第三章【秋季大会・地区大会編】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
泥門高校からやや離れた立地にある、悟の自宅。
2階の自室に戻った彼女は、机の上にぽつんと置かれた鮮やかなワインレッドの携帯電話を前に、うーんと頭を抱えていた。
「どう説明しようかな、これ……」
アメフト部の練習は夜遅くなることが多く、最寄り駅まで両親に車で迎えに来てもらうことも度々ある。携帯が新しくなった以上、当然両親には新しい連絡先を伝えなければならない。
伝えるのをこれほど躊躇してしまうのには、とある理由があった。
携帯を壊してしまった。ここまではまだ良い。問題はその先だ。
「だから、部活の先輩に最新型の携帯をもらった」そんな突拍子もない説明をして、「はい、そうですか」と納得する親が世の中にいるはずもない。まず間違いなく高校生らしからぬ高価すぎる贈り物に眉をひそめられ、事情を根掘り葉掘り問い詰められるのがオチだ。
水没の原因がプールに落ちたことだという点も大概だが、それ以上に、あの規格外の悪魔――ヒル魔の行動を、一般人である両親に理解してもらうのは不可能に近かった。
どう切り出したものかと、ベッドに寝転がって唸っていた、その時だった。
トントン、と階段を上がってくる、聞き慣れた足音が家の中に響いた。
しかし、それは同時に、ずいぶんと久しぶりに聞く足音でもあった。
――この無遠慮な響きは。
悟はハッとしてベッドから跳ね起きた。
「……嘘、阿含……!?」
ぽつりと自室にこぼれた独言。
阿含により自身の価値を見失っていた、あの過去の自分とは決別した筈なのに、その名を口にしただけで、ジワリと嫌な汗が滲んでくる。
「……家で鉢合わせるのなんて、いつぶりだろう」
阿含は放蕩三昧で家にほとんど寄り付かず、気が向いた時に着替えのため等でふらりと短時間帰ってくる程度。
もう一人の兄である雲水は、神龍寺高校の合宿所に籠りきりの生活を送っている。秋季大会が始まる前は、週末になると短い時間ながらも顔を見せることもあったが、大会が始まってからはそれすらも完全に無くなっていた。
そして悟自身も、毎日始発の電車に飛び乗って泥門の朝練に参加し、放課後も夜遅くまで部活に打ち込んでいる。今の彼女にとって自宅はただ寝に帰る場所となってしまっており、結果として、兄たちと顔を合わせることは、奇跡に近い確率になっていた。
バタン――!!
少し離れた阿含の自室の扉が、雑に閉められる音が廊下に響き渡る。
悟はビクッと肩を揺らした。
(……機嫌悪そうだな……)
足音やドアが立てる音の激しさだけで、兄の精神状態を正確に察知してしまう。それはかつて彼を慕い、その後を追い、憧れ見つめ続けていたからこそ。そしてそれは、いつの日からかその圧倒的な才能の影で、常にその一歩後ろを顔色を窺いながら歩いていた事で染み付いた、悲しい習性でもあった。
じっと、机の上の携帯を見つめる。
(あ……でも、連絡先が変わったこと、阿含にも伝えなきゃ……だよね)
もし部屋に行けば、どんな言葉を投げかけられるかは想像に難くない。
「カスのケー番なんているかよ」と吐き捨てられるか、そもそも声すら発さずに完全に無視されるか。
阿含の手によって闇の中へと突き落とされ、そこから必死に這い上がろうとしたことで生じた、兄妹間の深い軋轢。
それでも、悟にとって阿含という存在は、どれほど突き放されても血の繋がった大切な「兄」に変わりはなかった。恐怖がある一方で、ただ純粋に「久しぶりに兄の顔が見たい」という妹としての切ない本音が胸の奥に燻っているのも事実だった。今日を逃せば次いつ会えるかなどわからない。次に会うのはフィールドの上、なんてことも十分にあり得るだろう。
「……よし」
悟は意を決して立ち上がると、机の上の携帯を手に取り強く握りしめ、自室の扉を開けた。
ひんやりとした廊下を進み、阿含の部屋の前へと立つ。
心臓が嫌な音を立てて波打つのを自覚しながら、深く、深く呼吸を一つ。
そして、意を決してドアをノックした。
「あ、阿含……。私。少しいい?」
