第三章【秋季大会・地区大会編】
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時計の針が日付を跨ごうとしていた。
泥門高校の校舎は深い静寂に包まれているが、アメフト部の部室ではノートパソコンの放熱音とファンの回転音が小さく響いていた。
膨大なデータとの格闘の果てに、悟の集中力は限界を迎えていた。机の上に広げた資料の束に頬を預け、彼女はモニターの青白い光に照らされながら、深く、そして穏やかに眠り込んでいた。
帰路についていたヒル魔は携帯に表示された地図を見つめていた。画面の中で点滅しているのは、悟のGPS信号だ。それが夕方から一ミリも動いていないことを確認し、ヒル魔は眉をひそめた。
「ケケッ、首輪 付けといて正解じゃねぇか。……隙だらけにも程があんだよ」
ヒル魔はやれやれといった様相で、部室へと踵を返した。
部室の扉を開けると、机に突っ伏して無防備に寝息を立てる悟の姿があった。
「チッ!起きやがれ!」
ヒル魔が容赦なく悟の肩を小突くと、悟は「っわ!?」と短い悲鳴を上げ、ビクリと跳ね起きた。
「あれ!?……私、寝ちゃって……!!」
「テメーの不用心さにはほとほと呆れんな」
「すみませ……って、あ!!!」
時計を確認した悟は、顔を真っ青にして飛び退いた。終電はとうに過ぎている。携帯の画面には両親からの着信が何十件も表示されていた。
「わわ……まずい、心配してるよね……どうしよう、連絡しなきゃ……!」
「ったく、携帯貸せ」
ヒル魔は悟から携帯をひったくると、慣れた手つきで発信ボタンを押した。
数回のコールの後、相手が出ると、ヒル魔はいつもの荒々しい覇気を完全に消し去った。
「もしもし、金剛悟さんのお母様でしょうか? 夜分遅くに申し訳ありません。私 、泥門高校アメフト部顧問の酒寄と申します」
その声色の慇懃なまでのあまりの礼儀正しさに、悟は信じられないものを見る目でヒル魔を見つめた。
「本日、アメフト部の合宿予定がありまして……ええ。申し訳ありません、悟さんが保護者の方への連絡をすっかり忘れてしまったようで。今、こちらからお詫びのお電話を差し上げた次第です。……はい、ご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」
ヒル魔は手際よく「嘘」を並べ、相手の納得を引き出すと、最後に丁寧な言葉で締めくくった。
「…はい…ええ、そうですか。では、失礼いたします」
通話を切り、携帯を放り投げたヒル魔に、悟は呆然と立ち尽くす。
「……ンだよその顔は。テメーがどんくせぇから尻拭いしてやったんだろうが。このツケは百倍にして返せよ」
「あ、ありがとうございます……」
悟がぎこちなく感謝を伝えると、ヒル魔はニヤリと唇を歪めた。
「親に嘘ついて、男と二人きりで外泊するって自覚はあるのか? ケケケ」
「言い方……!!」
「事実だろうが」
そう言うとヒル魔は距離を一気に詰め、正面から強く抱きすくめた。
最近、こうして物理的な距離が極端に縮まることが増えた。悟はヒル魔の腕の中で、鼓動が跳ね上がるのを感じる。
「最近、スキンシップが増えましたね。……何かありましたか?」
「あ? 文句あんのかよ」
「……ふふ、無いですよ。ヒル魔さんになら、いくらでも触れて欲しいです」
悟がヒル魔の背中にそっと腕を回すと、ヒル魔の腕が彼女を一層強く締め付けた。
「…強いて理由挙げんなら……。テメーに触ろうとする全てが気に食わねェ」
耳元で、彼らしからぬ、どこか拗ねたような声音が吐き出された。
「……嫌に素直ですね」
「ケケ、今ここには誰もいやしねぇからな」
悪魔の吐息に肌が焼けるような感覚を覚えながら、悟はふと思う。
