第三章【秋季大会・地区大会編】
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巨深ポセイドンとの決戦を翌日に控えた今日、泥門アメフト部の部室には、誇らしげな表情を浮かべたセナ、モン太、小結の「泥門チビーズ」の姿があった。
「フゴ! 優勝!!」
小結が意気揚々と、大きな段ボール箱をドスンと置く。中にはこれでもかと詰め込まれた家庭用花火セットの山。
巨深の「進化の天才」水町に対抗するための策、それこそが『立ち合い』のスピード強化だった。彼らはその特訓と実戦を兼ねて、地元の商店街の相撲大会に出場し、小結は見事、優勝をもぎ取ってきたのだ。
「明日はついに巨深戦だしさ、景気付けにみんなでパーッとやっちゃおうよ!」
小結の快挙と花火の山を見て、鈴音が目を輝かせ元気に号令をかける。その一声で、部室前でのささやかな前夜祭――泥門デビルバッツ花火大会の開催が決定した。
「あーっ、バケツの水が全然足りなーい! 妖兄と悟、『二人で』汲んできて欲しいな〜?」
周囲がにぎやかに動き出す中、鈴音がニヤニヤと笑いながら二人に空のバケツを差し出した。
デス・マーチという地獄を共に乗り越えて以来、悟とヒル魔の間には、言葉では表しにくい、他人が容易に割り込めない独特の空気感が存在している。鈴音の「恋バナセンサー」はそれを敏感に察知し、面白がって二人きりにしようと画策しているようだ。
ヒル魔は鈴音のわざとらしい魂胆をすべて見抜きつつも、いつもの不敵な笑みを口元に浮かべた。
「ケケッ!ご指名だ、行くぞ糞悟」
悟も特に気負う風でもなく、いつも通りの様子でヒル魔の少し後ろを歩き出した。
薄暗い水道場に、蛇口からバケツへ水が勢いよく注がれる音が響き渡る。
揺れる水面を眺めながら、悟はふと、ずっと胸に引っかかっていた言葉を口にした。
「……ヒル魔さん。巨深高校でのこと、ごめんなさい」
「あァ?」
ヒル魔が横目でジロリと悟を見るが、悟はバケツを見つめたまま言葉を続けた。
「事情があったとはいえ、結果的にヒル魔さんに不快な思いや、不安な思いをさせちゃったのは事実だから…」
そんな悟の殊勝な態度を、ヒル魔は鼻で笑い飛ばした。
「ケケ、今更何神妙な面 下げてやがる。テメーのどんクセェ行動にはとっくに慣れてんだよ」
「え……」
「危なっかしくて隙だらけななんざ、今に始まったことじゃねぇだろ。仕方ねぇから対策してやるまでだ」
それは、彼女の欠点を含めたすべてを受け入れるかのような、ヒル魔なりの不器用な包容だった。
悟は驚いたように目を見張った後、ふっと表情を和らげる。
「ありがとうございます。……試合では隙なんて見せませんから」
「ケケ、当然だ!足引っ張ったらぶっ殺すぞ!」
いつも通りの物騒な激励を交わし、二人はグラウンドへと戻っていった。
泥門式花火大会が幕を開ける。――が、もちろん泥門の面々が普通に花火を楽しむはずがなかった。
「ケケケケケ! 逃げ惑え糞ガキ共!!」
ヒル魔がおもむろにロケット花火の束をアサルトライフルのように水平に構え、容赦なく火を放つ。シュバババババッ!!と激しい音を立ててグラウンドを真っ直ぐに突き進む光の弾幕。
「オイ!冗談じゃねぇぞ!」
「はぁあああ!? なんでこっち狙うんだよ!!」
「マジかよ、死ぬ死ぬ死ぬ!!」
ハァハァ3人衆が情けない悲鳴を上げながら、必死の猛ダッシュで駆けずり回る。セナやモン太が逃げ惑い、栗田も大きな体を揺らしてオロオロと右往左往していた。
阿鼻叫喚のドタバタ劇を、悟は少し離れた場所から見つめていた。呆れてため息をつきつつも、巨深戦という大きな一戦を前にして、少しも縮こまらずいつも通りに暴れ回るチームの明るい雰囲気に、どこか安堵の笑みを浮かべる。
(……うん、泥門はこうじゃなきゃね)
夜が更け、激しい騒ぎがようやく落ち着きを見せる。部員たちが思い思いに手持ち花火や線香花火を楽しみ、グラウンドには静かで穏やかな時間が流れ始めていた。
花火への興味を失ったヒル魔が、部室入り口前の小さな段差に腰掛けていた。暗闇の中でノートパソコンの液晶だけが彼の輪郭を白く浮かび上がらせ、明日の最終チェックを行う彼の指先が、静かにキーボードを叩いている。
そのすぐ傍でしゃがみ込む悟は、手元の一本の線香花火に火をつけた。
パチパチ、と繊細で儚いオレンジ色の火花が静かに弾け出す。その小さな優しい光が、悟の横顔を柔らかく照らし出していた。
小さな火花を見つめながら、悟は胸の中で明日への闘志を静かに、けれど激しく燃やす。
ふと、強い視線を感じて悟は顔を上げた。ヒル魔のあの鋭い瞳が、真っ直ぐに自分だけを捉えていることに気づく。
液晶の光に照らされた悪魔の顔に、ニヤリ、といつもの傲岸不遜な笑みが浮かんだ。
線香花火の火種が、静かに地面へと落ちる。
夜闇に溶け合う二人の強い視線。言葉は何も交わさない。けれど、暗闇を貫くその眼差しだけで、互いの意思は通じ合っていた。
