第三章【秋季大会・地区大会編】
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アメリカからの帰国翌日。
泥門高校のグラウンドに集う部員たちの瞳には、地獄のデス・マーチを潜り抜けた自信が宿っていた。
「YAーーHAーーー! 自己ベストタイ!!」
砂煙を上げ、40ヤードを駆け抜けたヒル魔が、ストップウォッチを掲げて叫ぶ。
泥門グラウンドでは「40ヤード走」と「ベンチプレス」での記録会が実施されていた。
続いて、悟が静かにスタートラインへついた。
デス・マーチ後半、彼女が課されたのは、持ち前の神経伝達速度を活かし、その「超反応」をロスなく推進力へ変換するための走力向上トレーニングだった。
「……ふぅ」
一呼吸。
ヒル魔の合図と同時に、悟の体が弾かれた。
「神速のインパルス」による超人的な反応速度。そこへ、2000kmの荒野を走り抜いて鍛え上げた脚力が加わる。走り抜けた悟を傍目に、ヒル魔は手元のストップウォッチを覗き込む。
液晶に刻まれた数字は、4.9秒。
「……ケケッ、5秒の壁を越えやがった」
「5秒の壁」を突破した。セナを初めとした4.5秒を切るエース級に比べれば、ランニングバックとしては「並」かもしれない。だが、入部してわずか数ヶ月の女子選手が叩き出す記録としては、明らかに異常だった。
ヒル魔は無表情を装いながらも、内心で舌を巻いた。もはや彼女は反射神経が良いだけの素人ではない。フィールドで戦うための必要十分な能力を努力により手に入れた、一人のアスリートだ。
だが、続くベンチプレスの測定では、残酷な現実が突きつけられた。
「……っ、ふ、ん……!」
バーベルを押し上げようと顔を真っ赤にするが、記録は30kgで止まった。
他の部員たちがデス・マーチを経て数値を伸ばす中、性差というフィジカルの壁は厚い。どれほど意志を燃やしても、正面から押し返すような走りは、彼女には備わっていないのだ。
「……パワー不足は否めねぇな」
背後から、どぶろくが声をかけた。
「押し勝とうなんざ考えんな。とにかく避ける事だけ考えるんだ」
「……避ける、ですね」
悟はバーベルを戻し、沈んだ声で返した。
「皆が体を張って戦っているのに、私だけ逃げても良いんでしょうか」
「勘違いするな。避けるってのは逃げる事とは違うぞ」
どぶろくは厳しく、けれど諭すように言葉を継いだ。
「ヒル魔にも言われたろ。ストロングポイントは各々違ぇ。アメフトは自分の土俵で戦うもんだからな。テメーの武器は何だ?」
悟は自分の手を見つめた。
「……『神速のインパルス』と、『観察力』」
「そうだ。それを組み合わせた『悪魔の予言』っつー芸当を極めることこそが、お前の戦い方だ。予言者のように先を読み、相手が触れることすらできぬ間に、網を抜ける。それがお前の役割だ。いいか、試合前のストレッチ、華奢なお前は特に念入りにな。怪我して退場っつー流れが、チームにとって一番の損失だ」
「……はい、どぶろく先生」
正面からぶつかるのではなく、相手の動きを視て、最適な一歩で躱し続ける。それが彼女に求められる、泥門の武器としての姿だ。
練習は続き、気がつけば空には一番星が輝き、グラウンドの隅には夜の帳が降り始めていた。
「ハァ……ハァ……」
セナやモン太たちが肩を揺らし呼吸する。いつもなら、ここで地面に倒れ込むような時間帯だ。
だが、悟はふとした違和感に立ち止まった。
「……あれ?」
セナとモン太のみならず、十文字や栗田、他の泥門部員を見れば既に呼吸を整えており、瞳の奥にはまだ光が消えていない。
「……ぜんぜん……バテてない……」
自分だけじゃない。
2000kmを完走した心肺機能。それは、短期間の練習では決して得られない、無尽蔵の根性とスタミナを、チーム全員の中に育て上げていた。
闇に浮かぶグラウンドで、悟は静かに自分の拳を握りしめる。
「これなら……戦える」
地獄の果てに掴んだのは、より研ぎ澄まされた「悪魔の予言」と、フィールドを駆け抜けるための脚、そして折れない心。戦い抜くための、新しい自分の姿。
