第二章【アメリカ合宿編】
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どぶろくがハンドルを握るデビルバット号が、激しいブレーキ音と共に停車する。そこには、セナ、モン太、雪光の三人が、身を寄せ合うようにして立っていた。
「おい! ヒル魔はどうした!?」
運転席から身を乗り出し、どぶろくが怒鳴る。その視線は、本来そこにいるべきの男の姿を探していた。
「ヒル魔さんは……」
セナが、何が何やらわからないといった様子で空を指差した。
「あの雲を見た瞬間、僕らにここで待機しろって。それで……一人で走り出しちゃったんです。たぶん、悟のところへ」
「…アイツ自らが?」
目を見開くどぶろぐに、セナは頷きで応えた。
「ヒル魔さんのあんな顔……初めて見ました。理屈じゃない、何かに突き動かされてるみたいな」
「……らしくねぇな」
どぶろくが短く吐き捨てる。
常に最適解を選び、勝利への最短距離を計算する男、ヒル魔妖一。その彼が、最速のセナを使わず、自らの足を動かした。それがどれほど非合理的な行動か、泥門の誰もが理解していた。
一方、少し先の道では。
悟は、文字通り大袈裟じゃない「死」の予感に凍りついていた。
視界に写る竜巻。逃げ場のない平原。
(逃げなきゃ……でも、どこへ……?)
思考が白く塗り潰され、膝が震え、その場に崩れ落ちそうになった瞬間。
「ボーッと突っ立ってんじゃねぇ、糞悟!!」
荒野の静寂を叩き切るような、聞き慣れた怒号が響いた。
ハッとして振り向いた悟の視界に、揺れる金色の髪が見えた。
「ヒル魔さん……!」
ヒル魔は息を切らしながら、悟の左腕を骨が軋むほどの力で掴み取った。
彼の掌は驚くほど熱かった。その熱が、悟の全身に回っていた恐怖を、一瞬で「戦うためのアドレナリン」へと変えていく。
「ボサッとしてんじゃねぇ!とにかく走れ! 足止めたらブチ殺す!」
ヒル魔の手が悟を引き、二人は竜巻から逃れようと、全力で走り始めた。
背後では、砂を巻き上げ、大地を抉り取るような破壊の音が迫っている。
「ヒル魔さん……! 竜巻って、走って逃げられるものなんですか!?」
走りながら、悟が叫ぶ。
「バカか、運が悪けりゃ普通に追いつかれんぞ!」
「そんな……っ!」
「ケケッ!! 『悪運』には自信があンだよ」
この状況でもいつものように不敵な笑みを浮かべるヒル魔。
狂人じみている、常識で考えれば絶体絶命だ。けれど、彼のその笑みを見た瞬間、悟の胸の中にあった恐怖は跡形もなく消え去っていた。
根拠なんてどこにもない。けれど、この人が「大丈夫だ」と笑うなら、大自然の暴力だろうが神の摂理だろうが、全てを捻じ伏せることができる。そう信じ込ませてしまう力が、この男にはある。
「……では、その悪運に乗ります!」
悟もまた、溢れ出す昂りに突き動かされるように笑みを返した。
繋がれた腕から伝わる、力強い鼓動。
死の恐怖すらも、笑い飛ばす。
数分後、自分たちを迎えに来るデコトラのヘッドライトが、希望の光のように見え始める。
「……いたぞ! 前方、二人だ!!」
どぶろくの安堵の声が響く。
急減速と共に、デコトラが悟とヒル魔の数メートル先で急停止する。衝撃でタイヤが悲鳴を上げ、砂を巻き上げた。
「悟! 無事か! !」
トラックが止まると同時に、十文字が荷台から身を乗り出した。
