第三章【秋季大会・地区大会編】
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秋季大会、開幕。
クリスマスボウルに出場するには、東京予選を3位まで勝ち残ったのち、関東大会で優勝する必要がある。
泥門デビルバッツの初戦の相手は、スポーツ医学で名を馳せる網乃高校の「網乃サイボーグス」だ。
決戦の地へと向かう直前、泥門を揺るがす最悪のアクシデントが勃発する。
セナと夏彦が乗るべきバスを完全に間違え、大遅刻が確定したのだ。
「う、嘘だろ!? アイシールド抜きでどうやって網乃に立ち向かうんだよ!」
モン太や三兄弟が頭を抱え、部員たちの間に目に見える動揺が広がっていく。消沈した空気を切り裂いたのは、鋭い銃声と、ヒル魔の怒号だった。
「ガタガタ抜かしてんじゃねェ!!…一人抜けたら即負けか?」
ヒル魔がアサルトライフルを天に向けたまま、ギラついた瞳でメンバーを一喝する。
「スタミナ温存でベンチに下げたり、怪我で途中退場って可能性もあんだ。アイシールドありきで駒を動かすつもりなんざねェんだよ!その程度でクリスマスボウルなんざ夢見てんじゃねェぞ!!」
その一言に、部員たちはハッと息を呑んだ。
隣に立つ悟は、左腕にぴったりとフィットしている黒いアームスリーブをそっと撫でた。
(――セナがいないなら、私がその分まで走らないと)
悟は深く息を吐き出し、長い髪を一つに結び直した。瞳から迷いが消え、鋭い闘志が宿る。
「でも、セナくんがいなくても、僕たちには悟ちゃんの『悪魔の予言』があるよ!」
栗田がすがるように声を上げ、モン太も「ランニングバッグはセナだけじゃないッスもんね!」と目を輝かせた。しかし、悟は静かに首を振る。
「……問題があります。少なくとも、今は『悪魔の予言』は頼れません」
対戦相手である網乃サイボーグスは、「大会荒らし」の異名を持つ不気味な強豪だった。彼らは毎年、学校全体でたった一つのスポーツに照準を絞り、スポーツ医学に基づいた精密な肉体改造を施して優勝を奪い去っていく。
つまり、今年以前の彼らの「アメリカンフットボールチーム」としてのデータは、文字通り皆無だった。
相手の過去のプレイ動画やデータを徹底的に分析し、試合展開を秒単位で予測する「悪魔の予言」が武器である悟にとって、これは決定的な痛手だった。アメフトの試合記録がある選手は1人としていない。相手がどんなタイミングで、どんなフォーメーションで仕掛けてくるのか、これでは「予言」の精度が相当落ちてしまう。
「……予測をするための前情報が不足どころか、文字通り皆無だから…」
絶望の表情を浮かべるメンバーたちの横で、ヒル魔が目を細め、値踏みするように悟を睨みつける。どう戦う気だと、その無言の視線が問いかけていた。
悟はヒル魔のギラついた瞳から目を逸らさず、意識して口角を上げた。
「でも、考えはあります。少し時間を下さい。……勝つために」
データなき戦場。その不気味な重圧は、彼女に容赦なく襲いかかった。
泥門デビルバッツ、エース不在のままキックオフ。
「Set!……Hut!!」
激しい衝突音と共に、第1クォーターが開始される。
デス・マーチを乗り越えたはずの栗田や三兄弟の身体は、公式戦独特の緊張から酷く縮こまっていた。本来の力を出せない泥門ラインを、網乃の屈強かつ精密機械のようなライン陣が圧倒的なパワーでへし折っていく。
「網乃! 網乃! 網乃!」
会場を包む網乃コールのなか、泥門はジリジリと自陣深くまで押し込まれ、前半早々に力任せのタッチダウンを許してしまう。さらに2点のエキストラポイントまで綺麗に決められ、一瞬にして主導権を奪われた。
最悪の立ち上がり。ベンチに戻ってきたライン陣の顔には悲壮感が漂っていた。しかし、悟がすかさず彼らの前に立ちはだかる。
「 ……デス・マーチで、死ぬ気で押し続けたトラックのあの重さに比べたら、目の前の相手なんて軽いものじゃないですか?どんな風にトラックを押していたのか、思い出して。皆の力はこんなものじゃない筈だよ!」
普段穏やかな悟から発せられた、煽るような鼓舞に、三兄弟、栗田、小結がハッと目を見開く。
「…はっ、緊張で忘れてたぜ。行くぞオラァ!」
第2クォーター、気合を入れ直した泥門ライン陣が本来の爆発力を発揮し始めた。デス・マーチの成果を見せつけるように網乃のラインを力強く押し返し、悟が僅かな隙間から一気に敵陣へ侵入。そのまま流れるようなプレイでタッチダウンを奪い返し、同点に追いつく。
