第三章【秋季大会・地区大会編】
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部室の扉を開けた瞬間、悟はわずかに空気が重いことに気づいた。
そこには、十文字が去った後の静寂が澱のように沈んでいた。机の上のノートパソコンから発せられる青白い光だけが、暗い室内でヒル魔の横顔を無機質に照らしている。
「ヒル魔さん、まだ残ってたんですね」
ヒル魔から返事はない。
悟は十文字とヒル魔の間で起きた熾烈な対峙など知る由もない。ランニングで火照った身体を落ち着かせ、いつものように帰宅の支度を整える。
「…私はそろそろあがります。……私が言えた事じゃないですけど、試合後ですし、ヒル魔さんもほどほどにしてくださいね。…何か力になれる事があれば、いつでも言ってください」
悟がバッグを肩にかけ、部室の出口へ向かおうとした、その時だった。
背後から、不意に大きな気配が近づいた。
「――っ?」
振り返るよりも早く、強引な腕が悟の身体に回された。そのまま背後から強く引き寄せられ、ヒル魔の広い胸板に背中が密着する。
「えっ、あの、ヒル魔さん……!? 今私すごく汗かいてますし……!!」
突然の出来事に心臓が跳ね上がる。悟は慌てふためき、その拘束から抜け出そうと身をよじった。だが、ヒル魔の腕はびくともしない。逃がすまいと、むしろ抱きしめる力が一段と強く込められる。
「……動くんじゃねェ」
低く、いつもとはどこか違う唸りが耳元で響いた。
それは、試合中に檄を飛ばす冷徹な声や、普段の余裕たっぷりな口調とは全く違う、喉の奥から漏れるような、熱を孕んだ声だった。
「ヒル魔さん、いったいどうし……」
「悟。……テメーは、誰の物 だ?」
唐突な問いかけに、悟はきょとんとして問い返す。
「…… 物……? とは…?」
甘いムードを破壊するようなその間の抜けた返答に、ヒル魔の肩がわずかに揺れた。彼はチッと舌打ちをして、少しだけ悟を抱きしめる腕を緩めた。
「ちったぁ空気読みやがれ。試合中の察しの良さはどうしたよ」
「え、えっと……ごめんなさい……? 」
ヒル魔は呆れ果てたような溜息をつくが、それでも悟を離そうとはしない。
ヒル魔は、悟の首筋へと顔を埋め、無防備なうなじにそっとキスを落とした。
「………俺の物 だろうが」
首筋から伝わる、肌を焼くような悪魔の温度。
その言葉が、行動が、悟の脳内に少し遅れて繋がる。
「俺の物 」――その響きが意味することを理解した瞬間に、悟は自分の顔が急速に沸騰していくのを感じた。
「そ、う……ですね……」
「……ケケッ、今更理解 ったのか」
ヒル魔は満足げに笑った。
悟の身体が自分の腕の中で縮こまり、耳の先まで真っ赤に染まっていくのが、抱き締めている距離から手に取るようにわかる。
「……耳まで赤くなってんぞ」
そう囁くと、ヒル魔は悟の耳元に唇を寄せる。吐息が、繊細に肌を震わせる。
「誰が何と言おうと、関係ねェ。テメーは俺の物 だ。……『恋人』、なんだろ」
その囁きは、甘く、逃げ場のない「独占」の宣告だった。
「…俺から逃げられると思ってんじゃねェだろうな」
ヒル魔のその声に、隠しきれない焦燥と、不器用な情愛を聴き取ってしまった悟は、否定することも、逃げ出すこともできなかった。
「……思ってませんし、逃げるつもりなんて微塵もありませんよ」
部室に戻ってきた時に感じたやや沈んだ空気や、ヒル魔の突然の行動に違和感を覚えながらも。今はただ、心臓の音がうるさいほどに高鳴るのを感じながら、ヒル魔に身を委ねることしかできなかった。
悟は熱を帯びたまま、少しだけ勇気を振り絞るように、背後のヒル魔に問い返す。
「あの、私も聞いていいですか……?」
「あァ?」
「ではヒル魔さんは……誰のものですか?」
自分の所有権を主張したヒル魔に対し、悟が突きつけた質問返し。
暗い部室の中で、ヒル魔の瞳がわずかに揺れた。彼は悟の耳元で、観念したかのうように呟く。
