第二章【アメリカ合宿編】
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ラスベガスのネオンが、眩く、狂おしいほどに輝いていた。
開始から30日目。走行距離2000キロ。
砂塵にまみれたデコトラがこの街に停まったとき、そこには一人の脱落者もいなかった。
「……着いた。本当に、着いたんだ……!」
セナが震える声で呟く。その足取りには、練習の最終局面で掴み取った必殺技「デビルバットゴースト」の感覚が、確かな重みとして刻まれていた。セナは、この地獄の果てでついに、最強の武器を手に入れたのだ。
悟もまた、目の前の光景を夢見心地で見つめていた。
「悟、おつかれ。……俺たち、やり遂げたんだな」
隣に立った十文字が、労うように優しく肩を一度叩く。
「うん……。長かったような、あっという間だったような、不思議な気持ち」
悟の視線の先では、栗田が感極まって涙を流し、モン太や雪光たちも、互いの肩を叩き合いながら完走を労い合っていた。30日前、死に物狂いで走り出したあの日の絶望感は、今、この街の輝きに溶けて、確かな「自信」という名の結晶に変わっている。
「ケケッ、いつまで浸ってやがる!これはゴールじゃねぇ!秋大会のスタートラインに立ったってだけの話だぞ!」
後方から響くヒル魔の鋭い声。けれど、いつもより少しだけ尖りの取れたその響きに、誰もが「彼もまた、この瞬間を待っていたのだ」と察していた。
「悟ちゃん、本当によく頑張ったわね。……あら、顔に砂が。まずはシャワーかしら?ふふっ」
不夜城の喧騒が遠くで鳴り響く。地獄のような一ヶ月を共に戦い抜いた仲間たちの笑顔が、ネオンよりも眩しく、悟の胸を温かく満たしていた。
ホテルにチェックイン後、悟は重い体を引きずり、ホテルの廊下を歩いていた。
「悟ちゃん」
背後からかけられた声に振り向くと、まもりが立っていた。隣には鈴音の姿もあった。
「まもりさん。……みんな、無事でよかったですね」
「ええ、本当に。……ねぇ、悟ちゃん。悪いんだけど、明日の集合時間をヒル魔くんに確認してきてくれない? 彼は先に部屋に戻ったみたいだから」
「え? わかりましたけど……」
直接自分で聞きに行こうとしない、彼女らしからぬ行動を不思議に思いながらも頷く。
兄の入部テストの結果を気にしていた鈴音が「私も行く!」と既に背を向けた悟に駆け寄ろうとする。まもりはそれを優しく、けれど強く制した。
「今はちょっと、そっとしてあげて」
「えー? なんでよ、まも姉」
「……彼にだって、弱さを見せられる相手が必要よ」
まもりの視線の先には悟の背中。まもりは知っていた。この30日間、司令塔として一秒の隙も見せずにチームを統率しきった男の疲労が、すでに限界を超えていることを。そして、その仮面を剥がせる相手が、今の泥門には一人しかいないことも。
ホテルの静かな廊下。悟は部屋の前で立ち止まっているヒル魔を見つけた。
壁に背を預け、伏せられた睫毛が微かに震えている。いつも不敵に笑っているはずの唇は、今は固く結ばれ、顔色は驚くほど白い。
「……ヒル魔さん?」
悟がそっと声をかけた。
ヒル魔がゆっくりと顔を上げる。その鋭い瞳が悟を捉えた、その瞬間だった。
(あ……)
張り詰めていた緊張の糸が、目に見えるようにして切れた。
悟の顔を見た安堵からか、あるいは彼女になら見せてもいいと思ったのか。ヒル魔の身体が、糸の切れた操り人形のように前へとよろめく。
「ヒル魔さん!? 大丈夫ですか……っ!」
悟は咄嗟に駆け寄り、倒れ込んでくる彼の身体を受け止めた。
重い。肩に回された彼の腕から、隠しきれない震えが伝わってくる。
「ヒル魔さん、しっかりして! 今、人を呼んで……」
「……、騒ぐんじゃねェ……」
消え入るような声でヒル魔が毒づく。悟は必死に彼を支え、半ば引きずるようにして部屋の中へと運び込んだ。
薄暗い部屋の中、ベッドに彼を横たえようとした時だった。
バランスを崩した二人の身体が、重なるようにしてベッドの上へ倒れ込む。
「っ……!」
悟の視界が大きく揺れ、次の瞬間には、ヒル魔の身体に押し倒されるような形になっていた。
至近距離にある、ヒル魔の端正な顔。
「……何も、すんな……余計な事しやがったら殺すぞ…」
微かな火薬の匂いが鼻腔を突く。悟の心臓は、竜巻に遭遇した時よりも激しく、耳の奥で警鐘を鳴らしていた。
(どうしよう……。動けない…、心臓がもたない…!)
