第三章【秋季大会・地区大会編】
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体育祭の熱気も冷めやらぬ中、校門前。
悟は、二人三脚で予期せぬ助太刀をしてくれたキッドと陸にきちんとお礼を言うため、その姿を探していた。
「あ、いた」
校門のすぐ近くで、向かい合って何やら話しているキッドとヒル魔の姿を見つけ、悟は小走りで駆け寄った。
「キッドさん! ヒル魔……さ、ん……」
無邪気に声をかけ、二人の間に割って入った途端、悟は息を呑んで言葉を詰まらせた。
少し離れた場所からは分からなかったが、間近に立って初めて気が付いた。二人の間には今にも火花が散りそうな、ひりついた空気が流れていたのだ。
その空気を悟られまいとするかのように、ヒル魔はいつものように飄々とした態度で口を開いた。
「おう、そういやコイツが世話になったらしいな。ありがてぇこって」
キッドもまた、静かに微笑んで返す。
「事の成り行き……ってやつだ。他意はないよ」
二人の間に流れる見えない牽制に戸惑いながらも、悟は当初の目的を果たすべく、キッドの真正面に立ってペコリと頭を下げた。
「あの、話を遮ってしまっていたらごめんなさい。ちゃんとお礼できてなかったので……改めてありがとうございました」
「そんな大層なことはしてないんだけどねぇ」
キッドは柔らかく目を細めると、悟にだけ聞こえるような小さな声で言葉を続けた。
「おや、髪に埃がついてるな」
「そうですか?……取れましたか?」
悟は言われるがまま、自身の髪を手で払う。しかし、当然何も落ちてこない。――なぜなら、埃など最初からついていなかったのだから。
「……いいや。良ければ俺が取ろう、動かないでいてくれるかい?」
キッドはそう言って、悟の頭へその手を添えるように腕をスッと伸ばした。
次の瞬間。
バシッ、と音が鳴るほどの勢いで、いつの間にか距離を詰めたヒル魔がキッドの手を弾き、悟の腕を掴んで自身の傍へと荒々しく引き寄せた。
「わっ!?」
突然腕を引かれバランスを崩す悟。二人の小声の会話が聞こえていなかったヒル魔の目には、キッドが唐突に彼女へ親しげに触れようとしたようにしか見えなかったのだ。
「キッドテメー、なんのつもりだ」
低くドスを効かせた声で凄むヒル魔。先ほどまで独占欲など微塵もなさそうにすかしていた彼が、完全に余裕を崩した瞬間だった。
悟は目を白黒させながら説明する。
「ひ、ヒル魔さん? 髪にゴミがついてたみたいで、取ってくれようとしただけですよ?」
その言葉を聞いた瞬間、ヒル魔は忌々しそうに大きな舌打ちを一つ落とした。
「――嵌めやがったな」
悟が来る前、二人きりの会話の中でキッドがヒル魔から受けた何らかの痛烈な牽制、あるいは挑発。その意趣返しとして、キッドはわざとヒル魔の嫉妬心を煽るような真似をしたのである。
してやったりという顔で、キッドが肩をすくめる。
「ちょいとやり返させてもらったよ。予想はしていたけど、君がアメフト以外にも熱をあげているとは驚きだ」
飄々とした態度の裏にひた隠しにしていたヒル魔の執着心を、見事に引きずり出してみせたキッド。
「さっきの君の言葉を借りると……『カマトト野郎』はお互い様って事だ」
痛烈なカウンターを食らったヒル魔は、苛立ちを誤魔化すようにガムを噛み潰した。
「……ケケッ、食えない男なのはどっちだってんだ」
二人の高度な心理戦にすっかり巻き込まれた悟は、二人が一体何について火花を散らしているのか分からず、ただ一人キョトンと首を傾げていた。
困惑する悟に罪悪感を持ったキッドが、帽子を取り小さく頭を下げた。
「使うようなマネして悪かったよ、試合ではお手柔らかにお願いするよ。……巷では君も『悪魔』なんて呼ばれたりするんだってね。悪魔を二人相手取るのは相当骨が折れそうだ」
そう言い残したキッドの背中が消えていくのを見送った後、悟は隣に立つヒル魔へと視線を向けた。
「『カマトト野郎』……? 揉めたんですか? 大方、ヒル魔さんから吹っかけたんでしょうけど」
「ディベートついでに、ちょいと奴の血統について突っついただけだ」
呆れたように尋ねる悟に対し、ヒル魔は悪びれる様子もなく話し続ける。
「キッド にその気はなくとも、偵察として泥門 に来てんだ。こっちから精神的に揺さぶりかけたってバチは当たらねぇだろ、ケケケ!」
