第三章【秋季大会・地区大会編】
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すっかり日が落ちた泥門高校アメフト部部室。
全体練習が終わり、部員たちが次々と帰り支度を始める中、悟はただ一人、食い入るようにテレビモニターの前に陣取っていた。画面に映し出されているのは、次なる強敵・西部ワイルドガンマンズの試合映像だ。
キッドの神速の早撃ち、そして鉄馬の正確無比なルート取りを、一秒たりとも見逃すまいと目に焼き付ける。
「俺らはあがんぞ。悟は今日も外周か?」
着替えを終え、鞄を肩に引っかけた十文字が声をかけてきた。その後ろで黒木と戸叶も欠伸をしている。
「えっ? もうこんな時間!?」
壁の時計を見上げた悟は、慌ててビデオの停止ボタンを押した。
「私も帰らないと……!」
普段の彼女であれば、ヒル魔のデータ分析に限界まで付き合うか、外周に出るか、一人部室に居残りロードワークをこなすところだ。しかし、今日ばかりはそうもいかない。
ヒル魔から『ご褒美』として与えられた携帯電話。両親に対してどう言い訳をするかまだ答えを出せていない悟は、深夜に最寄り駅までの迎えを頼むことができず、自力で帰宅できる時間帯に泥門を後にせざるを得なかったのだ。
帰りの電車に揺られながら、悟は焦燥感に駆られていた。
時間が、いくらあっても足りない。
西部戦までに全選手のデータを頭に叩き込み、彼女の武器である『悪魔の予言』の精度を極限まで引き上げなければならない。さらに、今の悟にはそれとは別にもう一つ、絶対にこなさなければならないとあるタスクが課されていた。
悟の鞄の中に入っている、分厚い紙の束。
それは、マネージャーのまもりが作成したオリジナルのハンドサイン集だった。
巨深戦、ベンチからの情報伝達に苦戦した、あの苦い経験。それを糧に、ヒル魔がまもりに作成を命じたのだ。
司令塔であるヒル魔はもちろんのこと、彼の右腕としてフィールドに立つ悟にも、そのサインの完璧な習得が求められている。試合中にまもりが送るリアルタイムのデータを逐一受け取り、ヒル魔の意図を瞬時に汲み取り一瞬のタイムラグもなく連携するためには、暗記ミスなど絶対に許されない。
「いったん家に帰るとして……。でも、家にいるとつい寝ちゃうからなぁ」
最寄り駅から自宅へと歩きながら、悟はぶつぶつと独り言をこぼす。
疲労困憊の体で温かい部屋に入り、机に向かって座れば、間違いなく睡魔に負けてしまうだろう。
「よし。家の周辺走りながら、ハンドサインの暗記しようっと」
悟は自宅に到着するなり、両親に「部屋で自習するから声をかけないで」と嘘を言い残し、こっそりとジャージに着替えて再び外へと飛び出した。
睡眠欲を散らすため、夜風を浴びながらのランニングと暗記の同時進行。効率を重視した彼女なりの強行策だった。
深夜の住宅街。街灯がまばらに道を照らす中、悟は一定のペースで走り続けていた。
「えっと、このサインは覚えたし……、次が……」
ハァハァと息を弾ませながら、視線は手元のハンドサインの資料にほとんど釘付けになっている。
暗記に集中するあまり、周囲の細かな気配に対する注意が絶たれ、完全に無防備になっていた。
これがもし泥門高校の周辺であれば、何かトラブルに見舞われようと、即座にあの悪魔が駆けつけるだろう。だが、ここは泥門から離れた、ヒル魔の手がすぐには届かない場所だ。
ふと、昨夜すれ違った兄の顔が悟の脳裏をよぎる。
自身の才を暴力的なまでに振り回し、気に食わない事があれば力で黙らせ、数え切れないほどの恨みを各所で買っている男。その血を引く妹が、真夜中に、視線を落としたまま、誰の助けも呼べない場所をたった一人で走っている。