顔が火照り、心臓の音が彼に聞こえてしまうのではないかと気が気ではない。しかし、動揺する悟とは対照的に、ヒル魔からは、ほどなくして規則的な、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……ヒル魔さん?」
恐る恐る名を呼ぶが、返事はない。
彼は、悟を抱きしめるでもなく、ただその温もりに身を委ねるように、深い眠りに落ちていた。
その寝顔は、悪魔でも司令塔でもない、ただの「一人の少年」のそれだった。
(……この人、ずっと……。私たちのために、一人で戦ってたんだ)
彼がどれほどの重圧を背負い、どれほどの睡眠を削って、自分たちをここまで導いてきたのか。悟は、自分を押し潰す彼の重みに、その責任の重さを重ねていた。
「……お疲れ様でした、ヒル魔さん」
悟の瞼も、次第に重くなっていく。
過酷なデス・マーチを戦い抜いたのは、彼女も同じだった。
重なる身体から伝わる、心地良い温度。悟はヒル魔の寝息に合わせるようにして、ゆっくりと意識を手放していった。
翌朝、誰かに見つかる恐怖よりも。
今はただ、愛しい彼とのこの無防備な休息を、共有していたかった。
開始から30日目。走行距離2000キロ。
砂塵にまみれたデコトラがこの街に停まったとき、そこには一人の脱落者もいなかった。
「……着いた。本当に、着いたんだ……!」
セナが震える声で呟く。その足取りには、練習の最終局面で掴み取った必殺技「デビルバットゴースト」の感覚が、確かな重みとして刻まれていた。セナは、この地獄の果てでついに、最強の武器を手に入れたのだ。
悟もまた、目の前の光景を夢見心地で見つめていた。
「悟、おつかれ。……俺たち、やり遂げたんだな」
隣に立った十文字が、労うように優しく肩を一度叩く。
「うん……。長かったような、あっという間だったような、不思議な気持ち」
悟の視線の先では、栗田が感極まって涙を流し、モン太や雪光たちも、互いの肩を叩き合いながら完走を労い合っていた。30日前、死に物狂いで走り出したあの日の絶望感は、今、この街の輝きに溶けて、確かな「自信」という名の結晶に変わっている。
「ケケッ、いつまで浸ってやがる!これはゴールじゃねぇ!秋大会のスタートラインに立ったってだけの話だぞ!」
後方から響くヒル魔の鋭い声。けれど、いつもより少しだけ尖りの取れたその響きに、誰もが「彼もまた、この瞬間を待っていたのだ」と察していた。
「悟ちゃん、本当によく頑張ったわね。……あら、顔に砂が。まずはシャワーかしら?ふふっ」
不夜城の喧騒が遠くで鳴り響く。地獄のような一ヶ月を共に戦い抜いた仲間たちの笑顔が、ネオンよりも眩しく、悟の胸を温かく満たしていた。
ホテルにチェックイン後、悟は重い体を引きずり、ホテルの廊下を歩いていた。
「悟ちゃん」
背後からかけられた声に振り向くと、まもりが立っていた。隣には鈴音の姿もあった。
「まもりさん。……みんな、無事でよかったですね」
「ええ、本当に。……ねぇ、悟ちゃん。悪いんだけど、明日の集合時間をヒル魔くんに確認してきてくれない? 彼は先に部屋に戻ったみたいだから」
「え? わかりましたけど……」
直接自分で聞きに行こうとしない、彼女らしからぬ行動を不思議に思いながらも頷く。