(……絶対に勝つ、ですよね)
勝利への渇望を胸に、泥門デビルバッツが挑むは巨深ポセイドン。その戦いの火蓋が、間もなく切られようとしていた。
「フゴ! 優勝!!」
小結が意気揚々と、大きな段ボール箱をドスンと置く。中にはこれでもかと詰め込まれた家庭用花火セットの山。
巨深の「進化の天才」水町に対抗するための策、それこそが『立ち合い』のスピード強化だった。彼らはその特訓と実戦を兼ねて、地元の商店街の相撲大会に出場し、小結は見事、優勝をもぎ取ってきたのだ。
「明日はついに巨深戦だしさ、景気付けにみんなでパーッとやっちゃおうよ!」
小結の快挙と花火の山を見て、鈴音が目を輝かせ元気に号令をかける。その一声で、部室前でのささやかな前夜祭――泥門デビルバッツ花火大会の開催が決定した。
「あーっ、バケツの水が全然足りなーい! 妖兄と悟、『二人で』汲んできて欲しいな〜?」
周囲がにぎやかに動き出す中、鈴音がニヤニヤと笑いながら二人に空のバケツを差し出した。
デス・マーチという地獄を共に乗り越えて以来、悟とヒル魔の間には、言葉では表しにくい、他人が容易に割り込めない独特の空気感が存在している。鈴音の「恋バナセンサー」はそれを敏感に察知し、面白がって二人きりにしようと画策しているようだ。
ヒル魔は鈴音のわざとらしい魂胆をすべて見抜きつつも、いつもの不敵な笑みを口元に浮かべた。
「ケケッ!ご指名だ、行くぞ糞悟」
悟も特に気負う風でもなく、いつも通りの様子でヒル魔の少し後ろを歩き出した。
薄暗い水道場に、蛇口からバケツへ水が勢いよく注がれる音が響き渡る。
揺れる水面を眺めながら、悟はふと、ずっと胸に引っかかっていた言葉を口にした。
「……ヒル魔さん。巨深高校でのこと、ごめんなさい」
「あァ?」
ヒル魔が横目でジロリと悟を見るが、悟はバケツを見つめたまま言葉を続けた。
「事情があったとはいえ、結果的にヒル魔さんに不快な思いや、不安な思いをさせちゃったのは事実だから…」
そんな悟の殊勝な態度を、ヒル魔は鼻で笑い飛ばした。
「ケケ、今更何神妙な
「え……」
「危なっかしくて隙だらけななんざ、今に始まったことじゃねぇだろ。仕方ねぇから対策してやるまでだ」
それは、彼女の欠点を含めたすべてを受け入れるかのような、ヒル魔なりの不器用な包容だった。
悟は驚いたように目を見張った後、ふっと表情を和らげる。
「ありがとうございます。……試合では隙なんて見せませんから」
「ケケ、当然だ!足引っ張ったらぶっ殺すぞ!」
いつも通りの物騒な激励を交わし、二人はグラウンドへと戻っていった。
泥門式花火大会が幕を開ける。――が、もちろん泥門の面々が普通に花火を楽しむはずがなかった。
「ケケケケケ! 逃げ惑え糞ガキ共!!」
ヒル魔がおもむろにロケット花火の束をアサルトライフルのように水平に構え、容赦なく火を放つ。シュバババババッ!!と激しい音を立ててグラウンドを真っ直ぐに突き進む光の弾幕。
「オイ!冗談じゃねぇぞ!」
「はぁあああ!? なんでこっち狙うんだよ!!」
「マジかよ、死ぬ死ぬ死ぬ!!」
ハァハァ3人衆が情けない悲鳴を上げながら、必死の猛ダッシュで駆けずり回る。セナやモン太が逃げ惑い、栗田も大きな体を揺らしてオロオロと右往左往していた。
阿鼻叫喚のドタバタ劇を、悟は少し離れた場所から見つめていた。呆れてため息をつきつつも、巨深戦という大きな一戦を前にして、少しも縮こまらずいつも通りに暴れ回るチームの明るい雰囲気に、どこか安堵の笑みを浮かべる。
(……うん、泥門はこうじゃなきゃね)
夜が更け、激しい騒ぎがようやく落ち着きを見せる。部員たちが思い思いに手持ち花火や線香花火を楽しみ、グラウンドには静かで穏やかな時間が流れ始めていた。
花火への興味を失ったヒル魔が、部室入り口前の小さな段差に腰掛けていた。暗闇の中でノートパソコンの液晶だけが彼の輪郭を白く浮かび上がらせ、明日の最終チェックを行う彼の指先が、静かにキーボードを叩いている。
そのすぐ傍でしゃがみ込む悟は、手元の一本の線香花火に火をつけた。
パチパチ、と繊細で儚いオレンジ色の火花が静かに弾け出す。その小さな優しい光が、悟の横顔を柔らかく照らし出していた。
小さな火花を見つめながら、悟は胸の中で明日への闘志を静かに、けれど激しく燃やす。
ふと、強い視線を感じて悟は顔を上げた。ヒル魔のあの鋭い瞳が、真っ直ぐに自分だけを捉えていることに気づく。
液晶の光に照らされた悪魔の顔に、ニヤリ、といつもの傲岸不遜な笑みが浮かんだ。
線香花火の火種が、静かに地面へと落ちる。
夜闇に溶け合う二人の強い視線。言葉は何も交わさない。けれど、暗闇を貫くその眼差しだけで、互いの意思は通じ合っていた。
(……絶対に勝つ、ですよね)
勝利への渇望を胸に、泥門デビルバッツが挑むは巨深ポセイドン。その戦いの火蓋が、間もなく切られようとしていた。