「……そもそも、帰らずにいてくれるんですね」
「鍵もかけねーで眠りこける馬鹿を一人にできねぇだろ」
「…返す言葉もないです……。あ、シャワーどうしよう。明日始発で帰って浴びないと」
「シャワー室あんぞ。2回戦突破したから増築した、ケケケ」
「……いつの間に?」
ヒル魔の突飛な行動に慣れつつある悟の表情に、既に驚きはない。
シャワーを浴びてリフレッシュした悟は、先程までの甘い雰囲気はどこへやら、再びノートパソコンと資料の前へと戻った。
「さて、少し寝たら頭がスッキリしました。せっかくなので、もうひと頑張りします」
悟が椅子へ座り机に向き直ろうとすると、ヒル魔が気だるげに立ち上がり、部室の隅にあるソファを顎で示した。
「続けんならそこでやれ」
「ソファに座っちゃうと、また眠くなりそうなんですけど……」
悟が困惑しながらも、促されるままソファに腰を下ろすと、ヒル魔はそのまま悟のすぐ横にどっかと座り込んだ。悟が声を出す間もなく、彼は悟の太ももを枕代わりにして、強引に頭を乗せて横になった。
所謂、膝枕の状態だ。
「あの……ヒル魔さん!?」
「仮眠だ」
下から刺さるような視線を感じ、悟は赤面して身をすくめた。
「とてもやりづらいんですけど……!」
「ケケケケ!眠くならなずに済みそうじゃねぇか」
膝の上でヒル魔が楽しげに、からかうように笑いを溢す。
「この程度で集中力乱されてりゃざまァねぇなァ」
そう言うとヒル魔はふっと息を抜き、静かに目を閉じた。
普段は隙など見せない悪魔の、睫毛と閉じた瞼が見える。
彼の温もりが、膝を通じて伝わってくる。泥門の絶対的な悪魔が、自分にだけは身を委ね、無防備に眠りについているという事実が、悟の心を激しく打った。
悟は鼻から深く息を吐き出し、分厚いファイルを開く。
蛍光灯が白い光を落としたまま、真夜中の時間は静かに、そして濃厚に更けていく。
膝の上に眠る悪魔を見守りながら、悟は再び巨深のデータへとその視線を走らせた。
泥門高校の校舎は深い静寂に包まれているが、アメフト部の部室ではノートパソコンの放熱音とファンの回転音が小さく響いていた。
膨大なデータとの格闘の果てに、悟の集中力は限界を迎えていた。机の上に広げた資料の束に頬を預け、彼女はモニターの青白い光に照らされながら、深く、そして穏やかに眠り込んでいた。
帰路についていたヒル魔は携帯に表示された地図を見つめていた。画面の中で点滅しているのは、悟のGPS信号だ。それが夕方から一ミリも動いていないことを確認し、ヒル魔は眉をひそめた。
「ケケッ、
ヒル魔はやれやれといった様相で、部室へと踵を返した。
部室の扉を開けると、机に突っ伏して無防備に寝息を立てる悟の姿があった。
「チッ!起きやがれ!」
ヒル魔が容赦なく悟の肩を小突くと、悟は「っわ!?」と短い悲鳴を上げ、ビクリと跳ね起きた。
「あれ!?……私、寝ちゃって……!!」
「テメーの不用心さにはほとほと呆れんな」
「すみませ……って、あ!!!」
時計を確認した悟は、顔を真っ青にして飛び退いた。終電はとうに過ぎている。携帯の画面には両親からの着信が何十件も表示されていた。
「わわ……まずい、心配してるよね……どうしよう、連絡しなきゃ……!」
「ったく、携帯貸せ」
ヒル魔は悟から携帯をひったくると、慣れた手つきで発信ボタンを押した。
数回のコールの後、相手が出ると、ヒル魔はいつもの荒々しい覇気を完全に消し去った。
「もしもし、金剛悟さんのお母様でしょうか? 夜分遅くに申し訳ありません。
その声色の慇懃なまでのあまりの礼儀正しさに、悟は信じられないものを見る目でヒル魔を見つめた。
