第二章【アメリカ合宿編】
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早朝、悟はわずかな「痛み」と共に目を覚ました。
(……また、これか)
無意識に左腕をさする。
一年前に刻まれたその傷跡は、普段は意識することすらない。だが、低気圧が接近し、天候が急激に変化する直前に、肌の奥で何かが澱んでいるような、鈍い疼きを悟に伝える。まるで、身体が発する不気味な警告灯だった。
「さー!今日も頑張ろうー!」
伸びをするように腕を上げ空を見上げる栗田。一見して天候は良いものの、空気は湿度を含み確実に密度を増している。
デコトラの荷台に腰掛け、ノートパソコンのキーを叩いていたヒル魔が、顔も上げずに言い放った。
「今晩から天気が崩れるな。予定は変えねぇ、全力敢行だ、ケケッ」
いつものヒル魔の指令。悟は小さく息を吐き、準備運動を始めた。
彼女は気づいていない。ヒル魔がパソコンの画面越しに、悟が左腕をさする仕草を鋭く観察していたことを。
「腕」
突如言い放たれた言葉に、悟は動きを止めた。
「痛ぇのか」
ヒル魔に誤魔化しが通じないことを知っている悟は、観念して視線を落とした。
「あ〜……、天気が悪いと、少し。練習に支障は出ない程度のものですから」
誰かに気遣ってもらうためのものじゃないと、悟は意識的に淡々と答える。
ヒル魔はしばらく黙っていたかと思うと、おもむろに彼女に近づき無遠慮に左腕を掴んだ。
「な、なんですか」
驚く悟を余所に、ヒル魔の細く長い指が、傷跡を避けるように、けれど執拗に腕の肉をなぞる。肘から前腕にかけて、まるでその太さや筋肉の付き方を一つ一つ記憶させるかのような、機械的な手つき。
「あの…そろそろ、限界です」
顔を真っ赤に染める悟を見たヒル魔は最後にもう一度、彼女の腕を確かめるように強く握ってから放した。
悟はヒル魔の不可解な行動に首を傾げる。「ヒル魔さんが意味の無い事をするとは思えないし」と、数秒考えた後、答えを出すことを諦めた悟は、無理やりこれからの練習に意識を向けた。
練習が始まる。悟は走力向上のため、セナや他のメンバーとは違う別メニューを指示されていた。石を蹴りながら走るセナや、パス練習をしながら走るヒル魔らとは違い、走力向上に特化したメニューをこなす悟は、必然と先頭を単独で走っている状況だ。
荒野を貫くハイウェイ。左右には赤茶けた大地が広がるばかりで、遮るものは何もない。
(……重い)
時間が経つにつれ、左腕の疼きは無視できないレベルまで強まっていた。空はまだ少しの晴れ間が見える。しかし、空気が湿度で粘り気を帯び、時折吹く突風が肌を撫でる。
(思ったより早く、天気が崩れるかもしれない。)
彼女が予見しているのは「雨」だ。だが、アメリカの広大な荒野において、低気圧がもたらす「最悪の副産物」を彼女は見落としていた。
一方、後方を進むライン組。
デコトラの荷台に胡座をかき、空を睨んでいたどぶろくが、突然立ち上がった。
「……ちとまずいな。空気が変わりやがった」
どぶろくの言葉に、十文字が敏感に反応する。
「変わりやがったって、何がだよ?」
「気温だ。急激に下がり始めてやがる。……見ろ、あの雲だ」
どぶろくが指差す先には分厚い雲が立ち込め、その下にはろうと状の雲が形成され始めていた。
「…こりゃ竜巻が来るぞ!ガキ共! 練習中止だ! 荷台に乗れ! 急げ!!」
どぶろくの怒号に、ライン組やまもり、瀧兄妹が慌てて荷台に飛び込む。
「悟は!? あいつ、一人でずっと先を走ってるんだぞ!」
十文字が叫ぶ。どぶろくは何も答えず、アクセルを床まで踏み込んだ。
「ん……?」
走っていた悟は、とある違和感に思わず足を止めた。勢いを増した吹きすさぶ風の音が荒野を包んでいる。そして、さっきまで灼熱だった空気が、不自然なまでに冷え始めているのだ。
(何か……おかしい)
悟が目を凝らした、その視線の先には、黒く分厚い雲。
そして一一猛烈な勢いで土煙を巻き上げながら、こちらへ移動してくる「竜巻(トルネード)」。
初めて目の当たりにする脅威に、思考が空回りする。
「…嘘でしょ!?逃げなきゃ……でも、どこに……?」
竜巻との距離はまだある。しかし、周囲を見渡しても、木一本、家屋の一軒すら存在しない。あるのは、どこまでも平坦で、どこまでも無慈悲な荒野だけ。