これで泥門が優勢に立つかと思われた。しかし、網乃のベンチも即座に対応してくる。
エースランナーであるセナを欠いた泥門の攻撃は、どうしてもモン太へのパスに偏らざるを得ない。網乃の主将である胸肩はそこを冷静に見抜き、モン太への徹底的なマークを開始。悟が本来の力が発揮できない上に、泥門の生命線であるパスルートを完全に塞がれ、試合は一気に息の詰まる膠着状態へと突入した。
「チッ……」
前半終了後のハーフタイム。ベンチに戻ってきたヒル魔の顔に笑みはなかった。いつになく険しい表情で、セナを欠いたこの膠着状態を打破する次の一手を思考している。
そこへ、静かな、けれど確かな足取りで悟が歩み寄った。
彼女の呼吸は驚くほど整っていた。この前半戦、攻撃が膠着している間も、悟はただ手をこまねいていたわけではない。フィールドで、そしてベンチから、網乃の選手たちの筋肉の動き、ステップの癖、胸肩の指示を出すタイミングの全てを、異常なまでの集中力で『視て』『観察』し続けていたのだ。
データが事前に存在しないのなら、今この場で、直接集め、構築すればいい。
悟は、険しい表情のままベンチに座るヒル魔の前に立ち、その瞳を真っ直ぐに向けた。
「ヒル魔さん」
呼びかけに、ヒル魔がわずかに視線を上げる。
「――見切りました」
その一言だけで、ヒル魔は全てを察した。
悟が試合の最中、網乃の精密機械のごとき動きを、彼女の持つ驚異的な「観察力」と頭脳でその場ですべてスキャンし、新たなデータを完全に構築してみせたのだということを。事前の情報がないなら、試合中に敵を丸裸にする――その常軌を逸した執念と進化の速度を、ヒル魔は即座に理解したのであった。
試合の中で自らをアップデートさせ、進化してみせた泥門の予言者。
その闘志と狂気を宿した瞳を見た瞬間、ヒル魔の険しかった顔が劇的に変化する。
「……ケケケケ!」
悪魔の唇から、待ってましたと言わんばかりに、凶悪な笑みが溢れ出た。
「後半戦は網乃のサイボーグどもを完膚なきまでにぶっ殺すぞ!!」
逆襲の牙は研がれた。アイシールド21なき戦場で、泥門の反撃が始まろうとしていた。
クリスマスボウルに出場するには、東京予選を3位まで勝ち残ったのち、関東大会で優勝する必要がある。
泥門デビルバッツの初戦の相手は、スポーツ医学で名を馳せる網乃高校の「網乃サイボーグス」だ。
決戦の地へと向かう直前、泥門を揺るがす最悪のアクシデントが勃発する。
セナと夏彦が乗るべきバスを完全に間違え、大遅刻が確定したのだ。
「う、嘘だろ!? アイシールド抜きでどうやって網乃に立ち向かうんだよ!」
モン太や三兄弟が頭を抱え、部員たちの間に目に見える動揺が広がっていく。消沈した空気を切り裂いたのは、鋭い銃声と、ヒル魔の怒号だった。
「ガタガタ抜かしてんじゃねェ!!…一人抜けたら即負けか?」
ヒル魔がアサルトライフルを天に向けたまま、ギラついた瞳でメンバーを一喝する。
「スタミナ温存でベンチに下げたり、怪我で途中退場って可能性もあんだ。アイシールドありきで駒を動かすつもりなんざねェんだよ!その程度でクリスマスボウルなんざ夢見てんじゃねェぞ!!」
その一言に、部員たちはハッと息を呑んだ。
隣に立つ悟は、左腕にぴったりとフィットしている黒いアームスリーブをそっと撫でた。
(――セナがいないなら、私がその分まで走らないと)
悟は深く息を吐き出し、長い髪を一つに結び直した。瞳から迷いが消え、鋭い闘志が宿る。
「でも、セナくんがいなくても、僕たちには悟ちゃんの『悪魔の予言』があるよ!」
栗田がすがるように声を上げ、モン太も「ランニングバッグはセナだけじゃないッスもんね!」と目を輝かせた。しかし、悟は静かに首を振る。
「……問題があります。少なくとも、今は『悪魔の予言』は頼れません」
対戦相手である網乃サイボーグスは、「大会荒らし」の異名を持つ不気味な強豪だった。彼らは毎年、学校全体でたった一つのスポーツに照準を絞り、スポーツ医学に基づいた精密な肉体改造を施して優勝を奪い去っていく。
つまり、今年以前の彼らの「アメリカンフットボールチーム」としてのデータは、文字通り皆無だった。