秋大会初戦まで、あと僅か。
進化した泥門デビルバッツが、再び旋風を巻き起こそうとしていた。
泥門高校のグラウンドに集う部員たちの瞳には、地獄のデス・マーチを潜り抜けた自信が宿っていた。
「YAーーHAーーー! 自己ベストタイ!!」
砂煙を上げ、40ヤードを駆け抜けたヒル魔が、ストップウォッチを掲げて叫ぶ。
泥門グラウンドでは「40ヤード走」と「ベンチプレス」での記録会が実施されていた。
続いて、悟が静かにスタートラインへついた。
デス・マーチ後半、彼女が課されたのは、持ち前の神経伝達速度を活かし、その「超反応」をロスなく推進力へ変換するための走力向上トレーニングだった。
「……ふぅ」
一呼吸。
ヒル魔の合図と同時に、悟の体が弾かれた。
「神速のインパルス」による超人的な反応速度。そこへ、2000kmの荒野を走り抜いて鍛え上げた脚力が加わる。走り抜けた悟を傍目に、ヒル魔は手元のストップウォッチを覗き込む。
液晶に刻まれた数字は、4.9秒。
「……ケケッ、5秒の壁を越えやがった」
「5秒の壁」を突破した。セナを初めとした4.5秒を切るエース級に比べれば、ランニングバックとしては「並」かもしれない。だが、入部してわずか数ヶ月の女子選手が叩き出す記録としては、明らかに異常だった。
ヒル魔は無表情を装いながらも、内心で舌を巻いた。もはや彼女は反射神経が良いだけの素人ではない。フィールドで戦うための必要十分な能力を努力により手に入れた、一人のアスリートだ。
だが、続くベンチプレスの測定では、残酷な現実が突きつけられた。
「……っ、ふ、ん……!」
バーベルを押し上げようと顔を真っ赤にするが、記録は30kgで止まった。
他の部員たちがデス・マーチを経て数値を伸ばす中、性差というフィジカルの壁は厚い。どれほど意志を燃やしても、正面から押し返すような走りは、彼女には備わっていないのだ。
「……パワー不足は否めねぇな」
背後から、どぶろくが声をかけた。
「押し勝とうなんざ考えんな。とにかく避ける事だけ考えるんだ」
「……避ける、ですね」
悟はバーベルを戻し、沈んだ声で返した。
「皆が体を張って戦っているのに、私だけ逃げても良いんでしょうか」
「勘違いするな。避けるってのは逃げる事とは違うぞ」
どぶろくは厳しく、けれど諭すように言葉を継いだ。
「ヒル魔にも言われたろ。ストロングポイントは各々違ぇ。アメフトは自分の土俵で戦うもんだからな。テメーの武器は何だ?」
悟は自分の手を見つめた。
「……『神速のインパルス』と、『観察力』」
「そうだ。それを組み合わせた『悪魔の予言』っつー芸当を極めることこそが、お前の戦い方だ。予言者のように先を読み、相手が触れることすらできぬ間に、網を抜ける。それがお前の役割だ。いいか、試合前のストレッチ、華奢なお前は特に念入りにな。怪我して退場っつー流れが、チームにとって一番の損失だ」
「……はい、どぶろく先生」
正面からぶつかるのではなく、相手の動きを視て、最適な一歩で躱し続ける。それが彼女に求められる、泥門の武器としての姿だ。
練習は続き、気がつけば空には一番星が輝き、グラウンドの隅には夜の帳が降り始めていた。
「ハァ……ハァ……」
セナやモン太たちが肩を揺らし呼吸する。いつもなら、ここで地面に倒れ込むような時間帯だ。
だが、悟はふとした違和感に立ち止まった。
「……あれ?」
セナとモン太のみならず、十文字や栗田、他の泥門部員を見れば既に呼吸を整えており、瞳の奥にはまだ光が消えていない。
「……ぜんぜん……バテてない……」
自分だけじゃない。
2000kmを完走した心肺機能。それは、短期間の練習では決して得られない、無尽蔵の根性とスタミナを、チーム全員の中に育て上げていた。
闇に浮かぶグラウンドで、悟は静かに自分の拳を握りしめる。
「これなら……戦える」
地獄の果てに掴んだのは、より研ぎ澄まされた「悪魔の予言」と、フィールドを駆け抜けるための脚、そして折れない心。戦い抜くための、新しい自分の姿。
秋大会初戦まで、あと僅か。
進化した泥門デビルバッツが、再び旋風を巻き起こそうとしていた。