「掴まれ!」
悟は差し出された十文字の手を必死に掴んだ。
「――っ、ありがとう……!」
十文字の逞しい腕に引き上げられ、悟は荷台の床に滑り込む。続いて、ヒル魔が十文字の手を借りることなく、軽やかな身のこなしで荷台へと飛び乗った。
「捕まってろ! 振り落とされるんじゃねぇぞ!!」
全員が乗り込んだのを確認するや否や、どぶろくがアクセルを床まで踏み込んだ。
その時、急激な発進による慣性で、悟の身体が大きくバランスを崩した。
「あ……っ」
投げ出されそうになった身体を、隣に座り込んでいたヒル魔の細い、けれど鋼のように硬い腕がガッシリと受け止める。
「すみません!……なんだか、ビーチの時といい、寝起きに転びかけた時といい、受け止めてもらってばかりですね」
悟は荒い呼吸を整えながら、ヒル魔を見上げて言った。ヒル魔もまた、額に汗を浮かべ、乱れた息のまま不敵な笑みを消していない。
つい先ほどまで死すら予感するほどの恐怖の中にいたはずなのに、彼の懐に収まっていると、不思議と呼吸が整っていくのがわかる。
「ケケッ、どんくせぇんだよテメーは」
二人の「死線を越えた」者同士の空気が、狭い荷台に充満する。
少しして竜巻との距離が開き、ようやく車内が落ち着きを取り戻すと、まもりや栗田が泣き出しそうな顔で悟の周りに集まってきた。
「……よかった。悟ちゃん、本当に無事でよかった……!」
セナやモン太も、胸を撫で下ろしながら二人の無事を確認する。
だが、泥門の面々は、ある一つの事実に違和感を覚えていた。
「ねぇ、悟ちゃん……。とっても怖い思いをしたはずなのに、なんだか……楽しそうね?」
まもりが首を傾げながら指摘する。
指摘された通り、悟の表情は明るかった。恐怖に震えているどころか、瞳には形容しがたい高揚感さえ宿っている。
「え? あ……あはは、そうかな。多分、ヒル魔さんに散々怒鳴られたおかげで、怖がってる暇もなかったんだと思います」
悟は笑って誤魔化した。
「……何はともあれ。無事で良かった」
十文字が、静かに相槌を打つ。彼は見ていた。悟がヒル魔に支えられた時、一瞬だけ見せた眼差しを。
十文字は胸を締め付けられるような疎外感を感じる。だが、彼はそれを押し殺す他無かった。
ヒル魔に向けられていたのは、全幅の信頼と、思慕の念を宿した、十文字自身には向けられたことない視線であったのだ。
「おい! ヒル魔はどうした!?」
運転席から身を乗り出し、どぶろくが怒鳴る。その視線は、本来そこにいるべきの男の姿を探していた。
「ヒル魔さんは……」
セナが、何が何やらわからないといった様子で空を指差した。
「あの雲を見た瞬間、僕らにここで待機しろって。それで……一人で走り出しちゃったんです。たぶん、悟のところへ」
「…アイツ自らが?」
目を見開くどぶろぐに、セナは頷きで応えた。
「ヒル魔さんのあんな顔……初めて見ました。理屈じゃない、何かに突き動かされてるみたいな」
「……らしくねぇな」
どぶろくが短く吐き捨てる。
常に最適解を選び、勝利への最短距離を計算する男、ヒル魔妖一。その彼が、最速のセナを使わず、自らの足を動かした。それがどれほど非合理的な行動か、泥門の誰もが理解していた。
一方、少し先の道では。
悟は、文字通り大袈裟じゃない「死」の予感に凍りついていた。
視界に写る竜巻。逃げ場のない平原。
(逃げなきゃ……でも、どこへ……?)