「……テメーの物 だ」
静寂の部室の中で、二人の呼吸が重なり合う。
二人の歯車は、試合中だけでなく、こうして互いの魂を絡め合うようにして、より深く噛み合っていく。
そこには、十文字が去った後の静寂が澱のように沈んでいた。机の上のノートパソコンから発せられる青白い光だけが、暗い室内でヒル魔の横顔を無機質に照らしている。
「ヒル魔さん、まだ残ってたんですね」
ヒル魔から返事はない。
悟は十文字とヒル魔の間で起きた熾烈な対峙など知る由もない。ランニングで火照った身体を落ち着かせ、いつものように帰宅の支度を整える。
「…私はそろそろあがります。……私が言えた事じゃないですけど、試合後ですし、ヒル魔さんもほどほどにしてくださいね。…何か力になれる事があれば、いつでも言ってください」
悟がバッグを肩にかけ、部室の出口へ向かおうとした、その時だった。
背後から、不意に大きな気配が近づいた。
「――っ?」
振り返るよりも早く、強引な腕が悟の身体に回された。そのまま背後から強く引き寄せられ、ヒル魔の広い胸板に背中が密着する。
「えっ、あの、ヒル魔さん……!? 今私すごく汗かいてますし……!!」
突然の出来事に心臓が跳ね上がる。悟は慌てふためき、その拘束から抜け出そうと身をよじった。だが、ヒル魔の腕はびくともしない。逃がすまいと、むしろ抱きしめる力が一段と強く込められる。
「……動くんじゃねェ」
低く、いつもとはどこか違う唸りが耳元で響いた。
それは、試合中に檄を飛ばす冷徹な声や、普段の余裕たっぷりな口調とは全く違う、喉の奥から漏れるような、熱を孕んだ声だった。
「ヒル魔さん、いったいどうし……」
「悟。……テメーは、誰の
唐突な問いかけに、悟はきょとんとして問い返す。
「…… 物……? とは…?」
甘いムードを破壊するようなその間の抜けた返答に、ヒル魔の肩がわずかに揺れた。彼はチッと舌打ちをして、少しだけ悟を抱きしめる腕を緩めた。
「ちったぁ空気読みやがれ。試合中の察しの良さはどうしたよ」
「え、えっと……ごめんなさい……? 」
ヒル魔は呆れ果てたような溜息をつくが、それでも悟を離そうとはしない。
ヒル魔は、悟の首筋へと顔を埋め、無防備なうなじにそっとキスを落とした。
「………俺の
首筋から伝わる、肌を焼くような悪魔の温度。
その言葉が、行動が、悟の脳内に少し遅れて繋がる。
「俺の
「そ、う……ですね……」
「……ケケッ、今更
ヒル魔は満足げに笑った。
悟の身体が自分の腕の中で縮こまり、耳の先まで真っ赤に染まっていくのが、抱き締めている距離から手に取るようにわかる。
「……耳まで赤くなってんぞ」
そう囁くと、ヒル魔は悟の耳元に唇を寄せる。吐息が、繊細に肌を震わせる。
「誰が何と言おうと、関係ねェ。テメーは俺の
その囁きは、甘く、逃げ場のない「独占」の宣告だった。
「…俺から逃げられると思ってんじゃねェだろうな」
ヒル魔のその声に、隠しきれない焦燥と、不器用な情愛を聴き取ってしまった悟は、否定することも、逃げ出すこともできなかった。
「……思ってませんし、逃げるつもりなんて微塵もありませんよ」
部室に戻ってきた時に感じたやや沈んだ空気や、ヒル魔の突然の行動に違和感を覚えながらも。今はただ、心臓の音がうるさいほどに高鳴るのを感じながら、ヒル魔に身を委ねることしかできなかった。
悟は熱を帯びたまま、少しだけ勇気を振り絞るように、背後のヒル魔に問い返す。
「あの、私も聞いていいですか……?」
「あァ?」
「ではヒル魔さんは……誰のものですか?」
自分の所有権を主張したヒル魔に対し、悟が突きつけた質問返し。
暗い部室の中で、ヒル魔の瞳がわずかに揺れた。彼は悟の耳元で、観念したかのうように呟く。
「……テメーの
静寂の部室の中で、二人の呼吸が重なり合う。
二人の歯車は、試合中だけでなく、こうして互いの魂を絡め合うようにして、より深く噛み合っていく。