まほ晶♀短編まとめ
両手に包んだホットチョコレート。マグカップの中で湯気立つそれは、先程ネロがみんなのために用意してくれたものだ。
「美味いな。ネロは何を作らせても美味いから、どんなものでも食い過ぎちまって困る」
雪降り注ぐ夜。魔法舎の談話室で、晶とカインは同じソファーに並んで座り、穏やかな時間を過ごしていた。ホットチョコレートをごくんと一口飲み込み、テーブルに置いてから、晶は彼の言葉に答える。
「わかります。私、魔法舎で暮らし始めてから人には言えないくらい体重が増えたんですよ」
ネロの作ってくれる食事は誰かの疲れを癒し、誰かの日常に彩りを与えてくれる一方で、施された側がそれにのめり込みすぎてしまえば色々と良くないことが起きる。端的に言うなら太る。晶は、自身の顔の輪郭が以前と比べて丸くなったこと、そしてスラックスの腰回り部分がきつくなってきたことを深く反省していた。
身体が肥えてしまったことに後ろめたさを感じていた晶だが、それをさっぱりと笑い飛ばすように、カインが明るく告げる。
「あははっ! どんな賢者様でも素敵だから心配するな。あんたがあんたらしくいてくれれば、俺たちはそれでいいんだ」
カインはそう言ってマグカップをテーブルに置き、隣に座る晶の頭をぐりぐりと撫でた。大きくてあたたかい、優しい手のひら。ありのままの自分を肯定してくれる、まっすぐすぎる言葉。極め付けに、そんな慈しむような瞳を向けられてしまったら——
(……——勘違い、しそうになる)
一緒に過ごした時間を通し、彼がとても誠実で、嘘をつかない性格であることは晶自身よくわかっていた。だからこういう狡い言葉も全部彼の本音なんだと思うと、嬉しさと、小恥ずかしさと、この態度が自分だけじゃない誰かにも簡単に向けられることを憂う気持ちとで、胸の中がぐちゃぐちゃになる。
頭にのせられる手に鼓動が収まらぬまま、晶は「ありがとうございます」と告げた。声がわずかに震えた。それを隠すように、敢えて話題を転換させる。
「あの、カイン。この時期になると私の世界ではサンタクロースが来ます」
「ん? 『サンタクロース』?」
こんな話題の急カーブにも柔軟に対応してくれるのが、カインの素敵な点の一つだ。頭にのせられていた手が離れたのを合図に、晶も返事する。
「はい。年に一度、良い行いをした世界中の子供たちにプレゼントを配って回ると言われているおじいさんです」
異世界の未知なる文化に触れ、カインは感嘆の声を上げた。
「へえ! 賢者様の世界にはそんなロマンチックな話があるんだな」
「はい……あ、でも! そのサンタクロースっていうのはあくまで伝説上の人物であって、実在はしないんです」
カインに嘘をつくことは憚られ、彼の期待値が膨らむ前に正直に告げる。
「そうなのか」
「はい……。大人は子供たちに『良い子にしてればサンタさんが来てくれるよ』と伝えて、彼らが良い行いをするよう心がけさせます。そしてクリスマスの朝に、それまで子供が欲しがっていたものを枕元に置いてあげるんです」
——サンタさんに会うまで、眠らない。絶対にその姿を見てやるんだ。
そうやって強い意志を持ち、布団の中で爛々と瞳を輝かせていた子供たちも、時の経過と共に気がつくと眠りの世界に吸い込まれていって。やがて窓から差し込む朝陽に目を細め、今年もサンタさんの姿を見ることはできなかった——そう残念がると同時に、枕元に置かれた覚えのないプレゼントボックスを見たことにより、コンマ数秒前に抱いた憂鬱さえ、ものの一瞬で忘れてしまうのだ。
幼き日のことを想起すれば、晶の口から笑みがこぼれて。
「……小さい頃、私の元にもサンタさんが来ました。クリスマスの朝にプレゼントが置いてあった時のことは、思い出すだけで幸せな気持ちになります。本当に、魔法でも起こったのかと思いました。一生忘れられない思い出です」
魔法の存在しない世界で、さながら魔法が存在しているかのような気分にさせてくれる、数少ない経験だったと思う。成長して事の真実を悟ってからでも、あの時の歓喜と感動は、今なお晶の記憶に色濃く刻み込まれている。
幼少期の体験を嬉しそうに語る晶を見て、カインは優しく微笑んだ。
「あんたをそんなにも幸せな気持ちにさせてくれる、サンタクロースとかいう爺さん……少しだけ、妬いちまうな」
「……え?」
『妬いちまう』? 妬いてしまう……と、言ったのか? 彼が?