思考が白く塗り潰され、膝が震え、その場に崩れ落ちそうになった瞬間。
「ボーッと突っ立ってんじゃねぇ、糞悟!!」
荒野の静寂を叩き切るような、聞き慣れた怒号が響いた。
ハッとして振り向いた悟の視界に、揺れる金色の髪が見えた。
「ヒル魔さん……!」
ヒル魔は息を切らしながら、悟の左腕を骨が軋むほどの力で掴み取った。
彼の掌は驚くほど熱かった。その熱が、悟の全身に回っていた恐怖を、一瞬で「戦うためのアドレナリン」へと変えていく。
「ボサッとしてんじゃねぇ!とにかく走れ! 足止めたらブチ殺す!」
ヒル魔の手が悟を引き、二人は竜巻から逃れようと、全力で走り始めた。
背後では、砂を巻き上げ、大地を抉り取るような破壊の音が迫っている。
「ヒル魔さん……! 竜巻って、走って逃げられるものなんですか!?」
走りながら、悟が叫ぶ。
「バカか、運が悪けりゃ普通に追いつかれんぞ!」
「そんな……っ!」
「ケケッ!! 『悪運』には自信があンだよ」
この状況でもいつものように不敵な笑みを浮かべるヒル魔。
狂人じみている、常識で考えれば絶体絶命だ。けれど、彼のその笑みを見た瞬間、悟の胸の中にあった恐怖は跡形もなく消え去っていた。
根拠なんてどこにもない。けれど、この人が「大丈夫だ」と笑うなら、大自然の暴力だろうが神の摂理だろうが、全てを捻じ伏せることができる。そう信じ込ませてしまう力が、この男にはある。
「……では、その悪運に乗ります!」
悟もまた、溢れ出す昂りに突き動かされるように笑みを返した。
繋がれた腕から伝わる、力強い鼓動。
死の恐怖すらも、笑い飛ばす。
数分後、自分たちを迎えに来るデコトラのヘッドライトが、希望の光のように見え始める。
「……いたぞ! 前方、二人だ!!」
どぶろくの安堵の声が響く。
急減速と共に、デコトラが悟とヒル魔の数メートル先で急停止する。衝撃でタイヤが悲鳴を上げ、砂を巻き上げた。
「悟! 無事か! !」
トラックが止まると同時に、十文字が荷台から身を乗り出した。
「掴まれ!」
悟は差し出された十文字の手を必死に掴んだ。
「――っ、ありがとう……!」
十文字の逞しい腕に引き上げられ、悟は荷台の床に滑り込む。続いて、ヒル魔が十文字の手を借りることなく、軽やかな身のこなしで荷台へと飛び乗った。
「捕まってろ! 振り落とされるんじゃねぇぞ!!」
全員が乗り込んだのを確認するや否や、どぶろくがアクセルを床まで踏み込んだ。
その時、急激な発進による慣性で、悟の身体が大きくバランスを崩した。
「あ……っ」
投げ出されそうになった身体を、隣に座り込んでいたヒル魔の細い、けれど鋼のように硬い腕がガッシリと受け止める。
「すみません!……なんだか、ビーチの時といい、寝起きに転びかけた時といい、受け止めてもらってばかりですね」
悟は荒い呼吸を整えながら、ヒル魔を見上げて言った。ヒル魔もまた、額に汗を浮かべ、乱れた息のまま不敵な笑みを消していない。
つい先ほどまで死すら予感するほどの恐怖の中にいたはずなのに、彼の懐に収まっていると、不思議と呼吸が整っていくのがわかる。
「ケケッ、どんくせぇんだよテメーは」
二人の「死線を越えた」者同士の空気が、狭い荷台に充満する。
少しして竜巻との距離が開き、ようやく車内が落ち着きを取り戻すと、まもりや栗田が泣き出しそうな顔で悟の周りに集まってきた。
「……よかった。悟ちゃん、本当に無事でよかった……!」
セナやモン太も、胸を撫で下ろしながら二人の無事を確認する。
だが、泥門の面々は、ある一つの事実に違和感を覚えていた。
「ねぇ、悟ちゃん……。とっても怖い思いをしたはずなのに、なんだか……楽しそうね?」
まもりが首を傾げながら指摘する。
指摘された通り、悟の表情は明るかった。恐怖に震えているどころか、瞳には形容しがたい高揚感さえ宿っている。
「え? あ……あはは、そうかな。多分、ヒル魔さんに散々怒鳴られたおかげで、怖がってる暇もなかったんだと思います」
悟は笑って誤魔化した。
「……何はともあれ。無事で良かった」
十文字が、静かに相槌を打つ。彼は見ていた。悟がヒル魔に支えられた時、一瞬だけ見せた眼差しを。
十文字は胸を締め付けられるような疎外感を感じる。だが、彼はそれを押し殺す他無かった。
ヒル魔に向けられていたのは、全幅の信頼と、思慕の念を宿した、十文字自身には向けられたことない視線であったのだ。