第三章【秋季大会・地区大会編】
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いつもの駅へと続くルートではない、人通りの少ない裏路地。
ヒル魔に手を引かれながら、悟は熱に浮かされたように喋り続けていた。
「あの『鳥の叉骨』が上手くハマった時の巨深の顔ったらなかったですよね! 」
「やっぱり水町くんの立ち合いのスピードは規格外だったなぁ」
「セナが『デビルバットゴースト』にスピンを組み合わせた時の異次元の走り、もう本当に鳥肌が立ちました!」
巨深ポセイドンという強敵を打ち破った興奮が、まだ彼女の中で激しく渦巻いているのだ。「うるせェ」と一蹴するはずのヒル魔だが、彼女にばかりは違った。
時折短く相槌を打ちながら、悟の弾むような声を一切遮ることなく、静かに耳を傾けている。そして繋がれた手は決して離されることなく、悟の歩幅に合わせるようにゆっくりと夜道を歩いていた。
やがて二人が辿り着いたのは、とある静かなアパートの一室だった。
ガチャリ、と鍵を開けて足を踏み入れたその場所は――整頓されているとは言い難い空間だった。
無数のアメフトの資料や戦術ノートが山積みにされ、床にはトレーニング用の器具が無造作に転がっている。部屋の奥にあるのは、シンプルなベッドと机だけ。必要最低限の生活スペースしかない、いかにも「アメフト」で勝つことだけに特化した、ヒル魔の棲家だった。
「一人暮らししてるんです……ね。あの……」
部屋を見渡し、悟が少し口ごもる。ご家族は、と続けようとしたその空気を、ヒル魔は見透かしたように話し出す。
「俺の両親か? 株の詐欺でイングランド銀行ハメようとしてな、服役中だ」
唐突に放たれた重すぎる言葉。
ヒル魔は、悟は大仰に驚くか、あるいは返答に詰まりしどろもどろな態度を見せるだろうと予想していた。しかし、悟は少しだけ目を見開いた後、静かに、そして淡々とした声で呟いた。
「……そうですか」
「……なんだ、平然としてやがンな」
予想外の反応に、ヒル魔は拍子抜けした様子だ。
「いえ、もちろん驚いてますし、動揺もしましたけど……。ヒル魔さんが教えてくれたんですよ。家族や血筋は自分を形作る一部であって、全てじゃないって」
天才・阿含を兄に持ち、劣等感から自身の価値を見失っていた悟。ヒル魔は彼女自身の才能を磨き上げ、その輝きをフィールドで証明しつつある。悟はいつも自身を先導してくれるその背中を思い出しながら、真っ直ぐにヒル魔を見つめた。
その嘘偽りのない純粋で真摯な眼差しに、ヒル魔は途端にバツが悪くなる。
「……今の話はテキトー言って煙に巻こうとしたンだよ、デタラメだ」
「え、 ちょっと……! 真面目に話した私が馬鹿みたいじゃないですか!」
あっさりと白状したヒル魔に対し、悟は頬を膨らませた。
「『みたい』じゃなくて馬鹿なんだよ。疑うっつーことを知りやがれ」
「嘘ついたのはヒル魔さんなのにそんな言い方あります?」
ふくれっ面で文句を言う悟だったが、すぐにふっと表情を和らげた。
「……親とか、噂とか、何か越しにヒル魔さんを見たりしたくないのは本心です。私は、目の前のヒル魔さんを見ていたいんです」
逃げも隠れもしない、ただ純粋な好意と信頼だけが詰まった言葉。
そのストレートな響きに、ヒル魔は一瞬だけ目を丸くした後――「……ケケ、そうかよ」と、底抜けに機嫌の良さそうな笑みを浮かべた。
ヒル魔はベッドに腰掛けると、トントンと自分の隣を叩いて悟に視線を合わせた。
「そこでずっと突っ立ってるつもりか? ……こっち来い」
促されるまま、悟が隣に腰掛けようとした、その瞬間。
「わっ!?」
グイ、と悟の腰にヒル魔の腕が回され、強引に引き寄せられた。
小さく声を上げて態勢を崩した悟は、そのままヒル魔の開いた膝の間にすっぽりと収まる形で、後ろから抱きすくめられてしまう。
「ケケケ、甘やかすっつったろ」
悟の背中に密着する広い胸。自身の腕の中にすっぽりとおさまる悟の、細い腰に回した腕にぐっと力を入れ、さらに身体を密着させる。
「……っ」
あまりの至近距離と、背中から伝わる彼の体温に、悟は身悶えして真っ赤になりながら縮こまった。そんな悟の初々しい反応に、ヒル魔は呆れたような、けれどひどく甘い溜め息をつく。
「近づく度にこうだから次のステップに進めやしねぇ」
「……次のステップ、ですか……?」
混乱する頭で聞き返す悟に、ヒル魔の顔がゆっくりと近づく。
「手繋ぎ、包容、……その後は何だろうなァ。巨深出し抜いたその賢い頭で考えるこった」
ヒル魔のいう「次のステップ」の明確な意味を想像し、悟はついに耳の先まで茹でダコのように真っ赤に染まった。
その愛おしすぎる反応に目を細めながら、ヒル魔は彼女の赤い耳に触れるほどの距離に唇を寄せる。
