第一章【春季大会編】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それは、今よりもずっと空が広く見えていた、幼い日の記憶。
金剛家の広い庭で、私はいつも二人の兄の背中を追いかけていた。
ある時、阿含の隙を突き、彼が持つボールに指が触れた瞬間。阿含は驚いたように目を見開き、そして愉快そうに笑った。
「…あ゛〜、今のは『視えてた』な。……いいぜ、俺の暇つぶしくらいにはなりそうだ」
私の中にある、阿含と同じ0.11秒の反応速度、「神速のインパルス」。
その時はまだ、阿含も私を「自分と同じものを持つ唯一の片割れ」として、彼なりの愛情で慈しんでくれていたのだと思う。
けれど、成長という名の時間は、残酷なまでにその絆を裂いていった。
中学に入る頃、阿含は超人的な怪物へと進化し、雲水兄さんは血の滲む努力でその後を追っていた。
一方の私は、脳が「視えて」いても、体が「反応」しても、埋められない「身体能力の差」という壁にぶち当たっていた。
「……やはり、女じゃあな…。同じ才能を持って生まれても、結局は宝の持ち腐れだな」
「阿含の劣化版だよ。妹じゃなくて雲水が持つべき才能だった。」
周囲の心ない囁き。それは雲水兄さん、そして阿含の耳にも届いていた。
阿含は、私に向けられる「劣化版」という評価に激しい苛立ちを見せ、その矛先を、私自身へと向けるようになった。
「……俺をなぞるなと言ったはずだ。不快なんだよ。」
「その無様な姿が視界に入るだけで虫酸が走る。」
冷徹な拒絶。それは、期待外れの妹への怒りだったのか、それとも……。
中学3年の、夏。
どうしても諦めきれなかった私は、阿含の前に立った。阿含や雲水兄さんと同じ、アメリカンフットボールの舞台に立ちたいと願って。
「……俺を一度でも抜いてみろ。できねぇなら二度とアメフトなんて口にするな」
それが、阿含の仕掛けた残酷なテストだった。
私は全身の神経を指先にまで集中させた。何度も何度も挑み続けた。
「神速のインパルス」の、その極限を引き絞り、阿含の重心がわずかに浮いた瞬間を突く。
(いける……!)
視えた。次こそ抜けると思った、その刹那。
視界を覆ったのは、暴力的なまでの圧倒的な「力」の奔流だった。
「調子に乗るなと言ったはずだ……!」
本気になった阿含の迎撃。
振り払われた剛腕が、私の細い体を紙屑のように弾き飛ばす。
「あ、…………っ!!」
焼けるような激痛。
地面に叩きつけられた私の左腕は、無惨に抉れ、鮮血が土を赤く染めていった。
「悟!!!!」
駆け寄る雲水兄さんの悲鳴。
その腕の中で、私は痛みに耐え朦朧とする視界の先に、立ち尽くす阿含の姿を見た。
ピアスを揺らし、常に不敵に笑っていたあの阿含が…、「恐怖」と「動揺」に顔を歪ませ、震えていた。
私を護りたかったのか、それとも思い通りにならない玩具を壊したかったのか。その答えは、阿含自身にも分かっていなかったのかもしれない。
「……悟、どうしてそこまで。……無理をしなくていいんだ」
雲水兄さんが私を抱きしめる。その瞳には、深い同情と、そして同じ「天賦の才を持たざる者」としての微かな共鳴が混ざっていた。
流れる血を見つめながら、私は意識の淵で思った。
この傷は、私が私であろうとした、最初で最後の抗いの証。
そして……阿含という神にすべてを拒絶され、一生「劣化版」として生きることを決定づけられた、敗北の烙印なのだと。
「(欲張っちゃ、いけなかったんだ。……私は、阿含の影の中で、静かに生きていくべきなんだ……)」
この日、私は自分という存在を殺した。
紫がかった黒の髪。神速のインパルス。阿含から貰ったすべてを呪いたかった。しかし、阿含が私の憧憬であり、そして愛すべき兄であることは変えられなかった。私は自分を消して生きる道を選んだのだ。