――背後から、彼女を見つめる不穏な双眸があったことに、彼女は気づいていなかった。
全体練習が終わり、部員たちが次々と帰り支度を始める中、悟はただ一人、食い入るようにテレビモニターの前に陣取っていた。画面に映し出されているのは、次なる強敵・西部ワイルドガンマンズの試合映像だ。
キッドの神速の早撃ち、そして鉄馬の正確無比なルート取りを、一秒たりとも見逃すまいと目に焼き付ける。
「俺らはあがんぞ。悟は今日も外周か?」
着替えを終え、鞄を肩に引っかけた十文字が声をかけてきた。その後ろで黒木と戸叶も欠伸をしている。
「えっ? もうこんな時間!?」
壁の時計を見上げた悟は、慌ててビデオの停止ボタンを押した。
「私も帰らないと……!」
普段の彼女であれば、ヒル魔のデータ分析に限界まで付き合うか、外周に出るか、一人部室に居残りロードワークをこなすところだ。しかし、今日ばかりはそうもいかない。
ヒル魔から『ご褒美』として与えられた携帯電話。両親に対してどう言い訳をするかまだ答えを出せていない悟は、深夜に最寄り駅までの迎えを頼むことができず、自力で帰宅できる時間帯に泥門を後にせざるを得なかったのだ。
帰りの電車に揺られながら、悟は焦燥感に駆られていた。
時間が、いくらあっても足りない。
西部戦までに全選手のデータを頭に叩き込み、彼女の武器である『悪魔の予言』の精度を極限まで引き上げなければならない。さらに、今の悟にはそれとは別にもう一つ、絶対にこなさなければならないとあるタスクが課されていた。
悟の鞄の中に入っている、分厚い紙の束。
それは、マネージャーのまもりが作成したオリジナルのハンドサイン集だった。
巨深戦、ベンチからの情報伝達に苦戦した、あの苦い経験。それを糧に、ヒル魔がまもりに作成を命じたのだ。
司令塔であるヒル魔はもちろんのこと、彼の右腕としてフィールドに立つ悟にも、そのサインの完璧な習得が求められている。試合中にまもりが送るリアルタイムのデータを逐一受け取り、ヒル魔の意図を瞬時に汲み取り一瞬のタイムラグもなく連携するためには、暗記ミスなど絶対に許されない。
「いったん家に帰るとして……。でも、家にいるとつい寝ちゃうからなぁ」
最寄り駅から自宅へと歩きながら、悟はぶつぶつと独り言をこぼす。
疲労困憊の体で温かい部屋に入り、机に向かって座れば、間違いなく睡魔に負けてしまうだろう。
「よし。家の周辺走りながら、ハンドサインの暗記しようっと」
悟は自宅に到着するなり、両親に「部屋で自習するから声をかけないで」と嘘を言い残し、こっそりとジャージに着替えて再び外へと飛び出した。
睡眠欲を散らすため、夜風を浴びながらのランニングと暗記の同時進行。効率を重視した彼女なりの強行策だった。
深夜の住宅街。街灯がまばらに道を照らす中、悟は一定のペースで走り続けていた。
「えっと、このサインは覚えたし……、次が……」
ハァハァと息を弾ませながら、視線は手元のハンドサインの資料にほとんど釘付けになっている。
暗記に集中するあまり、周囲の細かな気配に対する注意が絶たれ、完全に無防備になっていた。
これがもし泥門高校の周辺であれば、何かトラブルに見舞われようと、即座にあの悪魔が駆けつけるだろう。だが、ここは泥門から離れた、ヒル魔の手がすぐには届かない場所だ。
ふと、昨夜すれ違った兄の顔が悟の脳裏をよぎる。
自身の才を暴力的なまでに振り回し、気に食わない事があれば力で黙らせ、数え切れないほどの恨みを各所で買っている男。その血を引く妹が、真夜中に、視線を落としたまま、誰の助けも呼べない場所をたった一人で走っている。
――背後から、彼女を見つめる不穏な双眸があったことに、彼女は気づいていなかった。