第三章【秋季大会・地区大会編】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
金曜の深夜。泥門高校の部室で、ヒル魔はPCのモニターが放つ青白い光に照らされながら、迫る西部戦の最終シミュレーションに没頭していた。
盤面の駒を動かすように脳内で無数の戦術を巡らせていた思考が、不意に停止した。
視界の隅、常に起動させている別ウィンドウ――悟に持たせた携帯に仕込んだ、GPSのトラッキングデータ。その光点が、あり得ない速度で移動していたのだ。
深夜という時間帯、彼女の日常的な生活圏から大きく外れた位置。車かバイクでなければ出せない速度。
即座にキーボードを叩きつつ、自身の携帯から彼女の番号へ発信した。しかし、無機質なコール音が空虚に響くだけで、彼女が電話に出ることはない。
――「連れ去られた」
脳内で、最悪のシナリオが瞬時に組み上がった。
すぐさま誘拐の目的を弾き出す。怨恨か、あるいは金銭目的か。
否、悟自身にそこまでの恨みを持つ者がいるとは到底考えにくい。また彼女がランニングコースとしているのは閑静な住宅街。金銭目的で誘拐を実行するには通報のリスクが高過ぎる。そのリスクを負ってまで彼女を攫う人間がいるとすれば、理由はただ一つ。彼女の血――「金剛阿含の実の妹である」という事実を利用した、阿含への復讐だ。
欲望に忠実故に、女遊びが大好きで、自身の機嫌により暴力も辞さないあの「糞 ドレッド」の素行の悪さは、よく知っている。阿含に恨みを持つ有象無象など、腐るほどいるのだ。
単身で乗り込むリスクと、彼女を確実に奪還するための手段。数秒の思考の末、一つの決断を下す。
阿含が悟に対して抱く、異常なまでの執着心。それを利用する。
悟の位置情報を、阿含の端末へリークすれば、ものの数分後、携帯に阿含からの着信が入る。
自分へ向けられたヘイトのせいで妹が攫われたと知れば、あの狂犬は間違いなく最速で現場へ飛ぶ。阿含を囮にし、その暴力で場を制圧させている間に、自分が悟を保護する。
最恐の駒を最速で動かすための算段だった。
しかし――。
「チッ、ふざけやがって……!」
廃倉庫に辿り着き、阿含の狂乱の隙を突いて男の背後にスタンガンを突き立てた瞬間、口から普段の自分らしからぬ本気の苛立ちが漏れた。
腕の中に倒れ込んできた悟の体は驚くほど冷え切っており、目に見えて疲弊していた。あちこちに擦り傷を作り、左頬は腫れ、口の端からは血が流れている。
その痛々しい姿を間近で見た瞬間、胸の奥で、柄にもなくバクバクと嫌な速さで心臓が早鐘を打った。
(俺がGPSで監視までつけていながら……防げなかった)
阿含の妹である以上、このシナリオは予想できなかった筈はない。重い自責の念に苛まれながら、意識を失った彼女を冷たいコンクリートから庇うように自身の上着で包み、そっと横たえた。そして、沸き上がる感情を極低温の殺意へと変換し、彼女を害したゴミ共を抹殺するために立ち上がった。
悟がゆっくりと体を起こす様子を見た瞬間、胸の内で早鐘を打っていた心臓がほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。彼女の前にすぐさま早足で近づき、その場にしゃがみ込み視線を合わせた。
「……痛むか」
なるべく慎重に、そっと悟の口元へと手を伸ばす。
切れた口の端で乾き、こびりついていた生々しい血の感触が、指先を通じて脳へと伝わる。胸の奥をどす黒い怒りと、言葉にできない苦い感情が締め付けた。
悟の管理云々などという講釈をたれながら、彼女がこのような理不尽な目に遭うことを未然に防げなかった。彼女がどれほどの恐怖と痛みに耐えていたのか。
