第三章【秋季大会・地区大会編】
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日が昇った頃。レントゲン撮影を終えた悟は、足早に病室を後にしようとしていた。
「待て。テメーは『病院 』でまだやることがある」
背後から響いたのは、ヒル魔の低い声だった。
「骨も大丈夫でしたし、私がやるべきことはいち早く練習に参加することでは……?」
手首の靭帯損傷という結果を突きつけられながらも、悟の意識はすでにフィールドへと向いていた。しかし、ヒル魔は容赦なく現実を突きつける。
「西部戦、テメーが万全の状態で出てたとして、勝てる可能性は何パーセントだと思う」
「……あって5%未満。超攻撃型同士の衝突、点の取り合いになればキックの差が大き過ぎます」
「テメーの負傷を加味すればどうだ?」
「……それは」
悟は言葉を詰まらせた。
西部を超えるタッチダウン数を重ねるか、点の取りこぼしを誘発するか。
前者は自身の負傷により絶望的となり、後者も下手に守備に割合を割けば、圧倒的な攻撃力を誇る西部にさらなる追撃を許すことになるだろう。
「誤魔化すんじゃねぇ。ほとんど0パーセント、だろうが。……今一番、勝率の高い未来が見えてっか?」
「……作戦じゃなくて、未来、ですか?」
悟は顎に手を当てしばし考え込む。
「……ムサシさんが戻ってきてくれて、キックの穴が無くなること」
「わかってんじゃねぇか」
そう言うと、ヒル魔はポケットから取り出したものを悟に向かって放り投げた。
受け取った手の中にあるのは、泥門の「60ヤードマグナム」――ムサシのあのキックティーだった。
「どうして、これを私に?」
「3階病棟、306号室。テメーのやるべきことをやりゃあいい」
彼の指令は、おそらくムサシを復帰させるための何かだ。しかし、単純な説得が通じない相手であることはわかりきっているはず。ヒル魔の意図を完全に読みきれず困惑する悟を置いて、ヒル魔はそそくさと病室を出ていってしまった。
(3階病棟、306号室……)
手渡されたキックティーの重みを感じながら、悟は指定された病室の前へと辿り着いた。
病室の表札には「武蔵 半左衛門」の名。
(武蔵……ムサシさんのお父さん……)
病室にいるのがムサシの父親である事を認識した瞬間、悟の背後から声がかけられた。
「おやっさんの見舞いかい? 女の子なんて珍しいな」
振り向くと、そこにはガタイのいい作業着姿の男たち――武蔵工務店の職人たちが立っていた。
警戒心のない気さくな声。悟はその様子をじっと観察しながら、思考を巡らせる。
(ムサシさん本人を説得しても無駄なら、彼の帰還を阻んでいる『環境』からアプローチするしかない)
ヒル魔が自分をここに寄越した真意が、悟の中で繋がり始める。
ムサシが高校に通わず家業を継ぐ道を選んだことを周囲にどう話しているのかは分からない。しかし、血の繋がった父親や、共に汗を流す彼らのような職人たちが、不器用な彼の言動を鵜呑みにしているのだろうか?