「いい加減ちったぁ慣れやがれ。――俺が我慢してやってんの、気づけってんだ」
低く掠れた甘い悪魔の囁きが、夜の密室に熱く溶けていった。
ヒル魔に手を引かれながら、悟は熱に浮かされたように喋り続けていた。
「あの『鳥の叉骨』が上手くハマった時の巨深の顔ったらなかったですよね! 」
「やっぱり水町くんの立ち合いのスピードは規格外だったなぁ」
「セナが『デビルバットゴースト』にスピンを組み合わせた時の異次元の走り、もう本当に鳥肌が立ちました!」
巨深ポセイドンという強敵を打ち破った興奮が、まだ彼女の中で激しく渦巻いているのだ。「うるせェ」と一蹴するはずのヒル魔だが、彼女にばかりは違った。
時折短く相槌を打ちながら、悟の弾むような声を一切遮ることなく、静かに耳を傾けている。そして繋がれた手は決して離されることなく、悟の歩幅に合わせるようにゆっくりと夜道を歩いていた。
やがて二人が辿り着いたのは、とある静かなアパートの一室だった。
ガチャリ、と鍵を開けて足を踏み入れたその場所は――整頓されているとは言い難い空間だった。
無数のアメフトの資料や戦術ノートが山積みにされ、床にはトレーニング用の器具が無造作に転がっている。部屋の奥にあるのは、シンプルなベッドと机だけ。必要最低限の生活スペースしかない、いかにも「アメフト」で勝つことだけに特化した、ヒル魔の棲家だった。
「一人暮らししてるんです……ね。あの……」
部屋を見渡し、悟が少し口ごもる。ご家族は、と続けようとしたその空気を、ヒル魔は見透かしたように話し出す。
「俺の両親か? 株の詐欺でイングランド銀行ハメようとしてな、服役中だ」
唐突に放たれた重すぎる言葉。
ヒル魔は、悟は大仰に驚くか、あるいは返答に詰まりしどろもどろな態度を見せるだろうと予想していた。しかし、悟は少しだけ目を見開いた後、静かに、そして淡々とした声で呟いた。
「……そうですか」
「……なんだ、平然としてやがンな」
予想外の反応に、ヒル魔は拍子抜けした様子だ。
「いえ、もちろん驚いてますし、動揺もしましたけど……。ヒル魔さんが教えてくれたんですよ。家族や血筋は自分を形作る一部であって、全てじゃないって」
天才・阿含を兄に持ち、劣等感から自身の価値を見失っていた悟。ヒル魔は彼女自身の才能を磨き上げ、その輝きをフィールドで証明しつつある。悟はいつも自身を先導してくれるその背中を思い出しながら、真っ直ぐにヒル魔を見つめた。
その嘘偽りのない純粋で真摯な眼差しに、ヒル魔は途端にバツが悪くなる。
「……今の話はテキトー言って煙に巻こうとしたンだよ、デタラメだ」
「え、 ちょっと……! 真面目に話した私が馬鹿みたいじゃないですか!」
あっさりと白状したヒル魔に対し、悟は頬を膨らませた。
「『みたい』じゃなくて馬鹿なんだよ。疑うっつーことを知りやがれ」
「嘘ついたのはヒル魔さんなのにそんな言い方あります?」
ふくれっ面で文句を言う悟だったが、すぐにふっと表情を和らげた。
「……親とか、噂とか、何か越しにヒル魔さんを見たりしたくないのは本心です。私は、目の前のヒル魔さんを見ていたいんです」
逃げも隠れもしない、ただ純粋な好意と信頼だけが詰まった言葉。
そのストレートな響きに、ヒル魔は一瞬だけ目を丸くした後――「……ケケ、そうかよ」と、底抜けに機嫌の良さそうな笑みを浮かべた。
ヒル魔はベッドに腰掛けると、トントンと自分の隣を叩いて悟に視線を合わせた。
「そこでずっと突っ立ってるつもりか? ……こっち来い」
促されるまま、悟が隣に腰掛けようとした、その瞬間。
「わっ!?」
グイ、と悟の腰にヒル魔の腕が回され、強引に引き寄せられた。
小さく声を上げて態勢を崩した悟は、そのままヒル魔の開いた膝の間にすっぽりと収まる形で、後ろから抱きすくめられてしまう。
「ケケケ、甘やかすっつったろ」
悟の背中に密着する広い胸。自身の腕の中にすっぽりとおさまる悟の、細い腰に回した腕にぐっと力を入れ、さらに身体を密着させる。
「……っ」
あまりの至近距離と、背中から伝わる彼の体温に、悟は身悶えして真っ赤になりながら縮こまった。そんな悟の初々しい反応に、ヒル魔は呆れたような、けれどひどく甘い溜め息をつく。
「近づく度にこうだから次のステップに進めやしねぇ」
「……次のステップ、ですか……?」
混乱する頭で聞き返す悟に、ヒル魔の顔がゆっくりと近づく。
「手繋ぎ、包容、……その後は何だろうなァ。巨深出し抜いたその賢い頭で考えるこった」
ヒル魔のいう「次のステップ」の明確な意味を想像し、悟はついに耳の先まで茹でダコのように真っ赤に染まった。
その愛おしすぎる反応に目を細めながら、ヒル魔は彼女の赤い耳に触れるほどの距離に唇を寄せる。
「いい加減ちったぁ慣れやがれ。――俺が我慢してやってんの、気づけってんだ」
低く掠れた甘い悪魔の囁きが、夜の密室に熱く溶けていった。