様々思考を巡らしてぽかんと口を開ける晶をよそに、カインは言葉を続けて。
「なあ、賢者様。欲しいものはあるか? サンタクロースがいなくたって、あんたの望みは俺が何でも叶えてやるさ」
カインはそう言ってソファから立ち上がると、晶の前に跪き、まっすぐに彼女を見上げた。
「俺は、正真正銘の魔法使い。そして、あんたの魔法使い。あんたに忠誠を誓う立場として、晶の願いを叶える手助けをしたいんだ」
「……カイン」
本当にこういうところだ、と思う。
告げられた言葉に、こちらをとらえる瞳に、嘘なんて微塵も感じられない。
素直で誠実、そして呆れるほどに、まっすぐで——優しいひと。
「……大丈夫。私の願いはもう叶っています」
晶は座ったままカインと目を合わせ、彼の手を取った。
「カインや、魔法使いの皆さんたちのそばにいたい。少しでも、皆さんの助けになりたい。毎日皆さんと顔を合わせて、一緒に話して、色々なことをする時間こそが。私にとってかけがえのない、大切な時間だから……こうして皆さんと一緒に魔法舎で暮らせている今、私の願いは既に叶っていると言っても決して過言ではないんです」
晶は笑ってカインに告げた。そして、重ね合わせた手をぎゅっと握る。
「でももし、あなたに願いを一つだけ伝えるとしたら。カイン。私のこと、たくさん頼ってください。こうしてあなたのそばにいて、あなたの支えに、あなたの力になることが、これから先も変わらない私の願いです。願いで終わらせません。守られるばかりではなく、私もカインのことを守りたいんです」
意志の揺らがぬ、強き瞳。身一つで異世界にやって来ながらも、背負わされた役目と向き合い、二十一人の魔法使いたちに惜しみなく慈愛を捧げ続ける、真木晶という人物も——これまた、カインに負けず劣らず、どこまでも優しいひとなのである。
彼女の温かな言葉を受けたカインは、困ったように笑った。
「……参ったな。騎士として、俺があんたを守る側のはずなのに。俺はいつもあんたに、あんたの言葉に、救われてばかりだ」
カインは、取られていた手をやんわり解くと、晶の手を上と下から包み込んだ。彼女の小さな手が、彼の熱ですっぽりと覆い隠される。
温かい手のひらだ。あなたとこうやってずっとずっと、触れ合っていたい。晶は、心の内側で切に願った。
「ありがとう、晶。俺はここにいるよ。あんたのそばに……こうやって」
そして、絶対に守り抜いてみせる。
あんたのためなら約束したって構わないよ。
カインと晶。まっすぐで優しい彼らの、いつもより少しだけ特別な、ささやかな雪夜のこと。
(2021/12/31)
「美味いな。ネロは何を作らせても美味いから、どんなものでも食い過ぎちまって困る」
雪降り注ぐ夜。魔法舎の談話室で、晶とカインは同じソファーに並んで座り、穏やかな時間を過ごしていた。ホットチョコレートをごくんと一口飲み込み、テーブルに置いてから、晶は彼の言葉に答える。
「わかります。私、魔法舎で暮らし始めてから人には言えないくらい体重が増えたんですよ」
ネロの作ってくれる食事は誰かの疲れを癒し、誰かの日常に彩りを与えてくれる一方で、施された側がそれにのめり込みすぎてしまえば色々と良くないことが起きる。端的に言うなら太る。晶は、自身の顔の輪郭が以前と比べて丸くなったこと、そしてスラックスの腰回り部分がきつくなってきたことを深く反省していた。
身体が肥えてしまったことに後ろめたさを感じていた晶だが、それをさっぱりと笑い飛ばすように、カインが明るく告げる。
「あははっ! どんな賢者様でも素敵だから心配するな。あんたがあんたらしくいてくれれば、俺たちはそれでいいんだ」
カインはそう言ってマグカップをテーブルに置き、隣に座る晶の頭をぐりぐりと撫でた。大きくてあたたかい、優しい手のひら。ありのままの自分を肯定してくれる、まっすぐすぎる言葉。極め付けに、そんな慈しむような瞳を向けられてしまったら——
(……——勘違い、しそうになる)
一緒に過ごした時間を通し、彼がとても誠実で、嘘をつかない性格であることは晶自身よくわかっていた。だからこういう狡い言葉も全部彼の本音なんだと思うと、嬉しさと、小恥ずかしさと、この態度が自分だけじゃない誰かにも簡単に向けられることを憂う気持ちとで、胸の中がぐちゃぐちゃになる。
頭にのせられる手に鼓動が収まらぬまま、晶は「ありがとうございます」と告げた。声がわずかに震えた。それを隠すように、敢えて話題を転換させる。
「あの、カイン。この時期になると私の世界ではサンタクロースが来ます」
「ん? 『サンタクロース』?」
こんな話題の急カーブにも柔軟に対応してくれるのが、カインの素敵な点の一つだ。頭にのせられていた手が離れたのを合図に、晶も返事する。
