第三章【秋季大会・地区大会編】
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水町の服を借りたまま、悟はまもりの到着を待っていた。
隣には、事の顛末を聞き終えたヒル魔が立っている。悟はまるで、飼い主の怒りを察して尾を伏せる犬のように、ヒル魔の表情を窺っていた。
「……そういうわけで、こういう状況に」
説明を終えて小さくなる悟に対し、ヒル魔は短く「大方予想通りだ」とだけ言い捨てた。
週末に重要な試合を控えている今、悟のコンディションを損ねるわけにはいかない。それが司令塔としての務めだと自分に言い聞かせているものの、他の男の服を纏う彼女の姿を視界に収めているだけで、ヒル魔の内心は穏やかではなかった。
そんな空気を読まず、水町が人懐っこい笑顔で悟に歩み寄る。
「スゲー動きでセナを助けたと思ったら、そのままプール落ちんだもん! マジで焦ったって!」
「ハハ……助けた後のことは考えてなかったから……。これ、クリーニングしてお返しするね」
「気にすんなよ! たいした服でもないし、そんなのいいって!」
水町が爽やかに手を振るが、悟は首を横に振る。
「そういうわけにも……せめて洗濯くらいはさせてもらわないと」
悟が真面目な顔で食い下がると、水町はパァッと表情を明るくさせた。
「そっか! 服を返してもらうっつー口実で悟っちに会えるじゃん! あ、これ本人に言わないほうが良いやつ?」
その、悟への好意を無遠慮に含ませた発言に、ヒル魔の眉がピクリと跳ねた。
(まァたコイツは、無自覚に誑し込みやがったな)
水町はさらに畳み掛ける。
「じゃあさ、洗濯したら連絡ちょうだい! 電話でもメールでも良いからさ! 俺が受け取りに行ってもいいし!」
「……あ? 連絡だァ?」
先ほどまでの冷静さはどこへやら、ヒル魔が纏う空気が一気に凍りついた。ヒル魔の殺気に気づいた水町がキョトンとする中、ヒル魔がジロリと悟を見やる。その視線に圧迫され、悟は観念したようにポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「……これ。連絡先を一方的にもらっただけで、登録はしてませんし、私の連絡先も教えてません……! そもそも携帯は水没して動きませんし……!」
必死の釈明を遮るように、ヒル魔がその紙片をひったくる。
次の瞬間、ビリビリ、と乾いた音がして紙片は無残に破り捨てられた。
水町が「ひどー!」と驚愕の声を上げる中、ヒル魔はニヒルな笑みを浮かべ、苛立ちの滲む威圧感を持って言い放った。
「コイツに用があるなら『窓口』を通しやがれ。……『俺』っつーな」
後日。巨深高校の部室に、泥門から一つの小包が届いた。
差出人の名を確認し、水町の顔が一瞬綻ぶも、その意味を察し、しょんぼりと肩を落としながら中身を確認する。
「え〜、これじゃ直接会えないじゃん…。俺あの子に避けられちゃってんのかな〜……」
出てきたのは水町が悟に貸した、男物のTシャツとハーフパンツ。
水町は手に取るが、すぐに違和感を覚えた。
「つーかコレ、きれい過ぎない? 新品みたいなんだけど……」
間違いなく自分の物と同じデザイン、同じサイズだが、生地はパリッとしており、使用感もまったくない。不思議に思いながら裏返すと、襟元には新品である事を示すタグが付いていた。
「いやタグ付いてっし!! ……ンハッ、そ~言う事?」
水町は天を仰いだ。
「俺は邪魔者って事ね、おーもしれ!燃えてきた!」
そこにはいないはずのあの男、ヒル魔の冷ややかな笑い声が聞こえてくるようだった。
水町の服など、ヒル魔にとっては何の意味も持たない。しかし、悟が袖を通したというのであれば話は別だ。彼女の痕跡が残る物が、他の男の手に渡る事は許さないという、明確な独占欲。
あえて新品だとわかるように送りつけることで、「彼女の所有権は自分にある事」を誇示しているかのような、大人げないほどの牽制。
同じ頃、泥門高校のアメフト部部室では、ヒル魔が何食わぬ顔でファイルをめくっていた。ヒル魔は水町への計略を悟には伝えていない。彼女が洗濯した水町の衣服は、「泥門の名前で郵送で返却する」とそれらしい理由を付けて回収済みだ。
悟の周囲に漂う他者の残り香は、全て己の手で排除する。それはヒル魔にとって、巨深戦に向けた戦略に次ぐ、あるいは同等に重要なタスクであった。
「ガキ共はさっさと練習準備しろ!巨深戦まで時間ねぇぞ!!」