あの金髪の悪魔に、手首を掴まれるあの日まで。
金剛家の広い庭で、私はいつも二人の兄の背中を追いかけていた。
ある時、阿含の隙を突き、彼が持つボールに指が触れた瞬間。阿含は驚いたように目を見開き、そして愉快そうに笑った。
「…あ゛〜、今のは『視えてた』な。……いいぜ、俺の暇つぶしくらいにはなりそうだ」
私の中にある、阿含と同じ0.11秒の反応速度、「神速のインパルス」。
その時はまだ、阿含も私を「自分と同じものを持つ唯一の片割れ」として、彼なりの愛情で慈しんでくれていたのだと思う。
けれど、成長という名の時間は、残酷なまでにその絆を裂いていった。
中学に入る頃、阿含は超人的な怪物へと進化し、雲水兄さんは血の滲む努力でその後を追っていた。
一方の私は、脳が「視えて」いても、体が「反応」しても、埋められない「身体能力の差」という壁にぶち当たっていた。
「……やはり、女じゃあな…。同じ才能を持って生まれても、結局は宝の持ち腐れだな」
「阿含の劣化版だよ。妹じゃなくて雲水が持つべき才能だった。」
周囲の心ない囁き。それは雲水兄さん、そして阿含の耳にも届いていた。
阿含は、私に向けられる「劣化版」という評価に激しい苛立ちを見せ、その矛先を、私自身へと向けるようになった。
「……俺をなぞるなと言ったはずだ。不快なんだよ。」
「その無様な姿が視界に入るだけで虫酸が走る。」
冷徹な拒絶。それは、期待外れの妹への怒りだったのか、それとも……。
中学3年の、夏。
どうしても諦めきれなかった私は、阿含の前に立った。阿含や雲水兄さんと同じ、アメリカンフットボールの舞台に立ちたいと願って。
「……俺を一度でも抜いてみろ。できねぇなら二度とアメフトなんて口にするな」
それが、阿含の仕掛けた残酷なテストだった。
私は全身の神経を指先にまで集中させた。何度も何度も挑み続けた。
「神速のインパルス」の、その極限を引き絞り、阿含の重心がわずかに浮いた瞬間を突く。
(いける……!)
視えた。次こそ抜けると思った、その刹那。
視界を覆ったのは、暴力的なまでの圧倒的な「力」の奔流だった。
「調子に乗るなと言ったはずだ……!」
本気になった阿含の迎撃。
振り払われた剛腕が、私の細い体を紙屑のように弾き飛ばす。
「あ、…………っ!!」
焼けるような激痛。
地面に叩きつけられた私の左腕は、無惨に抉れ、鮮血が土を赤く染めていった。
「悟!!!!」
駆け寄る雲水兄さんの悲鳴。
その腕の中で、私は痛みに耐え朦朧とする視界の先に、立ち尽くす阿含の姿を見た。
ピアスを揺らし、常に不敵に笑っていたあの阿含が…、「恐怖」と「動揺」に顔を歪ませ、震えていた。
私を護りたかったのか、それとも思い通りにならない玩具を壊したかったのか。その答えは、阿含自身にも分かっていなかったのかもしれない。
「……悟、どうしてそこまで。……無理をしなくていいんだ」
雲水兄さんが私を抱きしめる。その瞳には、深い同情と、そして同じ「天賦の才を持たざる者」としての微かな共鳴が混ざっていた。
流れる血を見つめながら、私は意識の淵で思った。
この傷は、私が私であろうとした、最初で最後の抗いの証。
そして……阿含という神にすべてを拒絶され、一生「劣化版」として生きることを決定づけられた、敗北の烙印なのだと。
「(欲張っちゃ、いけなかったんだ。……私は、阿含の影の中で、静かに生きていくべきなんだ……)」
この日、私は自分という存在を殺した。
紫がかった黒の髪。神速のインパルス。阿含から貰ったすべてを呪いたかった。しかし、阿含が私の憧憬であり、そして愛すべき兄であることは変えられなかった。私は自分を消して生きる道を選んだのだ。
あの金髪の悪魔に、手首を掴まれるあの日まで。