「はい。年に一度、良い行いをした世界中の子供たちにプレゼントを配って回ると言われているおじいさんです」
異世界の未知なる文化に触れ、カインは感嘆の声を上げた。
「へえ! 賢者様の世界にはそんなロマンチックな話があるんだな」
「はい……あ、でも! そのサンタクロースっていうのはあくまで伝説上の人物であって、実在はしないんです」
カインに嘘をつくことは憚られ、彼の期待値が膨らむ前に正直に告げる。
「そうなのか」
「はい……。大人は子供たちに『良い子にしてればサンタさんが来てくれるよ』と伝えて、彼らが良い行いをするよう心がけさせます。そしてクリスマスの朝に、それまで子供が欲しがっていたものを枕元に置いてあげるんです」
——サンタさんに会うまで、眠らない。絶対にその姿を見てやるんだ。
そうやって強い意志を持ち、布団の中で爛々と瞳を輝かせていた子供たちも、時の経過と共に気がつくと眠りの世界に吸い込まれていって。やがて窓から差し込む朝陽に目を細め、今年もサンタさんの姿を見ることはできなかった——そう残念がると同時に、枕元に置かれた覚えのないプレゼントボックスを見たことにより、コンマ数秒前に抱いた憂鬱さえ、ものの一瞬で忘れてしまうのだ。
幼き日のことを想起すれば、晶の口から笑みがこぼれて。
「……小さい頃、私の元にもサンタさんが来ました。クリスマスの朝にプレゼントが置いてあった時のことは、思い出すだけで幸せな気持ちになります。本当に、魔法でも起こったのかと思いました。一生忘れられない思い出です」
魔法の存在しない世界で、さながら魔法が存在しているかのような気分にさせてくれる、数少ない経験だったと思う。成長して事の真実を悟ってからでも、あの時の歓喜と感動は、今なお晶の記憶に色濃く刻み込まれている。
幼少期の体験を嬉しそうに語る晶を見て、カインは優しく微笑んだ。
「あんたをそんなにも幸せな気持ちにさせてくれる、サンタクロースとかいう爺さん……少しだけ、妬いちまうな」
「……え?」
『妬いちまう』? 妬いてしまう……と、言ったのか? 彼が?
様々思考を巡らしてぽかんと口を開ける晶をよそに、カインは言葉を続けて。
「なあ、賢者様。欲しいものはあるか? サンタクロースがいなくたって、あんたの望みは俺が何でも叶えてやるさ」
カインはそう言ってソファから立ち上がると、晶の前に跪き、まっすぐに彼女を見上げた。
「俺は、正真正銘の魔法使い。そして、あんたの魔法使い。あんたに忠誠を誓う立場として、晶の願いを叶える手助けをしたいんだ」
「……カイン」
本当にこういうところだ、と思う。
告げられた言葉に、こちらをとらえる瞳に、嘘なんて微塵も感じられない。
素直で誠実、そして呆れるほどに、まっすぐで——優しいひと。
「……大丈夫。私の願いはもう叶っています」
晶は座ったままカインと目を合わせ、彼の手を取った。
「カインや、魔法使いの皆さんたちのそばにいたい。少しでも、皆さんの助けになりたい。毎日皆さんと顔を合わせて、一緒に話して、色々なことをする時間こそが。私にとってかけがえのない、大切な時間だから……こうして皆さんと一緒に魔法舎で暮らせている今、私の願いは既に叶っていると言っても決して過言ではないんです」
晶は笑ってカインに告げた。そして、重ね合わせた手をぎゅっと握る。
「でももし、あなたに願いを一つだけ伝えるとしたら。カイン。私のこと、たくさん頼ってください。こうしてあなたのそばにいて、あなたの支えに、あなたの力になることが、これから先も変わらない私の願いです。願いで終わらせません。守られるばかりではなく、私もカインのことを守りたいんです」
意志の揺らがぬ、強き瞳。身一つで異世界にやって来ながらも、背負わされた役目と向き合い、二十一人の魔法使いたちに惜しみなく慈愛を捧げ続ける、真木晶という人物も——これまた、カインに負けず劣らず、どこまでも優しいひとなのである。
彼女の温かな言葉を受けたカインは、困ったように笑った。
「……参ったな。騎士として、俺があんたを守る側のはずなのに。俺はいつもあんたに、あんたの言葉に、救われてばかりだ」
カインは、取られていた手をやんわり解くと、晶の手を上と下から包み込んだ。彼女の小さな手が、彼の熱ですっぽりと覆い隠される。
温かい手のひらだ。あなたとこうやってずっとずっと、触れ合っていたい。晶は、心の内側で切に願った。
「ありがとう、晶。俺はここにいるよ。あんたのそばに……こうやって」
そして、絶対に守り抜いてみせる。
あんたのためなら約束したって構わないよ。
カインと晶。まっすぐで優しい彼らの、いつもより少しだけ特別な、ささやかな雪夜のこと。
(2021/12/31)
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