第三章【秋季大会・地区大会編】
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「悟! 頼みがあるんだけど」
放課後の教室。部室へと向かおうとしていた悟は、思い詰めたような顔をしたセナに呼び止められた。
次なる相手、西武ワイルドガンマンズ戦を見据えた、とある切実な問題について。
「僕に言われなくても、悟ならとっくに分かってると思うけど…。やっぱりキックの点差が大き過ぎるんだ」
巨深ポセイドン戦。タッチダウンの数では勝っていたはずの泥門デビルバッツが、あそこまで追い詰められた最大の理由。それは、「キッカーの不在」という歴然たる事実だった。
「僕が口出しするべきことじゃないのかもしれない。でも、次の西武戦、キッカー無しじゃ……」
「うん。……そうだよね、言いづらい話を切り出してくれてありがとう」
悟が優しく頷くと、セナは決意を込めた瞳で顔を上げた。
「だから、モン太と一緒に……もう一度、ムサシさんの説得に行こうと思う。泥門も東京ベスト4まで勝ち進んだんだ。『強くなったら』って約束も…不十分かもしれないけど…」
「私に頼みたいことって……まさか」
「う、うん。僕たちが今日いないことをなんとか誤魔化してもらえないかな?ヒル魔さんにバレたら『余計なことすんな』って止められそうだから……! 後でバレて怒られても良いんだ、恐ろしいけど……。時間稼ぎをして欲しい」
とはいえ悟は思わず首をひねった。あの悪魔の目を誤魔化して時間を稼ぐなど、至難の業だ。しかし、泥門が「勝つため」に必要なことであるならば、引き受けないわけにはいかなかった。
「わかった、やってみるよ」
かくして、解決方法が見つからぬまま部室に到着した悟だったが――とあるトラブルにより、その目的は唐突に達せられることになる。
「……え?」
ガチャリと扉を開けた悟の視界に飛び込んできたのは、部室の中央で堂々とパイプ椅子に座る大きな男――水町の姿だった。そして水町の対面には、腕を組み、長い脚をテーブルに投げ出して、ありありと凄まじい殺気を放つヒル魔が座っていた。
「ンハッ! やっと来た!! 会いに来ちゃった!」
「水町くん!? どうして泥門に……!!」
「『これ』見てたら、試合での悟を思い出してさ。負けた事は死ぬほど悔しかったけど……。マジでかっこよかったんだよ。そんな事考えてたら会いたくなった! から会いに来た!」
ヒル魔の殺気などどこ吹く風で、水町がニコニコと差し出してきたのは、秋季大会前に刊行された「月刊アメフト」。その見開きには、「高校アメフト・東西の女傑」という特集が組まれていた。
「西の小泉花梨選手……、へぇ、私以外にも女性のアメフト選手が……。……ん? 東の……!?」
そこには、東の女傑と称して「金剛悟」の名と、NASAエイリアンズ戦での写真がデカデカと掲載されていた。さらには、全く身に覚えのないコメントまで。――凄まじく強気で人格を疑うような言葉が並んでいる。
心当たりしかない人物が目の前でふんぞり返っているが、詰め寄るには状況が悪すぎた。
「んで、おもしれーのがさ! 今この花梨って子と悟っち、なんて呼ばれてるか知ってる?」
金色のロングヘアをサイドに編み、控えめに微笑む花梨の写真と、紫黒色の髪に冷たい瞳をギラつかせた悟の写真。次に水町が発する言葉に、悟は嫌な予感が止まらない。
「高校アメフト界の『天使』と『悪魔』!!」
目を輝かせる水町に、悟は勘弁して欲しいとでも言いたげに深くため息をついた。
「悪魔はひとりで十分……!!」
すると、水町の話を不機嫌そうに聞いていたヒル魔の殺気がスッと落ち着いたかと思うと、さも愉快そうに肩を揺らして笑い出した。