触れた指先から彼女の体温を感じると同時に、五感のすべてが「彼女が傷つけられた」という容赦のない現実を突きつけてくる。
意識を取り戻した悟が、真っ先に口にしたのは「謝罪」だった。
泥門の皆にどう謝ればいいのかと、悲痛な顔で自分の左手首を抑え込む。
客観的に見れば、手首を痛めたことで彼女の西部戦における選手としての価値が著しく落ちたのは事実だ。司令塔としての脳は冷徹にその戦力低下を計算している。
だが、自身の痛みや恐怖を二の次にし、自分やチームを慮って震える彼女の姿に、どうしようもないやるせなさを覚えた。
「テメーに隙があったのは事実だが、この状況にテメーの落ち度は1ミリもねぇ」
そう告げる声は、無意識のうちに少しだけ低く、熱を帯びていた。
さらに胸をざわつかせたのは、自身に危険を招いた元凶である阿含に対し、悟が憎悪を向けるどころか彼を庇うような言動をしてみせた事だ。
損得や利害を度外視し、自らを傷つけた相手にすら無償の情を向ける、所謂『家族への愛情』。計算で割り切れないその行動原理は、到底理解できないものだった。苛立たしさを感じながらも、その理解し難いある意味での「強さ」に目を惹きつけられた。そして、その愛情を向けられる阿含には羨望を抱かずにはいられなかった。
「……掴まれ、抱き上げる」
これ以上歩かせるべきではないと、背中と膝下に腕を差し入れようとした。
しかし、悟はゆっくり首を振った。
彼女は気づいているのだ。自身が冷静を装いながらも、その内側にどれほどの焦燥感を抱えているかということに。だからこそ、これ以上自分に心配をかけまいと、無理にでも立とうとしている。
「……そうか」
痛みに顔をしかめ、うめき声すら必死に押し殺して立ち上がろうとする彼女の配慮をそれ以上拒む事などできはしない。
そっと手を引き、せめてもと、彼女の体を支える。支えた手から、彼女にも抑えきれない身体の震えが伝わる。
彼女を見つめ、心に深く重い楔を打ち込んだ。
(……二度と、こんな事は起こさせねぇ)
部活の先輩でも、チームの司令塔としてでもない。一人の男として、彼女をこの先どんな手を使ってでも護り抜くと。
盤面の駒を動かすように脳内で無数の戦術を巡らせていた思考が、不意に停止した。
視界の隅、常に起動させている別ウィンドウ――悟に持たせた携帯に仕込んだ、GPSのトラッキングデータ。その光点が、あり得ない速度で移動していたのだ。
深夜という時間帯、彼女の日常的な生活圏から大きく外れた位置。車かバイクでなければ出せない速度。
即座にキーボードを叩きつつ、自身の携帯から彼女の番号へ発信した。しかし、無機質なコール音が空虚に響くだけで、彼女が電話に出ることはない。
――「連れ去られた」
脳内で、最悪のシナリオが瞬時に組み上がった。
すぐさま誘拐の目的を弾き出す。怨恨か、あるいは金銭目的か。
否、悟自身にそこまでの恨みを持つ者がいるとは到底考えにくい。また彼女がランニングコースとしているのは閑静な住宅街。金銭目的で誘拐を実行するには通報のリスクが高過ぎる。そのリスクを負ってまで彼女を攫う人間がいるとすれば、理由はただ一つ。彼女の血――「金剛阿含の実の妹である」という事実を利用した、阿含への復讐だ。
欲望に忠実故に、女遊びが大好きで、自身の機嫌により暴力も辞さないあの「
単身で乗り込むリスクと、彼女を確実に奪還するための手段。数秒の思考の末、一つの決断を下す。
阿含が悟に対して抱く、異常なまでの執着心。それを利用する。
悟の位置情報を、阿含の端末へリークすれば、ものの数分後、携帯に阿含からの着信が入る。
自分へ向けられたヘイトのせいで妹が攫われたと知れば、あの狂犬は間違いなく最速で現場へ飛ぶ。阿含を囮にし、その暴力で場を制圧させている間に、自分が悟を保護する。
最恐の駒を最速で動かすための算段だった。