相手の過去のプレイ動画やデータを徹底的に分析し、試合展開を秒単位で予測する「悪魔の予言」が武器である悟にとって、これは決定的な痛手だった。アメフトの試合記録がある選手は1人としていない。相手がどんなタイミングで、どんなフォーメーションで仕掛けてくるのか、これでは「予言」の精度が相当落ちてしまう。
「……予測をするための前情報が不足どころか、文字通り皆無だから…」
絶望の表情を浮かべるメンバーたちの横で、ヒル魔が目を細め、値踏みするように悟を睨みつける。どう戦う気だと、その無言の視線が問いかけていた。
悟はヒル魔のギラついた瞳から目を逸らさず、意識して口角を上げた。
「でも、考えはあります。少し時間を下さい。……勝つために」
データなき戦場。その不気味な重圧は、彼女に容赦なく襲いかかった。
泥門デビルバッツ、エース不在のままキックオフ。
「Set!……Hut!!」
激しい衝突音と共に、第1クォーターが開始される。
デス・マーチを乗り越えたはずの栗田や三兄弟の身体は、公式戦独特の緊張から酷く縮こまっていた。本来の力を出せない泥門ラインを、網乃の屈強かつ精密機械のようなライン陣が圧倒的なパワーでへし折っていく。
「網乃! 網乃! 網乃!」
会場を包む網乃コールのなか、泥門はジリジリと自陣深くまで押し込まれ、前半早々に力任せのタッチダウンを許してしまう。さらに2点のエキストラポイントまで綺麗に決められ、一瞬にして主導権を奪われた。
最悪の立ち上がり。ベンチに戻ってきたライン陣の顔には悲壮感が漂っていた。しかし、悟がすかさず彼らの前に立ちはだかる。
「 ……デス・マーチで、死ぬ気で押し続けたトラックのあの重さに比べたら、目の前の相手なんて軽いものじゃないですか?どんな風にトラックを押していたのか、思い出して。皆の力はこんなものじゃない筈だよ!」
普段穏やかな悟から発せられた、煽るような鼓舞に、三兄弟、栗田、小結がハッと目を見開く。
「…はっ、緊張で忘れてたぜ。行くぞオラァ!」
第2クォーター、気合を入れ直した泥門ライン陣が本来の爆発力を発揮し始めた。デス・マーチの成果を見せつけるように網乃のラインを力強く押し返し、悟が僅かな隙間から一気に敵陣へ侵入。そのまま流れるようなプレイでタッチダウンを奪い返し、同点に追いつく。
これで泥門が優勢に立つかと思われた。しかし、網乃のベンチも即座に対応してくる。
エースランナーであるセナを欠いた泥門の攻撃は、どうしてもモン太へのパスに偏らざるを得ない。網乃の主将である胸肩はそこを冷静に見抜き、モン太への徹底的なマークを開始。悟が本来の力が発揮できない上に、泥門の生命線であるパスルートを完全に塞がれ、試合は一気に息の詰まる膠着状態へと突入した。
「チッ……」
前半終了後のハーフタイム。ベンチに戻ってきたヒル魔の顔に笑みはなかった。いつになく険しい表情で、セナを欠いたこの膠着状態を打破する次の一手を思考している。
そこへ、静かな、けれど確かな足取りで悟が歩み寄った。
彼女の呼吸は驚くほど整っていた。この前半戦、攻撃が膠着している間も、悟はただ手をこまねいていたわけではない。フィールドで、そしてベンチから、網乃の選手たちの筋肉の動き、ステップの癖、胸肩の指示を出すタイミングの全てを、異常なまでの集中力で『視て』『観察』し続けていたのだ。
データが事前に存在しないのなら、今この場で、直接集め、構築すればいい。
悟は、険しい表情のままベンチに座るヒル魔の前に立ち、その瞳を真っ直ぐに向けた。
「ヒル魔さん」
呼びかけに、ヒル魔がわずかに視線を上げる。
「――見切りました」
その一言だけで、ヒル魔は全てを察した。
悟が試合の最中、網乃の精密機械のごとき動きを、彼女の持つ驚異的な「観察力」と頭脳でその場ですべてスキャンし、新たなデータを完全に構築してみせたのだということを。事前の情報がないなら、試合中に敵を丸裸にする――その常軌を逸した執念と進化の速度を、ヒル魔は即座に理解したのであった。
試合の中で自らをアップデートさせ、進化してみせた泥門の予言者。
その闘志と狂気を宿した瞳を見た瞬間、ヒル魔の険しかった顔が劇的に変化する。
「……ケケケケ!」
悪魔の唇から、待ってましたと言わんばかりに、凶悪な笑みが溢れ出た。
「後半戦は網乃のサイボーグどもを完膚なきまでにぶっ殺すぞ!!」
逆襲の牙は研がれた。アイシールド21なき戦場で、泥門の反撃が始まろうとしていた。