ムサシの父も、ムサシ自身も、職人たちも、皆が互いを思いやるあまりに本音を隠し、頑なになっている。それが今の膠着状態を生んでいるのだとしたら。
(私の役目は――彼らの本音を引き出し、すれ違いを解消して、ムサシさんがフィールドへ戻るための道筋を作ること)
家業や仕事という彼らの聖域に踏み込むのは、余計なお世話という他ない。当然、反発されるかもしれない。それでも、誰かが切り出さなければ盤面は動かない。
悟は額にうっすらと汗を浮かべながらも、決して目を逸らすことなく、職人たち一同を真っ直ぐに見据えた。
そして、深く、真摯に頭を下げる。
「泥門高校アメフト部の金剛悟と申します。不躾を承知で、武蔵厳さん……ムサシさんの事についてご相談に参りました」
彼女が「アメフト部」と口にした瞬間、職人たちの表情が僅かに強張るのを、悟は見逃さなかった。それは怒りや迷惑さではなく、どこかバツの悪そうな、痛いところを突かれたような反応だった。
(やっぱり……。この人たちも、ムサシさんから高校生活やアメフトを奪ってしまったことに、負い目を感じているんだ)
彼らの些細な反応に確かな手応えを感じながら、悟は不器用な大人たちの閉ざされた口を開かせるべく、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「待て。テメーは『
背後から響いたのは、ヒル魔の低い声だった。
「骨も大丈夫でしたし、私がやるべきことはいち早く練習に参加することでは……?」
手首の靭帯損傷という結果を突きつけられながらも、悟の意識はすでにフィールドへと向いていた。しかし、ヒル魔は容赦なく現実を突きつける。
「西部戦、テメーが万全の状態で出てたとして、勝てる可能性は何パーセントだと思う」
「……あって5%未満。超攻撃型同士の衝突、点の取り合いになればキックの差が大き過ぎます」
「テメーの負傷を加味すればどうだ?」
「……それは」
悟は言葉を詰まらせた。
西部を超えるタッチダウン数を重ねるか、点の取りこぼしを誘発するか。
前者は自身の負傷により絶望的となり、後者も下手に守備に割合を割けば、圧倒的な攻撃力を誇る西部にさらなる追撃を許すことになるだろう。
「誤魔化すんじゃねぇ。ほとんど0パーセント、だろうが。……今一番、勝率の高い未来が見えてっか?」
「……作戦じゃなくて、未来、ですか?」
悟は顎に手を当てしばし考え込む。
「……ムサシさんが戻ってきてくれて、キックの穴が無くなること」
「わかってんじゃねぇか」
そう言うと、ヒル魔はポケットから取り出したものを悟に向かって放り投げた。
受け取った手の中にあるのは、泥門の「60ヤードマグナム」――ムサシのあのキックティーだった。
「どうして、これを私に?」
「3階病棟、306号室。テメーのやるべきことをやりゃあいい」
彼の指令は、おそらくムサシを復帰させるための何かだ。しかし、単純な説得が通じない相手であることはわかりきっているはず。ヒル魔の意図を完全に読みきれず困惑する悟を置いて、ヒル魔はそそくさと病室を出ていってしまった。
(3階病棟、306号室……)
手渡されたキックティーの重みを感じながら、悟は指定された病室の前へと辿り着いた。
病室の表札には「武蔵 半左衛門」の名。
(武蔵……ムサシさんのお父さん……)
病室にいるのがムサシの父親である事を認識した瞬間、悟の背後から声がかけられた。
「おやっさんの見舞いかい? 女の子なんて珍しいな」
振り向くと、そこにはガタイのいい作業着姿の男たち――武蔵工務店の職人たちが立っていた。
警戒心のない気さくな声。悟はその様子をじっと観察しながら、思考を巡らせる。
(ムサシさん本人を説得しても無駄なら、彼の帰還を阻んでいる『環境』からアプローチするしかない)
ヒル魔が自分をここに寄越した真意が、悟の中で繋がり始める。
ムサシが高校に通わず家業を継ぐ道を選んだことを周囲にどう話しているのかは分からない。しかし、血の繋がった父親や、共に汗を流す彼らのような職人たちが、不器用な彼の言動を鵜呑みにしているのだろうか?
ムサシの父も、ムサシ自身も、職人たちも、皆が互いを思いやるあまりに本音を隠し、頑なになっている。それが今の膠着状態を生んでいるのだとしたら。
(私の役目は――彼らの本音を引き出し、すれ違いを解消して、ムサシさんがフィールドへ戻るための道筋を作ること)
家業や仕事という彼らの聖域に踏み込むのは、余計なお世話という他ない。当然、反発されるかもしれない。それでも、誰かが切り出さなければ盤面は動かない。
悟は額にうっすらと汗を浮かべながらも、決して目を逸らすことなく、職人たち一同を真っ直ぐに見据えた。
そして、深く、真摯に頭を下げる。
「泥門高校アメフト部の金剛悟と申します。不躾を承知で、武蔵厳さん……ムサシさんの事についてご相談に参りました」
彼女が「アメフト部」と口にした瞬間、職人たちの表情が僅かに強張るのを、悟は見逃さなかった。それは怒りや迷惑さではなく、どこかバツの悪そうな、痛いところを突かれたような反応だった。
(やっぱり……。この人たちも、ムサシさんから高校生活やアメフトを奪ってしまったことに、負い目を感じているんだ)
彼らの些細な反応に確かな手応えを感じながら、悟は不器用な大人たちの閉ざされた口を開かせるべく、静かに言葉を紡ぎ始めた。