第三章【秋季大会・地区大会編】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
記録会の熱狂が去り、泥門高校のグラウンドには静寂が戻っていた。
すっかり日は落ち、街灯がアスファルトを頼りなく照らす帰路。悟の隣には、いつもと変わらず不敵な笑みを浮かべ、ガムを膨らませるヒル魔の姿があった。
「ケケッ、泥門のランニングバックの席は、糞チビとテメーの2枚看板だな」
機嫌が良さそうなヒル魔の口元で、膨らませたガムがパチンと弾ける。悟はその言葉を反芻し、少しの違和感を覚えた。
「……その口振りだと、私がその席に座れない可能性もあったんですね」
「当たりめーだろ。テメーが使いモンにならねぇなら、陸上部の石丸っつー考えもあったぞ、ケケッ」
本気か冗談か、あるいはその両方か。
ヒル魔の言葉は相変わらず真意を煙に巻く。甘い雰囲気なんてものは無いけれど、わざわざ自分の歩幅に合わせて駅まで送り届けてくれようとしている事に、彼が作ってくれた「二人だけの時間」に、悟は心地よさを感じていた。
不意に、隣を歩いていたヒル魔が足を止める。
「……ヒル魔さん?」
振り返った悟の視界に、何かが放り投げられる。反射的に受け止めたそれは、しっとりと肌に吸い付くような上質な素材の布だった。
「……これって」
それは、黒のアームスリーブ。
手首から二の腕までを覆うその端には、泥門デビルバッツの象徴であるコウモリの羽が、さりげなくワンポイントで刺繍されている。明らかに彼女のサイズに合わせてあつらえられたものだ。
悟の心臓が、ドクリと跳ねた。
脳裏に蘇るのは、デス・マーチの最中での出来事だ。練習前、ヒル魔が唐突に自身の左腕に触れた瞬間があった。あの時はなぜ彼がそんな行動をとったのか理解できなかった。
「……ヒル魔さん。これは…その」
悟は、自虐的な苦笑を浮かべた。
左腕の傷跡。それは彼女にとって二つの顔を持つ。
自身の存在価値を示すため、阿含に挑んだ覚悟の証。
けれど同時に、圧倒的な力に刻みつけられた、拭いようのない無能さの証。
そんな想いなど、知る由もない人からすればただの「見栄の悪い傷跡」だ。
だが、ヒル魔の返答は彼女の予想を鼻先で笑い飛ばすものだった。
「言っておくが、隠すためのもんじゃねェぞ。そんなクソくだらねェ理由で俺が動くかよ。……その傷跡、低気圧で痛むんだろ。そのせいでテメーの動きのキレが1ミリでも鈍るのは、俺にとって損失なんだよ。」
いつになく饒舌なヒル魔。それは、女性、それも好いた人物に対し「プレゼント」をした彼の照れ隠しに他ならなかった。
「低気圧と古傷の痛みに因果関係があるのは、科学的に根拠があんだよ。一番の対策は、患部を冷やさねぇことだ」
「ま、気休めだがな」と付け加えると、ヒル魔は早足で歩き出した。
悟は、手の中のアームスリーブをじっと見つめた。
科学的根拠。対策。彼はいつだって、自身の優しさを「論理」という鎧で武装する。
けれど、その鎧の隙間から漏れ出す体温が、何よりも悟の心を暖かくさせた。
悟はパタパタと駆け寄り、早歩きになった彼の左腕に、自分の腕をぎゅっと絡めた。
「これ、大切にしますね。ありがとうございます!」
フンと鼻を鳴らして視線を逸らすヒル魔。けれど、絡められた腕を振り払うことはしない。
そのまま二人は、駅へと続く夜道を並んで歩き出す。
言葉が途切れ、辺りはすっかり静まり返り、アスファルトを叩く二人の足音だけが規則正しく響いている。
街灯の下を通るたび、二人の影がアスファルトの上で一つに重なり、長く伸びては消えていく。