「ケケケケ!!! 『
「誰のせいだと思ってるんですか!!! ……そもそも、なんで誰も教えてくれなかったの……!?」
「網乃戦の後いっとき糞ガキ共が騒いでたろーが。巨深の対策に夢中で何も聞こえて無ぇみてーだったがな」
「夕陽ガッツ戦の観客席で、ヒソヒソ話されて居心地悪いなぁと思ったのは気のせいじゃなかったし、これが原因かぁ…!」
頭を抱え、その場に立ちすくむ悟。そんな彼女の傍に水町が歩み寄り、顔を覗き込むように背中を曲げた。
「……試合中は強くてこっえー悪魔でもさ、普段の悟っちは『天使』だと俺は思うよ?」
「っえ、あ……、水町くん、前も言った通り私には好きな人がいるから……! ありがたいことだけど、そういうのは困るよ」
本気で口説きにくる水町にタジタジになりながら拒絶する。悩みのタネが増え続ける状況に悟が困惑していると、不意にガタッ!という音が響いた。
椅子から立ち上がったヒル魔がズカズカと悟に近づくと、強引にその肩を引き寄せる。
「その『好きな人』とやらが俺だ、ケケケ」
「ヒル魔さん!?」
悟は心臓が飛び出そうになった。
ラスベガスの噴水前で互いの想いを確かめ合ってからも、悟はヒル魔の秘密主義を尊重し、泥門のメンバーにすら関係性をひた隠しにしてきた。
「……マジ? でも、『好きな人』って事は付き合ってるわけじゃないんしょ……?」
「んじゃ、今から付き合う。これで心置きなく諦められんだろ?」
水町をあしらうための適当な言葉だとしても、あのヒル魔が「他人の前で交際を認めた」という事実に、悟は激しく動揺した。
「……彼氏持ちになったんじゃ諦めるしかねぇじゃん……」
水町が縋るような視線を悟に向けるが、悟はそれどころではない。
水町は数秒俯いたかと思うと、パッと顔を上げて眩しい笑顔を見せた。
「振られたし! 彼氏もいる! んじゃ、片思い終わり! オメデト! あ、じゃあ俺今日から悟っちのファンになろっかな!」
「『じゃあ』って水町くん、それは困……らないから良いのかな……? じゃなくて待って、それよりヒル魔さん」
突拍子もない切り替えを見せる水町と、動揺から思考がから回り続ける悟。
その騒々しさに煩わしくなったヒル魔は、「チッ、話は終わりだ!後は外でやってろ」と二人を押し出し、部室の扉をピシャリと閉めた。
(……とりあえず、奇跡的にセナに頼まれた時間稼ぎはなんとかなってる……)
悟は扉を見つめながらホッと息を吐く。すると、隣にいた水町が明るい声を上げた。
「相手は置いといて…、好きな人と付き合えるんしょ?良かったじゃん!」
「……うん、ありがとう」
水町の、既に失恋など然程気にしていなさそうな様子に、悟は安堵する。
「ん〜せっかくだし、泥門の練習相手してあげよっか? 巨深は今週部活オフだし、今まで練習漬けだったから動いてないと落ち着かないんだよね」
「……本当に!?」
次なる強敵へ向けて、これ以上ない最高の練習相手となってくれるだろう。表情をパッと明るくした悟に、水町はニコリと笑いかけた。
「おー!
「ありがとう!! ラインの皆に声かけてくるね! ……っとその前に防具持ってこなくちゃ、水町くんが使えるサイズはあったかな……」
一気にアメフトモードに切り替わり、ご機嫌な足取りで倉庫へと走っていく悟。
「……ンハッ、やっぱ笑うとか〜わい〜…」
その後ろ姿を、水町は静かに、そしてどこか切なげに見つめていた。
「本気で、好きだったんだけどな〜……。彼氏になれたら絶対楽しかったよな。しばらく引きずりそ〜……」
ポツリとこぼれ落ちた独り言は、誰の耳にも届くことなく秋の風に溶けていく。
「……まっ、仕方ないっしょ!」
水町はすぐに空を見上げ、彼らしい爽やかな笑顔を作った。