頭巾を見て、酷く心が傷んだ。
「……ふふ、ありがとう。善法寺くん」
少し、また頭巾、借りるね。
そう言って顔をうずめた彼女のそばで、僕は背中をさすってあげることしか出来なかった。
「…今日ね、先輩が、言っていたでしょう?私が、幸運だって」
少し時間が経ち、涙が引いてから、彼女はゆっくりポツポツと話をし始めた。
「うん」
「それがね………、周りの人の幸運を奪ってるんじゃあないかって、他の人を不幸にしてまで、得られるものだって、言われちゃって。私、勿論そんなつもりはないし、考えたこともなかったんだけど、」
「………うん」
「『お前の傍に居ると、幸運が取られそうだ』だなんて、言われて、そんな事、思われるなら、って、私、本当に、……保健委員会の皆の、幸運を奪ってるんじゃないかって「そ、んな事ッ!ある訳が無い!!!!!」
大声を上げて立ち上がれば、彼女は目を丸くして驚いていた。僕だって、こんな大声を上げることが出来たんだと自分でも驚いた程だ。
「そんな訳ない、南城さんが、そんな訳ない!!!」
大声で否定し続ければ、彼女は少し驚いてからまたぽろりと一粒涙を落とした。
そして綺麗に笑いながら「ありがとう」と小さく囁いたのだ。
きっと安心したのだろう。
一粒で収まらずにまたぽろぽろと涙をこぼす彼女を、僕は優しく抱きしめることしか出来なかったのだ。