孤立無援。
逃げ場のない空の下で、悟はただ、刻一刻と迫る竜巻を見つめ立ち尽くしてた。
(……また、これか)
無意識に左腕をさする。
一年前に刻まれたその傷跡は、普段は意識することすらない。だが、低気圧が接近し、天候が急激に変化する直前に、肌の奥で何かが澱んでいるような、鈍い疼きを悟に伝える。まるで、身体が発する不気味な警告灯だった。
「さー!今日も頑張ろうー!」
伸びをするように腕を上げ空を見上げる栗田。一見して天候は良いものの、空気は湿度を含み確実に密度を増している。
デコトラの荷台に腰掛け、ノートパソコンのキーを叩いていたヒル魔が、顔も上げずに言い放った。
「今晩から天気が崩れるな。予定は変えねぇ、全力敢行だ、ケケッ」
いつものヒル魔の指令。悟は小さく息を吐き、準備運動を始めた。
彼女は気づいていない。ヒル魔がパソコンの画面越しに、悟が左腕をさする仕草を鋭く観察していたことを。
「腕」
突如言い放たれた言葉に、悟は動きを止めた。
「痛ぇのか」
ヒル魔に誤魔化しが通じないことを知っている悟は、観念して視線を落とした。
「あ〜……、天気が悪いと、少し。練習に支障は出ない程度のものですから」
誰かに気遣ってもらうためのものじゃないと、悟は意識的に淡々と答える。
ヒル魔はしばらく黙っていたかと思うと、おもむろに彼女に近づき無遠慮に左腕を掴んだ。
「な、なんですか」
驚く悟を余所に、ヒル魔の細く長い指が、傷跡を避けるように、けれど執拗に腕の肉をなぞる。肘から前腕にかけて、まるでその太さや筋肉の付き方を一つ一つ記憶させるかのような、機械的な手つき。
「あの…そろそろ、限界です」
顔を真っ赤に染める悟を見たヒル魔は最後にもう一度、彼女の腕を確かめるように強く握ってから放した。
悟はヒル魔の不可解な行動に首を傾げる。「ヒル魔さんが意味の無い事をするとは思えないし」と、数秒考えた後、答えを出すことを諦めた悟は、無理やりこれからの練習に意識を向けた。
練習が始まる。悟は走力向上のため、セナや他のメンバーとは違う別メニューを指示されていた。石を蹴りながら走るセナや、パス練習をしながら走るヒル魔らとは違い、走力向上に特化したメニューをこなす悟は、必然と先頭を単独で走っている状況だ。
荒野を貫くハイウェイ。左右には赤茶けた大地が広がるばかりで、遮るものは何もない。
(……重い)
時間が経つにつれ、左腕の疼きは無視できないレベルまで強まっていた。空はまだ少しの晴れ間が見える。しかし、空気が湿度で粘り気を帯び、時折吹く突風が肌を撫でる。
(思ったより早く、天気が崩れるかもしれない。)
彼女が予見しているのは「雨」だ。だが、アメリカの広大な荒野において、低気圧がもたらす「最悪の副産物」を彼女は見落としていた。
一方、後方を進むライン組。
デコトラの荷台に胡座をかき、空を睨んでいたどぶろくが、突然立ち上がった。
「……ちとまずいな。空気が変わりやがった」
どぶろくの言葉に、十文字が敏感に反応する。
「変わりやがったって、何がだよ?」
「気温だ。急激に下がり始めてやがる。……見ろ、あの雲だ」
どぶろくが指差す先には分厚い雲が立ち込め、その下にはろうと状の雲が形成され始めていた。
「…こりゃ竜巻が来るぞ!ガキ共! 練習中止だ! 荷台に乗れ! 急げ!!」
どぶろくの怒号に、ライン組やまもり、瀧兄妹が慌てて荷台に飛び込む。
「悟は!? あいつ、一人でずっと先を走ってるんだぞ!」
十文字が叫ぶ。どぶろくは何も答えず、アクセルを床まで踏み込んだ。
「ん……?」
走っていた悟は、とある違和感に思わず足を止めた。勢いを増した吹きすさぶ風の音が荒野を包んでいる。そして、さっきまで灼熱だった空気が、不自然なまでに冷え始めているのだ。
(何か……おかしい)
悟が目を凝らした、その視線の先には、黒く分厚い雲。
そして一一猛烈な勢いで土煙を巻き上げながら、こちらへ移動してくる「竜巻(トルネード)」。
初めて目の当たりにする脅威に、思考が空回りする。
「…嘘でしょ!?逃げなきゃ……でも、どこに……?」
竜巻との距離はまだある。しかし、周囲を見渡しても、木一本、家屋の一軒すら存在しない。あるのは、どこまでも平坦で、どこまでも無慈悲な荒野だけ。
孤立無援。
逃げ場のない空の下で、悟はただ、刻一刻と迫る竜巻を見つめ立ち尽くしてた。