兄の入部テストの結果を気にしていた鈴音が「私も行く!」と既に背を向けた悟に駆け寄ろうとする。まもりはそれを優しく、けれど強く制した。
「今はちょっと、そっとしてあげて」
「えー? なんでよ、まも姉」
「……彼にだって、弱さを見せられる相手が必要よ」
まもりの視線の先には悟の背中。まもりは知っていた。この30日間、司令塔として一秒の隙も見せずにチームを統率しきった男の疲労が、すでに限界を超えていることを。そして、その仮面を剥がせる相手が、今の泥門には一人しかいないことも。
ホテルの静かな廊下。悟は部屋の前で立ち止まっているヒル魔を見つけた。
壁に背を預け、伏せられた睫毛が微かに震えている。いつも不敵に笑っているはずの唇は、今は固く結ばれ、顔色は驚くほど白い。
「……ヒル魔さん?」
悟がそっと声をかけた。
ヒル魔がゆっくりと顔を上げる。その鋭い瞳が悟を捉えた、その瞬間だった。
(あ……)
張り詰めていた緊張の糸が、目に見えるようにして切れた。
悟の顔を見た安堵からか、あるいは彼女になら見せてもいいと思ったのか。ヒル魔の身体が、糸の切れた操り人形のように前へとよろめく。
「ヒル魔さん!? 大丈夫ですか……っ!」
悟は咄嗟に駆け寄り、倒れ込んでくる彼の身体を受け止めた。
重い。肩に回された彼の腕から、隠しきれない震えが伝わってくる。
「ヒル魔さん、しっかりして! 今、人を呼んで……」
「……、騒ぐんじゃねェ……」
消え入るような声でヒル魔が毒づく。悟は必死に彼を支え、半ば引きずるようにして部屋の中へと運び込んだ。
薄暗い部屋の中、ベッドに彼を横たえようとした時だった。
バランスを崩した二人の身体が、重なるようにしてベッドの上へ倒れ込む。
「っ……!」
悟の視界が大きく揺れ、次の瞬間には、ヒル魔の身体に押し倒されるような形になっていた。
至近距離にある、ヒル魔の端正な顔。
「……何も、すんな……余計な事しやがったら殺すぞ…」
微かな火薬の匂いが鼻腔を突く。悟の心臓は、竜巻に遭遇した時よりも激しく、耳の奥で警鐘を鳴らしていた。
(どうしよう……。動けない…、心臓がもたない…!)
顔が火照り、心臓の音が彼に聞こえてしまうのではないかと気が気ではない。しかし、動揺する悟とは対照的に、ヒル魔からは、ほどなくして規則的な、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……ヒル魔さん?」
恐る恐る名を呼ぶが、返事はない。
彼は、悟を抱きしめるでもなく、ただその温もりに身を委ねるように、深い眠りに落ちていた。
その寝顔は、悪魔でも司令塔でもない、ただの「一人の少年」のそれだった。
(……この人、ずっと……。私たちのために、一人で戦ってたんだ)
彼がどれほどの重圧を背負い、どれほどの睡眠を削って、自分たちをここまで導いてきたのか。悟は、自分を押し潰す彼の重みに、その責任の重さを重ねていた。
「……お疲れ様でした、ヒル魔さん」
悟の瞼も、次第に重くなっていく。
過酷なデス・マーチを戦い抜いたのは、彼女も同じだった。
重なる身体から伝わる、心地良い温度。悟はヒル魔の寝息に合わせるようにして、ゆっくりと意識を手放していった。
翌朝、誰かに見つかる恐怖よりも。
今はただ、愛しい彼とのこの無防備な休息を、共有していたかった。