静まり返ったドアの向こう側。
兄との対峙を前に、張り詰めた沈黙が流れていた。
2階の自室に戻った彼女は、机の上にぽつんと置かれた鮮やかなワインレッドの携帯電話を前に、うーんと頭を抱えていた。
「どう説明しようかな、これ……」
アメフト部の練習は夜遅くなることが多く、最寄り駅まで両親に車で迎えに来てもらうことも度々ある。携帯が新しくなった以上、当然両親には新しい連絡先を伝えなければならない。
伝えるのをこれほど躊躇してしまうのには、とある理由があった。
携帯を壊してしまった。ここまではまだ良い。問題はその先だ。
「だから、部活の先輩に最新型の携帯をもらった」そんな突拍子もない説明をして、「はい、そうですか」と納得する親が世の中にいるはずもない。まず間違いなく高校生らしからぬ高価すぎる贈り物に眉をひそめられ、事情を根掘り葉掘り問い詰められるのがオチだ。
水没の原因がプールに落ちたことだという点も大概だが、それ以上に、あの規格外の悪魔――ヒル魔の行動を、一般人である両親に理解してもらうのは不可能に近かった。
どう切り出したものかと、ベッドに寝転がって唸っていた、その時だった。
トントン、と階段を上がってくる、聞き慣れた足音が家の中に響いた。
しかし、それは同時に、ずいぶんと久しぶりに聞く足音でもあった。
――この無遠慮な響きは。
悟はハッとしてベッドから跳ね起きた。
「……嘘、阿含……!?」
ぽつりと自室にこぼれた独言。
阿含により自身の価値を見失っていた、あの過去の自分とは決別した筈なのに、その名を口にしただけで、ジワリと嫌な汗が滲んでくる。
「……家で鉢合わせるのなんて、いつぶりだろう」
阿含は放蕩三昧で家にほとんど寄り付かず、気が向いた時に着替えのため等でふらりと短時間帰ってくる程度。
もう一人の兄である雲水は、神龍寺高校の合宿所に籠りきりの生活を送っている。秋季大会が始まる前は、週末になると短い時間ながらも顔を見せることもあったが、大会が始まってからはそれすらも完全に無くなっていた。
そして悟自身も、毎日始発の電車に飛び乗って泥門の朝練に参加し、放課後も夜遅くまで部活に打ち込んでいる。今の彼女にとって自宅はただ寝に帰る場所となってしまっており、結果として、兄たちと顔を合わせることは、奇跡に近い確率になっていた。
バタン――!!
少し離れた阿含の自室の扉が、雑に閉められる音が廊下に響き渡る。
悟はビクッと肩を揺らした。
(……機嫌悪そうだな……)
足音やドアが立てる音の激しさだけで、兄の精神状態を正確に察知してしまう。それはかつて彼を慕い、その後を追い、憧れ見つめ続けていたからこそ。そしてそれは、いつの日からかその圧倒的な才能の影で、常にその一歩後ろを顔色を窺いながら歩いていた事で染み付いた、悲しい習性でもあった。
じっと、机の上の携帯を見つめる。
(あ……でも、連絡先が変わったこと、阿含にも伝えなきゃ……だよね)
もし部屋に行けば、どんな言葉を投げかけられるかは想像に難くない。
「カスのケー番なんているかよ」と吐き捨てられるか、そもそも声すら発さずに完全に無視されるか。
阿含の手によって闇の中へと突き落とされ、そこから必死に這い上がろうとしたことで生じた、兄妹間の深い軋轢。
それでも、悟にとって阿含という存在は、どれほど突き放されても血の繋がった大切な「兄」に変わりはなかった。恐怖がある一方で、ただ純粋に「久しぶりに兄の顔が見たい」という妹としての切ない本音が胸の奥に燻っているのも事実だった。今日を逃せば次いつ会えるかなどわからない。次に会うのはフィールドの上、なんてことも十分にあり得るだろう。
「……よし」
悟は意を決して立ち上がると、机の上の携帯を手に取り強く握りしめ、自室の扉を開けた。
ひんやりとした廊下を進み、阿含の部屋の前へと立つ。
心臓が嫌な音を立てて波打つのを自覚しながら、深く、深く呼吸を一つ。
そして、意を決してドアをノックした。
「あ、阿含……。私。少しいい?」
静まり返ったドアの向こう側。
兄との対峙を前に、張り詰めた沈黙が流れていた。