テキサスの白浜で、キッドが自身の出自をほのめかした時に見せた、全てを諦観してるかのような瞳。そしてどこか物悲しさを感じさせたあの表情が、悟の脳裏を掠める。
「……ホント、良い性格してますよね……具体的な内容を聞いても?」
悟がため息混じりに問うと、ヒル魔はニヤリと笑みを浮かべて彼女を見下ろした。
「『東京地区で最強のクォーターバック』は誰か……ってな。悟、テメーはどう見る」
思いがけない問いかけに、悟は数秒の沈黙を落とした。
仲間だからと安易な忖度はしない。彼女はフラットな視点で冷静に思考を巡らせ、ゆっくりと口を開いた。
「『最強』の定義によりますが……。そうですね……、投擲能力や咄嗟の判断力……クォーターバックとしての単純なスペックで測るのであれば、やっぱりキッドさんは抜けているかと思います。…何よりもあの『神速の早撃ち』は彼だけの武器ですし」
そこまで言ってから、悟はヒル魔の顔色を窺うように少しだけ早口で付け足した。
「……あの、前提に、フォローじゃないですからね。……チームを率いる司令塔としてのヒル魔さんは、彼より優れている点が多いですよ。自チームの選手の強みを最大限に活かす使い方、試合外での選手の管理、情報収集能力、作戦立案の能力……ヒル魔さんの強みについてなら、私たくさん話せます」
真剣な眼差しでそう語る悟だったが、ふと何かを思いついたように、堪えきれず「ふふっ」と悪戯っぽく笑い声を漏らした。
ヒル魔が眉をひそめる。
「あ? 何、笑ってやがる」
「……最強は最強でも……吉凶の『凶』の字での『最凶』であれば、東京一と言わず、関東一かと」
その言葉に、ヒル魔はポカンと一瞬だけ虚を突かれたような顔をした後、喉の奥で笑い声を鳴らした。
「……そうかよ」
「怒らないんですか?」
「あまりのくだらなさに腹立てる気にもなんねェんだよ」
口では「くだらない」と言い捨てながらも、ヒル魔はどこか愉快そうに口角を上げていた。
「満更でもなさそうですね」という言葉が喉元まで出かかったが、悟はそれをそっと飲み込んだ。しつこくからかって、この心地良く和やかな雰囲気を壊してしまうのは勿体ないと思ったのだ。
「ボサッとしてんな、この後も練習あんだぞ」
踵を返し、足早に歩き出したヒル魔が背中越しに声をかける。
「体育祭後の練習は堪えそうですね」
悟はくすりと笑い、機嫌良く歩き出した悪魔の背中を小走りで追いかけた。
悟は、二人三脚で予期せぬ助太刀をしてくれたキッドと陸にきちんとお礼を言うため、その姿を探していた。
「あ、いた」
校門のすぐ近くで、向かい合って何やら話しているキッドとヒル魔の姿を見つけ、悟は小走りで駆け寄った。
「キッドさん! ヒル魔……さ、ん……」
無邪気に声をかけ、二人の間に割って入った途端、悟は息を呑んで言葉を詰まらせた。
少し離れた場所からは分からなかったが、間近に立って初めて気が付いた。二人の間には今にも火花が散りそうな、ひりついた空気が流れていたのだ。
その空気を悟られまいとするかのように、ヒル魔はいつものように飄々とした態度で口を開いた。
「おう、そういやコイツが世話になったらしいな。ありがてぇこって」
キッドもまた、静かに微笑んで返す。
「事の成り行き……ってやつだ。他意はないよ」
二人の間に流れる見えない牽制に戸惑いながらも、悟は当初の目的を果たすべく、キッドの真正面に立ってペコリと頭を下げた。
「あの、話を遮ってしまっていたらごめんなさい。ちゃんとお礼できてなかったので……改めてありがとうございました」
「そんな大層なことはしてないんだけどねぇ」
キッドは柔らかく目を細めると、悟にだけ聞こえるような小さな声で言葉を続けた。
「おや、髪に埃がついてるな」
「そうですか?……取れましたか?」
悟は言われるがまま、自身の髪を手で払う。しかし、当然何も落ちてこない。――なぜなら、埃など最初からついていなかったのだから。
「……いいや。良ければ俺が取ろう、動かないでいてくれるかい?」
キッドはそう言って、悟の頭へその手を添えるように腕をスッと伸ばした。
次の瞬間。
バシッ、と音が鳴るほどの勢いで、いつの間にか距離を詰めたヒル魔がキッドの手を弾き、悟の腕を掴んで自身の傍へと荒々しく引き寄せた。
「わっ!?」
突然腕を引かれバランスを崩す悟。二人の小声の会話が聞こえていなかったヒル魔の目には、キッドが唐突に彼女へ親しげに触れようとしたようにしか見えなかったのだ。
