(名前)は高校三年生に進学すると同時に、私立フォルモーント学園へと転入してきた。そして彼女は、属することとなったクラスの学友から、転入早々とある忠告を受けたのである。
　それは、この学園に関わる者たち全てに共通する暗黙のルールだった。

『フィガロ・ガルシアに気を付けろ』

＊

「……フィガロ、ガルシア？」
　耳馴染みのない響きに、(名前)は復唱して首を傾げた。一体そのフィガロ・ガルシアとは何のことなのかと詳しく問えば、(名前)の隣席である少女のパンジーが、そっと耳打ちをする。
「うちの学校の、保健室の先生だよ。フィガロ先生って、聞いたことない？」
「え……先生？」
　まるで化け物を言い表すような口調で言われたから、実体の持たない概念的な何かを表す単語だと思っていたが、どうやら人名だったらしい。フィガロ・ガルシア。心の中でもう一回唱えてみて、そのフィガロ・ガルシアという存在がどのようなものなのか想像を巡らす。
「気をつけたほうがいいのは……その人が怖い先生だから？」
　そう尋ねながら(名前)は、元いた学校の、日頃から何かと生徒に怒鳴り散らしていた神経質な教師のことを思い出した。生活指導を担当していたこともあって、ルールに厳しい先生だったから、服装点検の時は特に生徒から警戒されていたっけ。
　しかし。学友たちのいうフィガロ・ガルシアとは、(名前)がそれまでの十八年弱の人生で積み上げてきた常識では到底理解し得ないほどに、複雑で、奇妙な存在であったのだと、のちに(名前)は知ることとなる。