いつもと変わらないヒル魔の口調。その視線は、部室の隅で真剣な眼差しで資料を見つめる悟の横顔に、確かな熱を持って向けられていた。
隣には、事の顛末を聞き終えたヒル魔が立っている。悟はまるで、飼い主の怒りを察して尾を伏せる犬のように、ヒル魔の表情を窺っていた。
「……そういうわけで、こういう状況に」
説明を終えて小さくなる悟に対し、ヒル魔は短く「大方予想通りだ」とだけ言い捨てた。
週末に重要な試合を控えている今、悟のコンディションを損ねるわけにはいかない。それが司令塔としての務めだと自分に言い聞かせているものの、他の男の服を纏う彼女の姿を視界に収めているだけで、ヒル魔の内心は穏やかではなかった。
そんな空気を読まず、水町が人懐っこい笑顔で悟に歩み寄る。
「スゲー動きでセナを助けたと思ったら、そのままプール落ちんだもん! マジで焦ったって!」
「ハハ……助けた後のことは考えてなかったから……。これ、クリーニングしてお返しするね」
「気にすんなよ! たいした服でもないし、そんなのいいって!」
水町が爽やかに手を振るが、悟は首を横に振る。
「そういうわけにも……せめて洗濯くらいはさせてもらわないと」
悟が真面目な顔で食い下がると、水町はパァッと表情を明るくさせた。
「そっか! 服を返してもらうっつー口実で悟っちに会えるじゃん! あ、これ本人に言わないほうが良いやつ?」
その、悟への好意を無遠慮に含ませた発言に、ヒル魔の眉がピクリと跳ねた。
(まァたコイツは、無自覚に誑し込みやがったな)
水町はさらに畳み掛ける。
「じゃあさ、洗濯したら連絡ちょうだい! 電話でもメールでも良いからさ! 俺が受け取りに行ってもいいし!」
「……あ? 連絡だァ?」
先ほどまでの冷静さはどこへやら、ヒル魔が纏う空気が一気に凍りついた。ヒル魔の殺気に気づいた水町がキョトンとする中、ヒル魔がジロリと悟を見やる。その視線に圧迫され、悟は観念したようにポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「……これ。連絡先を一方的にもらっただけで、登録はしてませんし、私の連絡先も教えてません……! そもそも携帯は水没して動きませんし……!」
必死の釈明を遮るように、ヒル魔がその紙片をひったくる。
次の瞬間、ビリビリ、と乾いた音がして紙片は無残に破り捨てられた。
水町が「ひどー!」と驚愕の声を上げる中、ヒル魔はニヒルな笑みを浮かべ、苛立ちの滲む威圧感を持って言い放った。
「コイツに用があるなら『窓口』を通しやがれ。……『俺』っつーな」
後日。巨深高校の部室に、泥門から一つの小包が届いた。
差出人の名を確認し、水町の顔が一瞬綻ぶも、その意味を察し、しょんぼりと肩を落としながら中身を確認する。
「え〜、これじゃ直接会えないじゃん…。俺あの子に避けられちゃってんのかな〜……」
出てきたのは水町が悟に貸した、男物のTシャツとハーフパンツ。
水町は手に取るが、すぐに違和感を覚えた。
「つーかコレ、きれい過ぎない? 新品みたいなんだけど……」
間違いなく自分の物と同じデザイン、同じサイズだが、生地はパリッとしており、使用感もまったくない。不思議に思いながら裏返すと、襟元には新品である事を示すタグが付いていた。
「いやタグ付いてっし!! ……ンハッ、そ~言う事?」
水町は天を仰いだ。
「俺は邪魔者って事ね、おーもしれ!燃えてきた!」
そこにはいないはずのあの男、ヒル魔の冷ややかな笑い声が聞こえてくるようだった。
水町の服など、ヒル魔にとっては何の意味も持たない。しかし、悟が袖を通したというのであれば話は別だ。彼女の痕跡が残る物が、他の男の手に渡る事は許さないという、明確な独占欲。
あえて新品だとわかるように送りつけることで、「彼女の所有権は自分にある事」を誇示しているかのような、大人げないほどの牽制。
同じ頃、泥門高校のアメフト部部室では、ヒル魔が何食わぬ顔でファイルをめくっていた。ヒル魔は水町への計略を悟には伝えていない。彼女が洗濯した水町の衣服は、「泥門の名前で郵送で返却する」とそれらしい理由を付けて回収済みだ。
悟の周囲に漂う他者の残り香は、全て己の手で排除する。それはヒル魔にとって、巨深戦に向けた戦略に次ぐ、あるいは同等に重要なタスクであった。
「ガキ共はさっさと練習準備しろ!巨深戦まで時間ねぇぞ!!」
いつもと変わらないヒル魔の口調。その視線は、部室の隅で真剣な眼差しで資料を見つめる悟の横顔に、確かな熱を持って向けられていた。