「キッドテメー、なんのつもりだ」
低くドスを効かせた声で凄むヒル魔。先ほどまで独占欲など微塵もなさそうにすかしていた彼が、完全に余裕を崩した瞬間だった。
悟は目を白黒させながら説明する。
「ひ、ヒル魔さん? 髪にゴミがついてたみたいで、取ってくれようとしただけですよ?」
その言葉を聞いた瞬間、ヒル魔は忌々しそうに大きな舌打ちを一つ落とした。
「――嵌めやがったな」
悟が来る前、二人きりの会話の中でキッドがヒル魔から受けた何らかの痛烈な牽制、あるいは挑発。その意趣返しとして、キッドはわざとヒル魔の嫉妬心を煽るような真似をしたのである。
してやったりという顔で、キッドが肩をすくめる。
「ちょいとやり返させてもらったよ。予想はしていたけど、君がアメフト以外にも熱をあげているとは驚きだ」
飄々とした態度の裏にひた隠しにしていたヒル魔の執着心を、見事に引きずり出してみせたキッド。
「さっきの君の言葉を借りると……『カマトト野郎』はお互い様って事だ」
痛烈なカウンターを食らったヒル魔は、苛立ちを誤魔化すようにガムを噛み潰した。
「……ケケッ、食えない男なのはどっちだってんだ」
二人の高度な心理戦にすっかり巻き込まれた悟は、二人が一体何について火花を散らしているのか分からず、ただ一人キョトンと首を傾げていた。
困惑する悟に罪悪感を持ったキッドが、帽子を取り小さく頭を下げた。
「使うようなマネして悪かったよ、試合ではお手柔らかにお願いするよ。……巷では君も『悪魔』なんて呼ばれたりするんだってね。悪魔を二人相手取るのは相当骨が折れそうだ」
そう言い残したキッドの背中が消えていくのを見送った後、悟は隣に立つヒル魔へと視線を向けた。
「『カマトト野郎』……? 揉めたんですか? 大方、ヒル魔さんから吹っかけたんでしょうけど」
「ディベートついでに、ちょいと奴の血統について突っついただけだ」
呆れたように尋ねる悟に対し、ヒル魔は悪びれる様子もなく話し続ける。
「
テキサスの白浜で、キッドが自身の出自をほのめかした時に見せた、全てを諦観してるかのような瞳。そしてどこか物悲しさを感じさせたあの表情が、悟の脳裏を掠める。
「……ホント、良い性格してますよね……具体的な内容を聞いても?」
悟がため息混じりに問うと、ヒル魔はニヤリと笑みを浮かべて彼女を見下ろした。
「『東京地区で最強のクォーターバック』は誰か……ってな。悟、テメーはどう見る」
思いがけない問いかけに、悟は数秒の沈黙を落とした。
仲間だからと安易な忖度はしない。彼女はフラットな視点で冷静に思考を巡らせ、ゆっくりと口を開いた。
「『最強』の定義によりますが……。そうですね……、投擲能力や咄嗟の判断力……クォーターバックとしての単純なスペックで測るのであれば、やっぱりキッドさんは抜けているかと思います。…何よりもあの『神速の早撃ち』は彼だけの武器ですし」
そこまで言ってから、悟はヒル魔の顔色を窺うように少しだけ早口で付け足した。
「……あの、前提に、フォローじゃないですからね。……チームを率いる司令塔としてのヒル魔さんは、彼より優れている点が多いですよ。自チームの選手の強みを最大限に活かす使い方、試合外での選手の管理、情報収集能力、作戦立案の能力……ヒル魔さんの強みについてなら、私たくさん話せます」
真剣な眼差しでそう語る悟だったが、ふと何かを思いついたように、堪えきれず「ふふっ」と悪戯っぽく笑い声を漏らした。
ヒル魔が眉をひそめる。
「あ? 何、笑ってやがる」
「……最強は最強でも……吉凶の『凶』の字での『最凶』であれば、東京一と言わず、関東一かと」
その言葉に、ヒル魔はポカンと一瞬だけ虚を突かれたような顔をした後、喉の奥で笑い声を鳴らした。
「……そうかよ」
「怒らないんですか?」
「あまりのくだらなさに腹立てる気にもなんねェんだよ」
口では「くだらない」と言い捨てながらも、ヒル魔はどこか愉快そうに口角を上げていた。
「満更でもなさそうですね」という言葉が喉元まで出かかったが、悟はそれをそっと飲み込んだ。しつこくからかって、この心地良く和やかな雰囲気を壊してしまうのは勿体ないと思ったのだ。
「ボサッとしてんな、この後も練習あんだぞ」
踵を返し、足早に歩き出したヒル魔が背中越しに声をかける。
「体育祭後の練習は堪えそうですね」
悟はくすりと笑い、機嫌良く歩き出した悪魔の背中を小走りで追いかけた。