その沈黙は、決して気まずいものではなかった。むしろ、言葉を重ねるよりも雄弁に、彼らの中に芽生えた関係性を物語っているようだった。
すっかり日は落ち、街灯がアスファルトを頼りなく照らす帰路。悟の隣には、いつもと変わらず不敵な笑みを浮かべ、ガムを膨らませるヒル魔の姿があった。
「ケケッ、泥門のランニングバックの席は、糞チビとテメーの2枚看板だな」
機嫌が良さそうなヒル魔の口元で、膨らませたガムがパチンと弾ける。悟はその言葉を反芻し、少しの違和感を覚えた。
「……その口振りだと、私がその席に座れない可能性もあったんですね」
「当たりめーだろ。テメーが使いモンにならねぇなら、陸上部の石丸っつー考えもあったぞ、ケケッ」
本気か冗談か、あるいはその両方か。
ヒル魔の言葉は相変わらず真意を煙に巻く。甘い雰囲気なんてものは無いけれど、わざわざ自分の歩幅に合わせて駅まで送り届けてくれようとしている事に、彼が作ってくれた「二人だけの時間」に、悟は心地よさを感じていた。
不意に、隣を歩いていたヒル魔が足を止める。
「……ヒル魔さん?」
振り返った悟の視界に、何かが放り投げられる。反射的に受け止めたそれは、しっとりと肌に吸い付くような上質な素材の布だった。
「……これって」
それは、黒のアームスリーブ。
手首から二の腕までを覆うその端には、泥門デビルバッツの象徴であるコウモリの羽が、さりげなくワンポイントで刺繍されている。明らかに彼女のサイズに合わせてあつらえられたものだ。
悟の心臓が、ドクリと跳ねた。
脳裏に蘇るのは、デス・マーチの最中での出来事だ。練習前、ヒル魔が唐突に自身の左腕に触れた瞬間があった。あの時はなぜ彼がそんな行動をとったのか理解できなかった。
「……ヒル魔さん。これは…その」
悟は、自虐的な苦笑を浮かべた。
左腕の傷跡。それは彼女にとって二つの顔を持つ。
自身の存在価値を示すため、阿含に挑んだ覚悟の証。
けれど同時に、圧倒的な力に刻みつけられた、拭いようのない無能さの証。
そんな想いなど、知る由もない人からすればただの「見栄の悪い傷跡」だ。
だが、ヒル魔の返答は彼女の予想を鼻先で笑い飛ばすものだった。
「言っておくが、隠すためのもんじゃねェぞ。そんなクソくだらねェ理由で俺が動くかよ。……その傷跡、低気圧で痛むんだろ。そのせいでテメーの動きのキレが1ミリでも鈍るのは、俺にとって損失なんだよ。」
いつになく饒舌なヒル魔。それは、女性、それも好いた人物に対し「プレゼント」をした彼の照れ隠しに他ならなかった。
「低気圧と古傷の痛みに因果関係があるのは、科学的に根拠があんだよ。一番の対策は、患部を冷やさねぇことだ」
「ま、気休めだがな」と付け加えると、ヒル魔は早足で歩き出した。
悟は、手の中のアームスリーブをじっと見つめた。
科学的根拠。対策。彼はいつだって、自身の優しさを「論理」という鎧で武装する。
けれど、その鎧の隙間から漏れ出す体温が、何よりも悟の心を暖かくさせた。
悟はパタパタと駆け寄り、早歩きになった彼の左腕に、自分の腕をぎゅっと絡めた。
「これ、大切にしますね。ありがとうございます!」
フンと鼻を鳴らして視線を逸らすヒル魔。けれど、絡められた腕を振り払うことはしない。
そのまま二人は、駅へと続く夜道を並んで歩き出す。
言葉が途切れ、辺りはすっかり静まり返り、アスファルトを叩く二人の足音だけが規則正しく響いている。
街灯の下を通るたび、二人の影がアスファルトの上で一つに重なり、長く伸びては消えていく。
その沈黙は、決して気まずいものではなかった。むしろ、言葉を重ねるよりも雄弁に、彼らの中に芽生えた関係性を物語っているようだった。