「本日、アメフト部の合宿予定がありまして……ええ。申し訳ありません、悟さんが保護者の方への連絡をすっかり忘れてしまったようで。今、こちらからお詫びのお電話を差し上げた次第です。……はい、ご心配をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」
ヒル魔は手際よく「嘘」を並べ、相手の納得を引き出すと、最後に丁寧な言葉で締めくくった。
「…はい…ええ、そうですか。では、失礼いたします」
通話を切り、携帯を放り投げたヒル魔に、悟は呆然と立ち尽くす。
「……ンだよその顔は。テメーがどんくせぇから尻拭いしてやったんだろうが。このツケは百倍にして返せよ」
「あ、ありがとうございます……」
悟がぎこちなく感謝を伝えると、ヒル魔はニヤリと唇を歪めた。
「親に嘘ついて、男と二人きりで外泊するって自覚はあるのか? ケケケ」
「言い方……!!」
「事実だろうが」
そう言うとヒル魔は距離を一気に詰め、正面から強く抱きすくめた。
最近、こうして物理的な距離が極端に縮まることが増えた。悟はヒル魔の腕の中で、鼓動が跳ね上がるのを感じる。
「最近、スキンシップが増えましたね。……何かありましたか?」
「あ? 文句あんのかよ」
「……ふふ、無いですよ。ヒル魔さんになら、いくらでも触れて欲しいです」
悟がヒル魔の背中にそっと腕を回すと、ヒル魔の腕が彼女を一層強く締め付けた。
「…強いて理由挙げんなら……。テメーに触ろうとする全てが気に食わねェ」
耳元で、彼らしからぬ、どこか拗ねたような声音が吐き出された。
「……嫌に素直ですね」
「ケケ、今ここには誰もいやしねぇからな」
悪魔の吐息に肌が焼けるような感覚を覚えながら、悟はふと思う。
「……そもそも、帰らずにいてくれるんですね」
「鍵もかけねーで眠りこける馬鹿を一人にできねぇだろ」
「…返す言葉もないです……。あ、シャワーどうしよう。明日始発で帰って浴びないと」
「シャワー室あんぞ。2回戦突破したから増築した、ケケケ」
「……いつの間に?」
ヒル魔の突飛な行動に慣れつつある悟の表情に、既に驚きはない。
シャワーを浴びてリフレッシュした悟は、先程までの甘い雰囲気はどこへやら、再びノートパソコンと資料の前へと戻った。
「さて、少し寝たら頭がスッキリしました。せっかくなので、もうひと頑張りします」
悟が椅子へ座り机に向き直ろうとすると、ヒル魔が気だるげに立ち上がり、部室の隅にあるソファを顎で示した。
「続けんならそこでやれ」
「ソファに座っちゃうと、また眠くなりそうなんですけど……」
悟が困惑しながらも、促されるままソファに腰を下ろすと、ヒル魔はそのまま悟のすぐ横にどっかと座り込んだ。悟が声を出す間もなく、彼は悟の太ももを枕代わりにして、強引に頭を乗せて横になった。
所謂、膝枕の状態だ。
「あの……ヒル魔さん!?」
「仮眠だ」
下から刺さるような視線を感じ、悟は赤面して身をすくめた。
「とてもやりづらいんですけど……!」
「ケケケケ!眠くならなずに済みそうじゃねぇか」
膝の上でヒル魔が楽しげに、からかうように笑いを溢す。
「この程度で集中力乱されてりゃざまァねぇなァ」
そう言うとヒル魔はふっと息を抜き、静かに目を閉じた。
普段は隙など見せない悪魔の、睫毛と閉じた瞼が見える。
彼の温もりが、膝を通じて伝わってくる。泥門の絶対的な悪魔が、自分にだけは身を委ね、無防備に眠りについているという事実が、悟の心を激しく打った。
悟は鼻から深く息を吐き出し、分厚いファイルを開く。
蛍光灯が白い光を落としたまま、真夜中の時間は静かに、そして濃厚に更けていく。
膝の上に眠る悪魔を見守りながら、悟は再び巨深のデータへとその視線を走らせた。