しかし――。
「チッ、ふざけやがって……!」
廃倉庫に辿り着き、阿含の狂乱の隙を突いて男の背後にスタンガンを突き立てた瞬間、口から普段の自分らしからぬ本気の苛立ちが漏れた。
腕の中に倒れ込んできた悟の体は驚くほど冷え切っており、目に見えて疲弊していた。あちこちに擦り傷を作り、左頬は腫れ、口の端からは血が流れている。
その痛々しい姿を間近で見た瞬間、胸の奥で、柄にもなくバクバクと嫌な速さで心臓が早鐘を打った。
(俺がGPSで監視までつけていながら……防げなかった)
阿含の妹である以上、このシナリオは予想できなかった筈はない。重い自責の念に苛まれながら、意識を失った彼女を冷たいコンクリートから庇うように自身の上着で包み、そっと横たえた。そして、沸き上がる感情を極低温の殺意へと変換し、彼女を害したゴミ共を抹殺するために立ち上がった。
悟がゆっくりと体を起こす様子を見た瞬間、胸の内で早鐘を打っていた心臓がほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。彼女の前にすぐさま早足で近づき、その場にしゃがみ込み視線を合わせた。
「……痛むか」
なるべく慎重に、そっと悟の口元へと手を伸ばす。
切れた口の端で乾き、こびりついていた生々しい血の感触が、指先を通じて脳へと伝わる。胸の奥をどす黒い怒りと、言葉にできない苦い感情が締め付けた。
悟の管理云々などという講釈をたれながら、彼女がこのような理不尽な目に遭うことを未然に防げなかった。彼女がどれほどの恐怖と痛みに耐えていたのか。
触れた指先から彼女の体温を感じると同時に、五感のすべてが「彼女が傷つけられた」という容赦のない現実を突きつけてくる。
意識を取り戻した悟が、真っ先に口にしたのは「謝罪」だった。
泥門の皆にどう謝ればいいのかと、悲痛な顔で自分の左手首を抑え込む。
客観的に見れば、手首を痛めたことで彼女の西部戦における選手としての価値が著しく落ちたのは事実だ。司令塔としての脳は冷徹にその戦力低下を計算している。
だが、自身の痛みや恐怖を二の次にし、自分やチームを慮って震える彼女の姿に、どうしようもないやるせなさを覚えた。
「テメーに隙があったのは事実だが、この状況にテメーの落ち度は1ミリもねぇ」
そう告げる声は、無意識のうちに少しだけ低く、熱を帯びていた。
さらに胸をざわつかせたのは、自身に危険を招いた元凶である阿含に対し、悟が憎悪を向けるどころか彼を庇うような言動をしてみせた事だ。
損得や利害を度外視し、自らを傷つけた相手にすら無償の情を向ける、所謂『家族への愛情』。計算で割り切れないその行動原理は、到底理解できないものだった。苛立たしさを感じながらも、その理解し難いある意味での「強さ」に目を惹きつけられた。そして、その愛情を向けられる阿含には羨望を抱かずにはいられなかった。
「……掴まれ、抱き上げる」
これ以上歩かせるべきではないと、背中と膝下に腕を差し入れようとした。
しかし、悟はゆっくり首を振った。
彼女は気づいているのだ。自身が冷静を装いながらも、その内側にどれほどの焦燥感を抱えているかということに。だからこそ、これ以上自分に心配をかけまいと、無理にでも立とうとしている。
「……そうか」
痛みに顔をしかめ、うめき声すら必死に押し殺して立ち上がろうとする彼女の配慮をそれ以上拒む事などできはしない。
そっと手を引き、せめてもと、彼女の体を支える。支えた手から、彼女にも抑えきれない身体の震えが伝わる。
彼女を見つめ、心に深く重い楔を打ち込んだ。
(……二度と、こんな事は起こさせねぇ)
部活の先輩でも、チームの司令塔としてでもない。一人の男として、彼女をこの先どんな手を使ってでも護り抜くと。