第三章【秋季大会・地区大会編】
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「遅れちゃった〜……! ヒル魔さんに怒られる……!!」
ホームルームの後、担任から不意に所用を頼まれてしまった悟は、制服のスカートを翻しながら小走りで部室へと急いでいた。早く着替えを済ませてグラウンドへ向かわなければ、あの悪魔にどんな制裁を下されるか分かったものではない。
部室の前に到着すると、その外壁には大がかりな足場が組まれており、ちょうど、その梯子から一人の男が降りてくるところだった。
「ムサシさん!……また増築ですか?」
「おう、お前か」
悟の声に、作業服姿のムサシはトンと地面に着地したあと、呆れたようにため息を一つ落とした。
「次は外装をド派手にしたいんだとよ。最早部室に見えなくなってきたな、何を目指してるんだアイツは」
やれやれと首を振るムサシ。その横顔を見つめていた悟は、一歩前に踏み出すと、意を決してその口を開いた。
「この部室には、ムサシさん用のロッカーがあるんです。大会の出場登録だって、ちゃんとあります。……みんな、ずっと待ってますよ」
一瞬、ムサシの身体がピクリと強張った。彼は顔をしかめ、視線を逸らす。
「またその話か。つい最近、あの1年坊主二人にも同じ話をされたが、俺は二度とボールを蹴るつもりはねぇ」
「そんな……! セナとモン太くんと、『泥門が強くなったら』って約束したんですよね。泥門はもう、東京ベスト4に入るくらい、強くなりました……!」
激戦を勝ち抜いてきた選手としての自負。キッカーである彼の力が今必要なのだと、悟は必死に訴えかける。だが、ムサシは頑なに首を縦には振らない。
「『戻ることを考える』と言っただけだ。『戻る』とは言っていない。……諦めな」
「……諦めません」
悟は真っ直ぐにムサシを見据え、強く、明確に言い切った。
「だってムサシさん、ヒル魔さんと栗田さんと一緒にアメフト部を始めた時の話を私にしてくれた時、すごく楽しそうだった。本当は……本当はフィールドに戻りたいんでしょう!?」
「……いい加減にしてくれ!! 俺だって……!!」
突如として響いたムサシの怒声。
しかし、彼はそこまで言うと、溢れ出そうになる熱い想いを強引に押し込めるように、ギリ……と拳を強く握りしめて押し黙った。
重苦しい沈黙の後、ムサシは小さく息を吐き出す。
「……怒鳴って、すまない。……練習に遅れてるんじゃないのか。ヒル魔にどやされたくないなら、さっさと行くんだな」
そう言い残し、彼は背を向けて歩き去っていった。
(私は、出過ぎた真似を…一番辛いのは、きっとムサシさん自身だ)
やり場のない切なさを抱えたまま、悟は着替えのために部室の扉を開けた。
誰もいない静かな室内。悟は着替える手を止め、誰にも使われていない、とあるロッカーの前に立った。
中には、アメフト用のキックティーが一つ、ぽつんと置かれていた。
部員全員がその存在を知りながら、決して誰も触れることはなかった、ムサシのキックティーだ。
悟は無意識に手を伸ばしかけたが、触れる直前で、ふと我に返って手を引いた。
これは、自分が軽率に触れていい物じゃない。このキックティーは待ち続けているのだ。持ち主が再びフィールドでボールを蹴るその日を。
複雑な気持ちでキックティーを見つめ、心を締め付けられていた、その時。
突如として、部室の扉が荒々しく明け放たれた。
「来てんならチンタラしてねぇでさっさと準備しやがれ糞悟!!!」
「は、はいッ!!」
いつもと変わらないヒル魔の怒号に、悟は即座に弾かれたように返事をした。
「……ヒル魔さん、西部戦、絶対勝ちましょうね」
唐突な言葉、妙に熱を帯びた悟の様子と強い眼差しに、ヒル魔は「あ?」と小さく眉をひそめる。
勝ち続ければ、このトーナメントは終わらない。
かつての誓い――泥門デビルバッツの全員がフィールドに揃うその日まで、勝ち続ける。
その覚悟を今一度胸に宿し、悟は光の射すグラウンドへと飛び出した。